第十九話「Eランクの仕事と、初めての討伐」
火曜日の朝。
食堂に降りると、マユミがいた。
昨日と同じ席。同じ顔。
でも、少し違った。
目が合ったとき、マユミが先に目を逸らした。
耳が少し赤かった。
俺も少し視線を外した。
マルティナが朝食を出しながら、二人を一瞥した。
何も言わなかった。
でも、口元が少し動いた。
……全部わかっているのだろう。
この人には、何も隠せない気がする。
朝食を食べた。
しばらく黙って食べた。
それが、なんとなく心地よかった。
食べ終わった頃、マユミが口を開いた。
「昨日の話だが」
「はい」
「変になってないか、俺たち」
「変、というのは」
「なんか、ぎこちないじゃないか」
俺は少し考えた。
「少しぎこちないですね」
「だろ」
「でも、それは普通だと思います」
「普通か」
「昨日と関係が変わったんだから、少し時間がかかります。現場でも、役割が変わった直後は動きがぎこちなくなります。でも、慣れれば戻ります」
マユミはしばらく俺を見た。
「……お前は、なんでそんなに落ち着いてるんだ」
「落ち着いていないです。内心は少し動揺しています」
「そうは見えない」
「見せないようにしているので」
マユミは少し笑った。
「正直だな」
「昨日から、正直に話そうと決めました」
「昨日から」
「はい」
マユミはまた笑った。
今度は少し長く笑った。
「……まあ、いいか。ぎこちないなりにやっていこう」
「そうしましょう」
マルティナが厨房から顔を出した。
「今日は何か予定はあるか」
「コルテさんの定期依頼と、採取です」
「マユミは」
「採取を二件入れた。午後にヒコと合流する」
「そうか」
マルティナは一度、二人を見た。
「いい顔をしてるな、二人とも」
それだけ言って、また引っ込んだ。
俺とマユミは少し顔を見合わせた。
それから、二人で笑った。
ぎこちなさが、少し取れた気がした。
コルテの定期依頼を終えて、ギルドに向かった。
掲示板を確認しようとしたとき、セリウスが来た。
「ヒコさん、少し時間はありますか」
落ち着いた声だった。
「はい」
「依頼の話です。あなたとマユミさんに向いていると思って」
俺は少し身構えた。
セリウスが直接依頼を持ってくるのは珍しい。
「どんな依頼ですか」
「街道沿いの北側で、ゴブリンが三体確認されました。Eランクの討伐依頼です」
「Eランクで三体、というのは」
「通常の難易度です。ゴブリン一体がEランク相当。三体で少し難しくなりますが、マユミさんの実力なら問題ないはずです」
俺は考えた。
ゴブリン三体。
マユミが戦う。俺は戦えない。
でも、スキルで状態が見える。
「一つ確認していいですか」
「どうぞ」
「俺は戦力としては機能しません。後方でスキルを使って情報提供をする形になります。それでも依頼として成立しますか」
セリウスは少し目を細めた。
「成立します。情報提供も立派な戦力です。それに……」
セリウスは少し間を置いた。
「あなたのスキルが実戦でどう機能するか、確認したい、というのが正直なところです」
「俺を試すんですか」
「試す、というより、把握したい。あなたのスキルは珍しい。実戦での運用を見ておきたい」
俺は少し考えた。
セリウスは正直だ。
目的を隠さない。
それなら、俺も正直でいい。
「わかりました。マユミさんに確認してから返事をします」
「もちろんです」
マユミに話した。
ゴブリン三体の討伐依頼。セリウスから。俺のスキルを見たいという意図がある。
マユミはしばらく考えた。
「ゴブリン三体か。一体ずつなら問題ない。ただ、三体同時に来ると少し厄介だ」
「同時に来ないようにする方法を考えます」
「お前が」
「俺は戦えないですが、状況の整理はできます。一体ずつ引き離す段取りを組みましょう」
「具体的には」
「場所を選びます。一体ずつしか来られない地形を使えば、マユミさんが各個撃破できます。到着してから地形を確認して、有利な場所を選ぶ」
マユミは少し考えた。
「……それは、使える考え方だな」
「受けますか」
「受ける」
午後、北側の街道に向かった。
二人で並んで歩いた。
昨日と少し空気が違った。
でも、悪くなかった。
「緊張してるか」
マユミが聞いた。
「しています」
「正直だな」
「隠しても仕方ないので」
「私はあまり緊張しない。戦いは慣れてるから」
「それが羨ましいです」
「でも、お前みたいに冷静に考えられないから、どっちもどっちだ」
俺は少し笑った。
「そうですね。補い合いましょう」
「それが組む意味だろ」
「そうです」
マユミも笑った。
北側の街道を進んだ。
ギルドから受け取った地図で、目撃場所を確認した。
街道から少し外れた草むらの一帯だった。
到着する前に、俺は周囲を見渡した。
地形を確認する。
街道沿いに岩がいくつかある。草むらが深い場所と、開けた場所がある。
「あそこがいいと思います」
俺は岩の近くを指した。
「岩を背にして戦えば、後ろからは来ない。草むらの入り口が一か所に絞られている。一体ずつしか来られない形になります」
マユミは地形を見た。
「……なるほど。確かにそこなら正面だけ警戒すればいい」
「ただ、ゴブリンが三体ともそこに来るとは限らない。一体を誘き出して、残りを引き離す必要があります」
「どうやって誘き出す」
「俺が囮になります」
マユミが俺を見た。
「囮って、お前が前に出るのか」
「出ます。ただし、岩の場所まで誘導したらすぐ後ろに下がります。マユミさんが仕留めている間、俺は離れた位置でスキルを使います」
「危なくないか」
「ゴブリンが全力で走っても、岩まで距離があります。俺が先に岩に着いて隠れれば、マユミさんが間に入れます」
マユミはしばらく考えた。
「……嫌だが、合理的だな」
「嫌、というのは」
「お前を危険な場所に出したくない」
俺は少し止まった。
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です。リスクは計算しています」
「わかった。ただし、俺が合図を出したらすぐ下がれ。それだけ約束しろ」
「約束します」
草むらに近づいた。
スキルで確認した。
三体いる。
草むらの中。距離は二十メートルほど。
一体目。元気だ。余裕がある。
二体目。少し消耗している。昨日か今朝、何か動いた後かもしれない。
三体目。元気だ。一体目と似た状態。
「三体確認できました。一体が少し消耗しています」
「消耗しているのが一番弱いな。それを最初に誘き出すか」
「その方が確実です」
「位置は」
「草むらの中央より少し右寄りにいます」
マユミは頷いた。
「わかった。行くぞ」
俺が岩の方向に向かった。
草むらを横切るように、少し音を立てながら歩いた。
気配を出す。
ゴブリンに気づかせる。
でも、速すぎない。
誘導するには、相手に追いつけると思わせる必要がある。
振り返った。
草むらが揺れた。
一体、出てきた。
消耗している個体だった。
スキルで確認。間違いない。
俺は岩に向かって走った。
どくん、どくん。
心臓が鳴っている。
体が正直だ。
岩の手前まで来たとき、マユミが飛び出した。
速かった。
短剣が一閃した。
音がした。
一体目、終わった。
でも、草むらが再び揺れた。
二体目が来た。
スキルで確認。元気だ。さっきより速い。
「二体目、左から来ます。元気です。速い」
マユミが向き直った。
少し呼吸を整えた。
一体目より大きかった。
でも、マユミは動じなかった。
岩を背にして、正面から受けた。
短剣二本。
右で受けて、左で斬る。
二体目、終わった。
草むらが、また揺れた。
「三体目、来ます。真正面。かなり元気です」
「わかった」
マユミは呼吸を整えた。
さっきより少し、消耗している。
俺はスキルで確認した。
マユミの状態。
まだ余裕がある。でも、一体目二体目より削られている。
「マユミさん、少し削られています。無理せず」
「わかってる」
三体目が来た。
今度は速かった。
マユミが一歩引いた。
距離を取った。
三体目が踏み込んだ瞬間、マユミが横に動いた。
死角に入った。
短剣が走った。
三体目、終わった。
静かになった。
草の音だけがした。
マユミが大きく息を吐いた。
俺は近づいた。
「怪我は」
「ない。三体目に少し掠られたかもしれないが、大したことはない」
「見せてください」
マユミの腕を確認した。
革鎧の袖に、少し切り傷があった。
浅い。血が少し滲んでいる。
布で押さえた。
「ポーションは持っていますか」
「持ってる」
マユミが小さい瓶を取り出した。
傷に塗った。
滲みるような顔をしたが、声は出さなかった。
「大丈夫ですか」
「これくらい平気だ」
「痛そうです」
「平気だって言ってる」
俺は少し笑った。
「強いですね」
「当たり前だろ、冒険者なんだから」
でも、マユミは少し顔を赤くしていた。
ギルドに戻って報告した。
受付の女性が確認した。
「ゴブリン三体、討伐完了。Eランク二人での達成ですね」
「はい」
「問題なかったですか」
「一名が軽傷を負いましたが、処置済みです」
「わかりました。報酬は二人で銅貨六十枚です。山分けで三十枚ずつ」
銅貨三十枚を受け取った。
マユミも受け取った。
受付の女性がセリウスの方を見た。
セリウスが少し頷いた。
何かを確認しているようだった。
帰り道、マユミが言った。
「役に立ったな、お前のスキル」
「少しは機能しましたか」
「十分すぎるくらいだ。消耗してる個体を最初に選べたのも、左から来るってわかったのも、全部お前の情報があったからだ」
「マユミさんが動きを信頼してくれたから機能しました」
「信頼、か」
「情報を出しても、動く人間が信頼してくれなければ意味がありません。マユミさんが俺の言葉を信じて動いてくれた」
マユミはしばらく歩きながら考えた。
「……それは、コンビの話だな」
「そうです」
「一人じゃできないことが、二人ならできる」
「それがコンビの意味です」
「現場仕込みか」
「そうです」
マユミは少し笑った。
「お前と組んで、本当によかった」
俺は少し間を置いた。
「俺もそう思います」
マユミはまた笑った。
今日一番、素直な笑いだった。
宿に戻ると、マルティナが夕食を出してくれた。
「今日はどうだった」
「初めての討伐依頼をこなしました」
「ゴブリンか」
「三体です」
「怪我は」
「マユミさんが軽傷でしたが、処置済みです」
マルティナはマユミの腕を見た。
マユミが袖を少し上げた。
「もう止まってる」
「そうか」
マルティナは何も言わなかった。
でも、食事の量がいつもより少し多かった。
マユミが気づいて、少し笑った。
「ありがとうございます、マルティナさん」
「礼はいい。ちゃんと食え」
三人で食べた。
今日も食堂が温かかった。
部屋に戻った。
窓の外を見た。
夜のアーゼルタウン。
今日、初めての討伐依頼を終えた。
ゴブリン三体。
スキルが戦闘で機能した。
マユミが信頼して動いてくれた。
セリウスが何かを確認していた。
そして、昨日のことが頭に残っていた。
マユミの声が。
「好きだ」という言葉が。
五十年生きてきた。
こんなに心が動いたのは、久しぶりだった。
いや、初めてかもしれない。
正直に言えば。
窓の外の灯りを見た。
城壁の上の見張りが動いている。
今夜も誰かがこの街を守っている。
俺も、少しずつ、守る側に近づいている気がした。
まだEランクだ。
でも、今日一歩進んだ。
目を閉じた。
第十九話「Eランクの仕事と、初めての討伐」 了




