第十四話「水曜が加わった週と、初めての週黒字?」
月曜日の朝。
目が覚めた。
今週から水曜のドガンの仕事が加わる。
週の定期収入が百枚になる週だ。
起き上がって、窓の外を見た。
空が晴れていた。
採取日和だ。
いい兆しだ、と思った。
根拠はないが、そういう日は大抵うまくいく。
現場でも、晴れた月曜は段取りが決まることが多かった。
食堂に降りた。
マユミがいた。
顔が明るかった。
「今週だな」
「今週ですね」
マユミは拳を軽く握った。
「絶対に黒字にする」
「無理はしないで」
「無理じゃない。段取りを組んだ」
俺は少し驚いた。
「段取りを組んだんですか」
「お前の真似をした。昨日の夜に今週の予定を全部書き出した」
マユミは紙を出した。
月曜から日曜まで、依頼の予定が書いてあった。
採取の場所と件数。運搬の日程。合計収入の見込み。
字は荒っぽいが、内容はしっかりしていた。
「これ……よく書けてますね」
「お前の帳簿を参考にした」
「見てたんですか」
「食堂で開いてたから見えた」
俺は少し考えた。
盗み見、というほどでもない。
参考にしてくれたのは素直に嬉しかった。
「どう思う」
「よく考えられています。一つだけ提案してもいいですか」
「言え」
「火曜と木曜の採取、場所を分けた方がいいかもしれません。同じ場所に続けて入ると、薬草が取り切れて次に行ったとき何もない、ということが起きます」
「ローテーションか」
「そうです。南草原、西草地、川沿いを順番に回す。そうすれば毎回一定量が取れます」
マユミはしばらく紙を見た。
「……なるほど」
紙に書き込み始めた。
修正しながら、少し唸った。
「これ、考えてみたら採取の効率が上がるな」
「持続可能な採取、ということです」
マユミは紙から顔を上げた。
「お前、なんでそういうこと思いつくんだ」
「昔の仕事の癖です」
「昔の仕事って、何してたんだ」
俺は少し間を置いた。
「……まあ、段取りを組む仕事です」
「段取りを組む仕事か」
「そういう仕事でした」
マユミはそれ以上聞かなかった。
俺は少しほっとした。
マルティナが厨房から顔を出した。
「今週は気合いが入ってるな、二人とも」
「週黒字を目指しています」
「達成したら何か食べたいものはあるか」
俺は少し考えた。
「肉が食べたいです」
「私も肉」
マルティナは少し笑った。
「じゃあ達成したら肉料理を出す。約束だ」
「本当ですか」
「嘘はつかない」
それだけで、今週の目標に意味が一つ増えた。
月曜のドガンの仕事をこなした。
先週と同じ流れで動いた。
今週は作業員の二人が完全に動きを覚えていた。
説明がほとんど要らなかった。
一時間半で終わった。
「今週も早いな」
ドガンが言った。
「作業員の二人が動きを覚えてくれました」
「お前が教えたのか」
「見てもらいながら動いただけです。この二人は覚えが早い」
作業員の二人が少し顔を上げた。
褒めた、というほどではなかった。
事実を言っただけだ。
でも、二人の動きが次の瞬間から少し変わった。
気のせいじゃない。
人間は認められると、もう一段動く。
それも長年の経験から知っていることだ。
午後、採取に出た。
今日は南草原。
マユミのローテーション計画の一日目だ。
マユミは朝に別の依頼を一件こなして、午後に合流してきた。
「どうだった、今日の依頼」
「運搬で十五枚。体力は余ってる」
「じゃあ今日は南草原を二人でやりましょう。薬草と、余裕があれば木の実も」
「木の実か。報酬は」
「二十個で銅貨六枚ですが、採取時間が短くて済みます。薬草と並行してできます」
「わかった」
二人で南草原に入った。
動きはもう説明しなくていい。
マユミが前を歩いて安全確認。俺が後ろで採取。
お互いの動きが完全に噛み合っていた。
来てから二週間で、ここまで変わった。
現場のチームも同じだ。
最初はぎこちなくても、動き続けると自然に合ってくる。
一時間半で薬草五束と木の実十五個が揃った。
「木の実が五個足りないですね」
「もう少し探すか」
「時間を見ると、もう一か所回れます。今日はこれで切り上げて、明日の場所を確認しておきましょう」
「下見か」
「そうです。今日の採取分を先に報告して、明日の場所を確認する。効率が上がります」
マユミは頷いた。
文句を言わなくなっていた。
最初の頃は「なんでそこまで考える」と言っていたが、今は聞く前に動いている。
成長が早い。
やはり見込みがある、と思った。
火曜日。
コルテの定期依頼と、川沿いの採取。
川沿いは薬草と石を組み合わせた。
二時間で報酬、三十八枚。
水曜日。
ドガンの追加仕事、初日。
場所は別の棟だったが、やり方は同じだった。
作業員は初めての人間だったが、指示を出しながら動いた。
終わった頃、ドガンが来た。
「初日、どうだった」
「問題なかったです。ただ、こちらの棟は薬草系の在庫が多いですね。管理方法を少し変えた方が効率が上がると思います」
「どう変える」
「薬草は鮮度があります。入荷日順に並べて、古い順に出荷できるようにする。今は日付がわかりにくい積み方になっています」
ドガンは少し黙った。
「……それ、やってくれるか」
「今日から始められます」
「頼む」
追加の作業が増えた。
でも、それが価値になる。
言われた仕事だけじゃなく、気づいた改善を提案する。
信頼はそうやって積み上がる。
木曜日。
コルテの定期依頼と、西草地の採取。
西草地はリザードマンの出没域を避けながら動いた。
安全確認をしながらも、採取量は先週より多かった。
マユミが場所を完全に覚えていた。
報酬、四十二枚。
金曜日。
ギルドの補助依頼と、川沿いの採取。
川沿いは先週より薬草の量が回復していた。
ローテーションの効果が出ていた。
報酬、三十二枚。
土曜日の夕方。
ギルドで今週最後の報告を終えた。
マユミが隣に立っていた。
二人で黙って、それぞれの帳簿を見た。
マユミが先に言った。
「ヒコ、私、今週黒字だった」
俺は顔を上げた。
「本当ですか」
「採取の件数が増えて、収入が三百七十二枚になった。生活費が三百五十枚だから、二十二枚の黒字だ」
二十二枚の黒字。
小さい数字だ。
でも、黒字は黒字だ。
「おめでとうございます」
「お前は」
俺は自分の帳簿を確認した。
月曜、ドガンで三十枚。採取で二十枚。合計五十枚。
火曜、コルテで二十枚。川沿りで三十八枚。合計五十八枚。
水曜、ドガン追加で三十枚。採取で二十枚。合計五十枚。
木曜、コルテで二十枚。西草地で四十二枚。合計六十二枚。
金曜、補助で十枚。川沿いで三十二枚。合計四十二枚。
土曜、採取二件で四十枚。
週合計収入、三百二枚。
週生活費、約三百五十枚。
週赤字、約四十八枚。
……届かなかった。
マユミが俺の顔を見た。
「どうだった」
「四十八枚の赤字でした」
「惜しかったな」
「マユミさんは達成したのに」
「私は採取の件数が多いから。お前は定期依頼が多い分、採取の時間が少ない」
マユミの言う通りだった。
定期依頼は安定しているが、時間を取られる。
採取の件数を増やすには、定期依頼の効率をさらに上げるか、空き時間を採取に充てるか。
「来週こそです」
「来週こそだ」
マユミは少し笑った。
「でも惜しかったぞ。四十八枚まで来た」
「先月の最初の週に比べれば、全然違います」
「そうだな。最初は一日八枚が最高だったのに」
俺は少し考えた。
最初の日の採取、銅貨八枚。
今週の一日平均、約五十枚。
六倍以上だ。
三週間でここまで変わった。
宿に戻ると、マルティナが食堂で待っていた。
テーブルに、肉料理が二人分置いてあった。
「え」
マユミが声を上げた。
「約束したろ。達成したら肉を出すって」
「でも俺は達成してないです」
マルティナは少し目を細めた。
「マユミが達成した。お前はあと四十八枚だった。どちらも頑張った。それでいい」
「でも」
「肉を食え」
それだけだった。
俺は席についた。
マユミはもう座って、肉を一口食べていた。
「美味い」
「そうか」
俺も食べた。
鶏に近い肉だった。香草で焼いてある。脂がじわっと広がった。
美味かった。
本当に美味かった。
採取のパンとスープも悪くなかったが、これは全然違った。
「マルティナさん、ありがとうございます」
「来週は二人とも黒字にしろ。そしたらまた出す」
「本当ですか」
「嘘はつかない」
マユミが笑った。
「動機が増えた」
「いい動機だと思います」
三人で少し笑った。
食堂に笑い声が広がった。
マルティナも笑っていた。
最初の頃とは、空気が違う。
居場所が、少しずつできていた。
食事の後、マルティナに声をかけた。
「借金の状況、報告していいですか」
「うん」
「今週の収入が三百二枚。生活費が三百五十枚。今週も赤字でした。借金は引き続き増えています」
マルティナは帳簿を出した。
「今週の増加分を足すと、残りは四百七十一枚になる」
四百七十一枚。
増え続けている。
でも、増加ペースは確実に落ちている。
「来週、水曜のドガンさんの仕事が完全に軌道に乗れば、週黒字に届くかもしれません。そうなれば初めて借金が減り始めます」
「わかった」
「必ず返します」
「知ってるよ」
マルティナは帳簿を閉じた。
「来週も頑張れ。二人とも」
「はい」
「でも、無理はするな」
「わかっています」
部屋に戻った。
窓の外を見た。
夜のアーゼルタウン。
城壁の上の灯り。
今週、マユミが週黒字を達成した。
俺はあと四十八枚だった。
借金は四百七十一枚に増えた。
でも増加ペースが落ちている。
来週、週黒字に届けば、初めて借金が減り始める。
段取りは見えている。
あとは実行するだけだ。
それから。
今日、肉を食べた。
美味かった。
単純なことだが、それが今日一番の収穫かもしれない。
生きていれば、美味いものが食える。
それで十分だ。
目を閉じた。
第十四話「水曜が加わった週と、初めての週黒字?」 了




