第20話 地下が動いている
予定より早く来るものが、現場では一番厄介だ。
段取りを崩すからだ。
準備が整う前に始まる。
それでも、止めるわけにはいかない。
――来たなら、対応するだけだ。
南区画の整備が始まって三日後だった。
朝、サヤが来た。
農地側からではなく、村の正面から来た。
走っていた。
サヤが走るのを、初めて見た。
それだけで、ただ事ではないと分かった。
俺はすぐに外に出た。
「何がありましたか」
「北東の地下が、動いています」
「どのくらい」
「昨夜から急に大きくなった。
私の感知範囲に入ってきました」
俺は少し止まった。
コリンが設置した変化検知結界核は、三日前の確認では反応がなかった。
「一晩で、どのくらい変化しましたか」
「空洞の規模が、倍以上になっています」
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全員を集めた。
「北東の地下が急速に拡大しています。
ダンジョン化が、予定より早く進んでいる可能性があります」
コリンが顔色を変えた。
「結界核が反応していない。確認してきます」
「一緒に行きます」
北東エリアへ向かった。
コリン、リア、俺、サヤ。
結界核を埋めた場所に着いた。
コリンが地面に手を当てた。
「……反応しています。ただ」
「ただ?」
「反応が、飽和しています。
変化が大きすぎて、核が処理しきれていない。
警告を出す前に、変化量が上限を超えていました」
「検知できていなかった」
「はい。申し訳ありません」
「コリンさんのせいではないです。
想定より変化が速かった」
俺は《可視化》を地面に向けた。
三日前とは、明らかに違った。
深いところの色が、大きくなっている。
暗い色が、広がっている。
空洞が、外側に向かって押し広がっている。
「サヤさん、規模の感触を教えてもらえますか」
「今の状態で、半径十メートル程度の空洞です。
ただし、まだ収縮と拡張を繰り返しています。
安定していない」
「安定していないということは」
「まだダンジョンではありません。
ただし、安定すれば、なります」
「安定するまでの時間は」
「早ければ、三日。遅ければ、十日」
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全員で戻って、報告を共有した。
「北東の地下に、早ければ三日でダンジョンが発生します」
アーヴィンが腕を組んだ。
「対処は」
「三つ、選択肢があります。どれも一長一短です」
俺は全員を見た。
「一つ目。発生を待って、入口が出てから対応する。
リスクは、入口の位置が外堀の外になった場合、対応が遅れる」
「二つ目は」
「今すぐ地下を掘って、空洞を潰す」
「できるのか」
「二十メートルの深さを掘ることになります。
現状の人手と道具では、三日では間に合わない」
「三つ目は」
「サヤさんに聞きます」
全員がサヤを見た。
サヤは少し考えた。
「空洞の魔力を、外部から制御できます。
拡張を遅らせることは可能です。
ただし、止めることはできない。
時間を稼ぐだけです」
「どのくらい稼げますか」
「十日から二週間」
「その間に、入口の位置を誘導できますか」
サヤが少し止まった。
「……誘導」
「ダンジョンの入口は、魔力が最も薄く、抵抗の少ない方向に開きます。
こちら側の地面の魔力を薄くすれば、入口をそちらに引き寄せられるかもしれない」
サヤはしばらく考えた。
「理論的には、可能です。
やったことはありませんが」
「試みる価値はありますか」
「……あります」
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方針を決めた。
「サヤさんに拡張を遅らせてもらいながら、入口の位置を北東の外堀内側に誘導する。
入口が出たら、即座に内部を調査して安全を確認する」
「調査は誰が」
マユミが聞いた。
「アーヴィンさんとマユミさんに入ってもらいたい。
リアさんとコリンさんは外から支援。
ミルヴァさんは外周の警戒」
「俺は」
「俺は入口の外で、《可視化》で内部を把握します。
サヤさんと一緒に状況を見ます」
「了解した」
アーヴィンが短く言った。
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その日の午後から、サヤが北東エリアで作業を始めた。
地面に座って、目を閉じた。
それだけだった。
何もしているように見えなかった。
ただ、《可視化》で見ると、サヤの色が地面の方向に伸びていた。
細い、糸のような色だ。
一本ではない。何本も重なって、流れを押さえている。
それが、地下の空洞に届いていた。
「何をしているんですか」
コリンが小声で聞いた。
「魔力の流れを、押さえています」
サヤが目を閉じたまま答えた。
「川に手を入れて、流れを遅らせるようなものです。
止めることはできない。ただし、速度を落とせる」
「消耗しますか」
「します。交代はできませんが、夜は緩めます。
その分、夜の方が拡張が速くなります」
「分かりました。夜は俺たちが警戒します」
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ガッツが俺のところに来た。
「地下で何かが起きているのか」
「ダンジョンが発生しそうです」
ガッツは少し間を置いた。
「ダンジョン」
「地下に空洞が生まれて、魔物が湧く場所になります」
「それが、この領地の北東で起きる」
「はい」
ガッツは腕を組んだ。
「入口が地面に出るとき、地盤が動くか」
俺は考えた。
「可能性があります」
「周囲の地面が沈む場合がある。
先に見ておかないと、後で崩れる。
土塁や水路に影響が出るかもしれない」
俺は少し止まった。
そこまで考えていなかった。
「北東エリアの土塁は、どのくらいの距離ですか」
「五十メートルほどです」
「地盤の動きによっては、補強が必要になる。
今のうちにやっておいた方がいい」
「どのくらいかかりますか」
「一日あれば確認できる。
補強が必要なら、さらに二日」
「お願いできますか」
「それが俺の仕事だ」
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夜。
全員で北東エリアを交代で見張った。
サヤの言った通り、夜の方が拡張が速かった。
《可視化》で見ると、空洞の色が少しずつ広がっていくのが分かった。
ゆっくりだが、確実に動いている。
リクが隣に来た。
「見えますか、地下が」
「色で見えます」
「どんな色ですか」
「暗い色です。でも、完全な暗さじゃない。
何かが、準備をしている色です」
リクは少し黙った。
「怖いですか」
「ダンジョンが発生すること自体は、怖くないです」
「じゃあ、何が怖いですか」
俺は少し考えた。
「準備が整う前に、何かが動くことです。
対応が遅れる」
「それは、ダンジョンだけじゃないですね」
「そうです」
リクは星を見た。
「ミルヴァさんが言っていました。
外から、この領地を観察している人間がいると」
「はい」
「そっちも、準備が整う前に動くかもしれない」
「分かっています」
リクは少し間を置いた。
「俺に、何かできることはありますか」
「今やっていることを、続けてください。
それが一番大切です」
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三日目の朝だった。
サヤが目を開けた。
「動きが、変わりました」
「安定し始めましたか」
「はい。拡張が止まりつつあります。
入口が、形成されています」
「場所は」
「北東、外堀のすぐ内側です」
俺は少し息を吐いた。
誘導が、機能した。
「いつ開きますか」
「今日の昼から夕方の間に」
「全員に伝えます」
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昼過ぎ、北東エリアに全員が集まった。
村人は避難させた。
バルドが村人をまとめた。
「何かあっても、集会所から出るな」
ガッツも弟子を連れて外から見ていた。
「地盤の動きがあれば、すぐ言え」
弟子たちが頷いた。
北東の地面が、わずかに盛り上がっていた。
《可視化》で見ると、地下の色が地面すぐそこまで来ていた。
「もうすぐです」
誰も声を出さなかった。
風も止まっていた。
地面が、ゆっくりと動いた。
誰も動けなかった。
音もなく、地面が割れた。
暗い穴が、現れた。
縦横二メートルほどの、石畳のような縁を持つ穴だ。
最初からそこにあったように、整いすぎていた。
下からは、冷たい空気が流れてきた。
魔力の匂いがした。
ダンジョンが、開いた。
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全員が、穴を見た。
アーヴィンが一歩前に出た。
剣に手をかけた。
「入る」
「待ってください」
俺は《可視化》を穴に向けた。
下の色を見た。
敵意のある色はない。
ただ、深い。
どこまでも続いている色だ。
「今すぐ深くまで入る必要はないです。
入口付近の安全確認だけ、まず」
「分かった」
アーヴィンとマユミが穴に入った。
コリンが結界を張った。
リアが索敵魔法を展開した。
俺とサヤが入口で待った。
しばらくして、アーヴィンの声が聞こえた。
「第一層、安全だ。広い。石の通路が続いている」
「魔物は」
「まだいない。ただし、気配がある。奥の方だ」
「戻ってきてください。今日は入口の確認だけで十分です」
少しして、二人が戻ってきた。
「どうだった」
マユミが言った。
「広い。それと、綺麗だ。
使われていないのに、崩れていない」
「綺麗」
「石の作りが、整っている。
自然にできた穴じゃない。
誰かが作ったみたいだ」
サヤが、少し目を細めた。
「……そうです。あれは、自然のダンジョンではありません。
人の手が入っています」
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――また、一つ増えた。
地下に、誰かが作ったダンジョンがある。
地図の改竄。
外からの観察者。
埋められた水路。
そして、人工のダンジョン。
点が、また一つ増えた。
繋がっていない点が、まだある。
繋がる前に、準備する。
――現場では、問題が来る前に備えるか、来てから対応するかで、結果が変わる。
来る前には、備えられるだけ備える。
来てからは、動けるだけ動く。
それだけだ。
次の段取りを組んだ。
ダンジョン内部の調査。地盤の補強確認。北東の外堀に追加の警戒線。観察者の動向をミルヴァで継続監視。
現場は、また動き始めた。
第20話 地下が動いている 了
【次回】
翌日、ダンジョンの第一層を調査した。
通路の壁に、文字が刻まれていた。
サヤが、静かに言った。
「これは、私が知っている言語です」
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【領地収支】
・所持金 :金貨44枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗】
・防衛 :89%(北東外堀内側にダンジョン入口を誘導・確保。追加警戒線設置予定)
・食料 :34%(南区画整備継続中)
・水 :70%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:20%(変化なし・地盤補強の確認が追加課題)
今日の進捗:北東地下のダンジョン発生を確認。サヤの制御により入口を外堀内側に誘導成功。第一層の安全確認完了。ダンジョンが人工構造物である可能性が浮上。ガッツが地盤への影響を指摘・補強確認を開始。




