第56話 着工の朝
建物が建つとき、現場に音が戻る。
槌の音。
石を積む音。
指示が飛ぶ音。
その音が、領地が生きている証だ。
――音のある現場は、前に進んでいる。
倉庫の仮設拡張が、十四日で完了した。
ガッツが最後の接合部を確認した。
手のひらで叩いた。
音を聞いた。
「よし」
それだけだった。
仮設とは思えない仕上がりだった。
ゾルドが内部を確認していた。
「広くなりましたね」
「仮設だ。本設ができたら作り直す」
「本設は、いつ頃ですか」
「領主館と兵舎が終わってからだ。
順番がある」
ゾルドがうなずいた。
順番がある、という言葉を、噛み締めるように聞いていた。
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翌朝、ガッツが設計図を持ってきた。
広場に全員が集まった。
バルド・エルナ・カイン・ドランも来ていた。
エルドたち三人も、少し離れた場所から見ていた。
ガッツが設計図を地面に広げた。
丁寧に描かれた図だった。
縮尺が正確だった。
「領主館は、ここに建てる」
ガッツが中央区画を指した。
「東が執務室。西が会議室と来客室。
北が居住部。南が地下への入口だ」
「地下指揮所は、どのくらいの広さになりますか」
「十名が作業できる広さを確保した。
結界核の設置スペースも入れてある」
コリンが図を確認した。
「設置スペースの位置が、良いです。
外周結界との接続がしやすい場所です」
「そこは、コリンに聞いてから決めた」
ガッツが短く言った。
事前に確認していた。
段取りが、すでに動いていた。
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「兵舎は、領主館の北東に建てる」
ガッツが図の別の部分を指した。
「一階が食堂と装備倉庫。
二階が宿泊区画だ。
三十名分の寝台が入る」
アーヴィンが図を確認した。
「食堂と宿泊の動線は」
「外から直接食堂に入れる。
宿泊区画は、食堂の奥から上がる形だ」
「緊急時に、外に出る動線は」
「北側に非常口を作る。
食堂からも、宿泊区画からも、それぞれ一本ずつ出られる」
アーヴィンが少し間を置いた。
「……問題ない」
短い評価だった。
ただし、アーヴィンが「問題ない」と言う場合、本当に問題がない。
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バルドが口を開いた。
「村人への説明は、昨日済ませた。
反対意見はなかった」
「ありがとうございます」
「一つだけ要望が出た」
「何ですか」
「領主館の前に、広場を残してほしいということだ。
収穫祭や、村の集まりに使える場所が欲しいと」
俺は少し考えた。
なるほど、と思った。
領主館が建つことで、村の集まりの場所が狭くなる可能性がある。
「ガッツさん、広場のスペースを確保できますか」
「できる。
もともと、そのつもりで設計した」
ガッツが図の一部を指した。
領主館の南側に、広めのスペースが確保されていた。
「村人が使える広場だ。
ただし、非常時は集合場所にも使う」
「完璧ですね」
「当たり前だ」
ガッツが短く言った。
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着工の段取りを確認した。
「まず、基礎から入る。
領主館と兵舎、同時並行で基礎を掘る」
「人手は足りますか」
「ゾルドと弟子の二人で回せる。
村人から三名、追加で日当を出して手伝ってもらう」
「分かりました。バルドさん、手配をお願いできますか」
「もう当たりをつけてある」
バルドが短く言った。
また先回りしていた。
「石材は、今の在庫で足りますか」
「基礎分は足りる。
上物に入る前に、追加の搬入が必要だ」
「ランデルの採石場に、増量の連絡を入れます。
月六台に増やす話を、進めていいですか」
「ちょうどいいタイミングだ。頼む」
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午前中に着工した。
ガッツの掛け声で、基礎の掘り起こしが始まった。
領主館の南東の角から、最初のスコップが入った。
ゾルドが土を運んだ。
村人の手伝いが、リズムよく動いた。
俺は《可視化》で基礎の範囲を確認した。
地面の下の状態が見えた。
「ガッツさん、領主館の北側、少し岩盤が浅いです。
基礎を二十センチ深くした方がいいかもしれません」
ガッツが確認した。
スコップで叩いた。
「……合ってる。助かった」
「岩盤の深さを見てから、図面を調整してください」
「分かった。今の段階で分かってよかった」
施工前に問題を見つける。
それが、《可視化》の使い方の一つだった。
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昼、エルドが俺のそばに来た。
「いつも、こうやって建てるんですか」
「どういう意味ですか」
「全員が動いている。
誰かが止まっていない」
俺は少し考えた。
「それぞれが、自分の役割を持っているからだと思います。
自分が何をするか分かっていれば、人は止まらなくて済みます」
「南方では、そうはいきません。
環境が変わりすぎて、役割が定まらない」
「環境が安定すれば、役割も定まります。
まず、環境を安定させることが先です」
エルドは少し間を置いた。
「……それが、あなたがやっていることですか」
「現場の仕事は、そういうものです。
人が動きやすい形を作る。
現場っていうのは、その積み重ねです」
エルドが建設現場を見た。
ガッツが弟子に指示を出していた。
ゾルドが石を運んでいた。
村人が土を掘っていた。
全員が、同じ方向を向いていた。
「……南方に、これが必要です」
エルドが静かに言った。
俺は答えなかった。
ただし、その言葉は残った。
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夕方、今日の進捗を確認した。
領主館の基礎、南側半分が掘り終わった。
兵舎の基礎、角の部分が入った。
予定通りだった。
ガッツが進捗を報告した。
「このペースなら、基礎は一週間で終わる。
上物の着工は、その翌週からだ」
「順調ですね」
「当然だ。段取りが正しければ、現場は順調に動く」
ガッツが短く言った。
それが、すべてだった。
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眠る前に、俺は今日を整理した。
倉庫の仮設拡張が完了した。
領主館・兵舎の着工が始まった。
基礎の岩盤問題を事前に発見・対処した。
石材の増量手配を決定した。
エルドと現場の話をした。
着工の日は、静かだった。
派手なことは、何もなかった。
ただし、確実に形が動き始めた。
地面に最初のスコップが入った瞬間。
それが、現場の始まりだ。
始まりは、いつも静かだ。
――ただし、始まらなければ、何も完成しない。
第56話 着工の朝 了
【次回予告】
基礎工事が進んだ。
ランデルから、予想外の知らせが届いた。
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【領地収支】
・所持金 :金貨383枚(−20)
・収入 :冒険者固定給 金貨30枚/勲爵士給与 金貨12枚
・支出 :石材調達費 金貨10枚/建設班月給 金貨5枚/村人日当 金貨5枚/追加人件費 金貨2枚
【発展進捗】
・防衛 :100%(変化なし)
・食料 :85%(変化なし)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :45%(領主館・兵舎の基礎着工)
・インフラ:55%(倉庫仮設拡張完了・領主館・兵舎の基礎着工開始・石材月六台増量手配)
今日の進捗:倉庫仮設拡張完了。ガッツが設計図を提示・全員に共有。領主館(二階建て・地下指揮所付き)・兵舎(三十名規模)の着工開始。基礎工事で岩盤の浅い箇所を《可視化》で発見・事前対処。石材搬入を月六台に増量手配。エルドと現場の話をする。村人の広場確保の要望をガッツが設計に織り込み済みと判明。




