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 第147話 摩擦の正体

 相手が躊躇しているとき、理由は二種類ある。


 「まだ信じていない」か、「既に何かを知っている」か。


 ――その違いを見誤ると、交渉は壊れる。

 凍氷月、二十九日。


 ゴルフがランデルから帰ってきた。


 戻ってきた顔が、少し違った。


 失敗した顔ではない。


 ただ、何かを持ち帰ってきた顔だった。


「報告があります」


「聞かせてください」


 ゴルフが椅子に座った。


「ヴァン商会との再交渉が、成立しました」


「成立しましたか」


「はい。ただし、条件に一つ変化がありました」


──────────────────────────────────────


「どういう変化ですか」


「取引量が、当初の想定より少し下がりました。先方の要望です」


「理由を教えてもらえましたか」


「教えてもらえました」


 ゴルフが少し間を置いた。


「ランデルで、フォルテス領産を名乗る農産物が出回っていました」


 俺は少し考えた。


「フォルテス領産を名乗る、というのは」


「偽物です。フォルテス領とは関係のない農産物に、フォルテス領産という名前をつけて売っていた者がいました」


「ヴァン商会はそれを知っていたということですか」


「知っていました。だから、少し慎重になっていた。本物かどうかを確認する時間が必要だった、ということです」


──────────────────────────────────────


 ミルヴァを呼んだ。


 状況を伝えた。


「フォルテス領産の偽物が出回っていたということは、調査していましたか」


「していた」


 ミルヴァが短く言った。


「先月から気づいていた。ただし、まだ証拠が揃っていなかった」


「ベルン商会が関係していますか」


「直接ではない。便乗した者がいる」


「便乗、というのは」


「ベルン商会の動きを見て、便乗した者がいる。利益目的の小商人だ。ベルン商会とは別だ」


「今、どういう状況ですか」


「偽物を売っていた者は、既にランデルから消えた。小商人だった。長くは続かないと思っていたのだろう」


 ゴルフが聞いていた。


「消えた、ということは」


「証拠は取れない。ただし、もう出回らない」


──────────────────────────────────────


「ヴァン商会は、偽物だと分かりましたか」


 ゴルフが答えた。


「分かりました。刻印を見せたときに、向こうが納得しました」


「刻印が機能しましたか」


「機能しました」


 ゴルフが静かに言った。


「刻印がなければ、もっと広がっていました。逆に言えば、刻印が本物の証拠になりました」


「刻印が、信用の証明になったということですか」


「そういうことです。今後、取引先には刻印の形状を事前に共有します。正規品かどうかを、取引先自身が確認できるようにする」


 俺は少し考えた。


「取引量が下がったことについては」


「今回は仕方ありません。ただし、信頼を積んだ分だけ、次は戻ります」


 ゴルフが手帳を開いた。


「記録は残します。今回の偽物問題の経緯と、対処した記録を。次の取引先に見せることができます」


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 凍氷月二十九日。ゴルフ帰還。


 ヴァン商会との再交渉成立。ただし取引量が当初より減少。


 理由:ランデルでフォルテス領産を名乗る偽物農産物が出回っていた。ヴァン商会が慎重になっていた。


 偽物の出所:ベルン商会とは別の便乗者・小商人・既にランデルから消えた。


 刻印の効果:本物の証拠として機能。ヴァン商会が刻印を確認して納得。


 今後の方針:刻印の形状を取引先全員に事前共有。記録を残す。


 ペンを置いた。


 偽物が出た。


 刻印が完成していたから、対処できた。


 刻印がなければ、フォルテス領産と偽物の区別がつかなかった。


 ガデルが「刻印は責任を取るということだ」と言った。


 責任を取るための刻印が、今日、機能した。


 取引量は減った。


 ただし、信頼は残った。


 失わなかった信頼の方が、長く残る。


 ――偽物が出たとき、本物が試される。試されて残ったものが、本物だ。


 窓の外に月があった。


 凍氷月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。



 第147話 摩擦の正体 了

【次回・第148話 予告】


 ガデルが「刻印ができた」と言った。

 工房から自分で出てくることは、滅多にない。

 つまり、それだけのものが完成したということだ。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨260枚前後(変動なし)

・ヴァン商会:取引成立・ただし取引量が当初より減少(収入は次回以降に計上)


【発展進捗・第147話時点】


・防衛  :100%(変化なし)

・食料  :98%(変化なし)

・水   :90%(変化なし)

・住居  :75%(変化なし)

・インフラ:98%(変化なし)


 今日の進捗:ゴルフ帰還。ヴァン商会との再交渉成立(取引量は当初より減少)。フォルテス領産の偽物農産物がランデルで出回っていたと判明。便乗者の小商人・既にランデルから消えた。刻印が本物の証拠として機能・ヴァン商会が納得。今後は刻印の形状を取引先全員に事前共有。定期討伐:なし(光曜星・休養日)。

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