第十三話「初めての週黒字と、マルティナへの返済?」
週末の夜。
俺は部屋で帳簿を開いた。
今週の収支を計算した。
月曜、ドガンの仕事で三十枚。採取で十七枚。合計四十七枚。
火曜、コルテの定期で二十枚。川沿いの採取で十二枚。合計三十二枚。
水曜、運搬補助で十二枚。薬草採取で十六枚。合計二十八枚。
木曜、コルテの定期で二十枚。石拾いで八枚。合計二十八枚。
金曜、ギルドの雑用補助で十枚。採取で十五枚。合計二十五枚。
土曜、採取二件で二十二枚。
日曜、今日は休んだ。ゼロ。
週合計収入、二百四枚。
週生活費、約三百五十枚。
週赤字、約百四十六枚。
……まだ赤字だ。
でも、先週より百枚近く改善していた。
俺は少し笑った。
笑うような数字じゃない。
でも、方向が正しい。
来週は、もう少し上げられる。
具体的に考えた。
月曜のドガンの仕事は安定している。火曜と木曜のコルテも同じだ。
問題は採取の効率だ。
今週は一日平均十五枚前後だった。
これを二十枚に上げられれば、週の収入が二百四十枚を超える。
まだ赤字だが、借金の増加ペースが大幅に落ちる。
再来週には、週単位で黒字に届くかもしれない。
段取りが見えてきた。
帳簿を閉じた。
翌週月曜日。
朝、食堂に降りた。
マユミが先にいた。
今日は表情が明るかった。
「おはよう」
「おはようございます。今週も頑張りましょう」
「お前、週明けから張り切ってるな」
「来週あたり、週単位で黒字になれそうな気がしていて」
「計算したのか」
「昨日の夜に」
マユミは少し笑った。
「私も計算した」
「どうでしたか」
「私の方が採取の件数が多いから、もう少し早く届くかもしれない」
「それはいいですね」
「競争だな」
「競争ですか」
「どっちが先に週黒字になるか」
俺は少し考えた。
「競争というより、お互いの目標にしましょう」
「同じことだろ」
「競争だと相手に勝つことが目的になります。目標だと自分のペースで達成できます」
マユミはしばらく俺を見た。
「……お前、なんでそんなに細かいんだ」
「言葉が大事だと思っているので」
「現場仕込みか」
「そうです。現場では指示の言葉一つで動きが変わります」
マユミはスープを飲みながら、少し考えた。
「……じゃあ、お互いの目標にしよう」
「ありがとうございます」
「でも私の方が先に達成する」
「それは楽しみです」
マルティナが厨房から顔を出した。
「朝から元気だね、二人とも」
「週黒字を目標にしています」
「そうか。飯をしっかり食えよ。体が資本だ」
マルティナはそれだけ言って、また引っ込んだ。
体が資本。
現場でもよく言っていた言葉だ。
この世界でも、同じだ。
ドガンの仕事に向かった。
先週と同じ流れで動いた。
今週は作業員のルークと、もう一人が来ていた。
先週俺の動きを見ていたらしく、今週は説明をほとんどしなくていい状態だった。
「先週の報告書、幹部に見せた」
ドガンが言った。
「どうでしたか」
「評判が良かった。特に、優先順位をつけて解決した点を評価された」
「ありがとうございます」
「一つ相談がある」
「はい」
「月曜だけじゃなく、もう一日追加できるか。水曜に別の倉庫の確認がある」
水曜の追加。
報酬は同じ三十枚だとすれば、週の定期収入が百枚になる。
週生活費が三百五十枚として、採取等で二百五十枚稼げれば週黒字になる。
一日平均三十六枚。今より二十枚以上多い。
まだ難しいが、近づく。
「水曜、受けます」
「助かる。来週の水曜から頼む」
「わかりました」
ドガンは頷いた。
「一つ聞いていいか」
「はい」
「先週、三人の商人の中で一人だけ先に解決しただろ。なんであいつを優先したんだ」
俺は少し間を置いた。
「一番消耗していたので」
「なんでわかった」
「……顔を見ていれば、だいたいわかります」
ドガンはしばらく俺を見た。
「顔を見て、か」
「長年、人を見てきた癖です」
「五十の爺みたいなことを言うな」
「よく言われます」
ドガンは少し笑った。
「まあ、結果が出てればいい。来週も頼む」
昼過ぎに宿に戻った。
マユミが食堂にいた。
午前中に採取を三件こなしていた。
「三件か。すごいですね」
「今週は本気でやると決めた」
「体は大丈夫ですか」
「問題ない。でも昼飯はしっかり食う」
マルティナが出してくれたスープとパンを食べながら、マユミが言った。
「来週から水曜もドガンさんの仕事が入るんだろ」
「聞いてましたか」
「食堂に声が漏れてた」
「そうです。来週から水曜も入ります」
「定期が増えるな」
「週の定期収入が百枚になります」
マユミは少し計算した。
「それに採取を合わせれば、来週には週黒字に届くかもしれない」
「俺もそう思っています」
「じゃあ来週、二人とも週黒字を目標にしよう」
「その方向で」
二人で頷いた。
なんとなく、現場の朝礼みたいな感じがした。
目標を共有して、それぞれの持ち場で動く。
チームというのは、こういうことだと思った。
その週は、二人とも全力で動いた。
マユミは採取の件数を増やした。
午前に二件、午後に一件。
時には俺と合流して、危険な場所の見張りを頼みながら採取した。
俺は定期依頼を確実にこなしながら、隙間に採取や運搬を入れた。
段取りを細かく組んだ。
移動効率。依頼の組み合わせ。体力配分。
全部を考えながら動いた。
金曜日の夜。
俺は帳簿を開いた。
今週の収支を計算した。
月曜、ドガンで三十枚。採取で二十枚。合計五十枚。
火曜、コルテで二十枚。採取で十八枚。合計三十八枚。
水曜、採取で二十五枚。運搬で十二枚。合計三十七枚。
木曜、コルテで二十枚。川沿い採取で二十枚。合計四十枚。
金曜、ギルド補助で十枚。採取で二十枚。合計三十枚。
金曜まで五日間の合計、百九十五枚。
土日はまだ残っている。
一日二十枚ペースなら、週合計二百三十五枚前後になる。
週生活費、約三百五十枚。
差し引き、週赤字約百十五枚。
……まだ赤字だ。
でも先々週が約百四十六枚の赤字だったから、三十枚以上改善している。
来週、水曜のドガンの仕事が加わる。
そうすれば週の定期収入が百枚になる。
あと少しだ。
土曜日。
二人で一日動いた。
午前は薬草採取を二件。
午後は運搬補助と石拾いを組み合わせた。
夕方、ギルドで今週の最終収支を確認した。
土曜の収入、三十八枚。
今週合計、二百三十三枚。
週生活費、約三百五十枚。
週赤字、約百十七枚。
……やっぱり赤字だった。
でも。
「今週の私の収支、計算した」
マユミが隣で言った。
「どうでしたか」
「採取を増やして、週の収入が二百六十枚になった。生活費が三百五十枚だから、まだ赤字だけど」
「改善してますね」
「うん。でも」
マユミは少し止まった。
「週黒字、届かなかった」
「俺も届きませんでした」
二人で少し黙った。
悔しい、というほどではない。
でも、あと一歩だったという感覚はあった。
「来週は水曜のドガンさんの仕事が入ります。定期が増えます」
「私も採取の効率を上げる。川沿いの場所、もう少し把握できてきた」
「じゃあ来週こそ」
「来週こそ」
二人で頷いた。
日曜日の夜。
俺は部屋で帳簿を見ていた。
マルティナへの借金が四百枚を超えていた。
四百二十三枚。
来てから三週間。
毎日少しずつ増え続けてきた数字だ。
でも、増加ペースが確実に落ちている。
先週の増加が百四十六枚。
今週が百十七枚。
来週、水曜が加われば百枚を切るかもしれない。
そしてさらにその先、週黒字になれば借金が減り始める。
段取りは見えている。
あとは実行するだけだ。
帳簿を閉じた。
マルティナに声をかけに行った。
食堂はもう片付け終わっていた。
マルティナがカウンターで帳簿を確認していた。
「少しいいですか」
「うん」
「今週の収支を報告したくて」
マルティナは手を止めた。
「聞こうか」
「今週の収入が二百三十三枚でした。生活費が三百五十枚なので、百十七枚の赤字です。借金は四百二十三枚になりました」
マルティナは帳簿を確認した。
「合ってる」
「来週から定期依頼が一件増えます。水曜にドガンさんの仕事が加わります。週の定期収入が百枚になります」
「そうか」
「再来週あたり、週単位で黒字に転じると思います。そうなれば、借金の返済をまとめて始めます」
マルティナはしばらく俺を見た。
「毎週報告しに来るな、お前」
「報告は大事ですから」
「誰かに教わったか」
「現場で覚えました。上司への報告が遅れると、問題が大きくなってから発覚する。だから小さいうちに報告する」
マルティナはふっと笑った。
「私が上司か」
「債権者ですね、正確には」
「同じようなものだ」
マルティナは帳簿を閉じた。
「来週、頑張れ」
「はい」
「でも、無理はするな」
「わかっています」
「わかってても、無理をするのが人間だ」
俺は少し考えた。
「マルティナさんは、無理をしましたか。一人でここを続けてきた十年で」
マルティナは少し黙った。
「した。したけど、気づかなかった」
「気づいたのはいつですか」
「体が動かなくなったとき」
俺は黙った。
「三年前に一度、倒れた。一週間、起き上がれなかった」
「それは……」
「その後から、無理をしないようにした。したくてもできなくなった、というのが正確だけど」
マルティナは静かに笑った。
「お前に言うのは変な話だけど、体は正直だよ。嘘をつかない」
「肝に銘じます」
「銘じるだけじゃなく、実行しろ」
「はい」
マルティナは立ち上がった。
「早く寝な。明日から本番だろ」
「そうですね」
俺は立ち上がった。
扉に向かいながら、一度だけ振り返った。
「マルティナさん」
「うん」
「必ず返します。借金」
「知ってるよ」
「それから」
マルティナが俺を見た。
「体、大切にしてください」
マルティナは少し目を細めた。
目尻に深い皺が寄った。
「お互いな」
それだけだった。
部屋に戻った。
窓の外を見た。
夜のアーゼルタウン。
三週間が経った。
借金は四百二十三枚ある。
でも方向は変わった。
来週から、また一歩前に進む。
段取りは組めている。
あとは実行するだけだ。
目を閉じた。
第十三話「初めての週黒字と、マルティナへの返済?」 了




