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第12話:森ガール少女、美術館長と会えたことに感謝する(Side:ノーラ①)

 宿の部屋で、パパとママと一緒にくつろぐ。

 グレイス家は今、休暇でミルフォードの街に来ている。

 本邸のある街は馬車で数日の距離だ。

 それほど遠くないので小旅行に近いけど、この辺りは自然が豊かで食事もおいしく、わたしたち家族は大いに満足する日々を送っていた。

 

 宿泊部屋のドアがノックされ、夕食が運ばれてくる。

 今日のメニューはたっぷりのお肉が入った温かいスープに、新鮮なサラダ、焼きたてのパン、そして白身魚のムニエルだ。

 おいしそうな匂いとともに湯気が立ち上り、お部屋は温かな空気に包まれる。


「おおっ、たまには部屋で食べるのもいいな。これもノーラがルームサービスにしようと言ってくれたおかげだ」

「そうね、街に出かけたら慌ただしかったかもしれないわね。今日は行商人がたくさん来ていたみたいだから。良い提案してくれてありがと、ノーラちゃん」


 予想以上に豪勢な食事が出てきて、パパとママは歓声を上げる。

 宿の従業員はすぐに退室して、わたしたちは三人で夕食を楽しむ。

 休暇中の食事はいつも街のレストランに行くけど、今日はルームサービスがいいと二人に頼んだ。

 落ち着いた場所で相談したい、大事な話があるから。

 今日ずっと切り出すチャンスがあったもののなかなか勇気が出ず、もう夜になってしまった。

 ご飯を食べ終わる前に伝えないといけないのに……。

 あれこれと悩むわたしなんて露ほども知らず、パパが名残惜しそうに呟く。


「いやぁ、僕たちの休暇もそろそろ終わりか。あっという間に終わってしまったな。ミルフォードに来たのがつい昨日のようだ」

「時を忘れるほど楽しかったってことじゃない。それが一番幸せな休暇だわ。ノーラちゃんはどうだったかしら?」

「本当にすごく楽しかったよ。アークレイと街並みも違くて楽しかったし、自然もいっぱいで爽やかだったね。ご飯もおいしくてとっても良い街だった」


 素直な感想を話すと、パパとママは喜びつつもちょっと残念そうに話す。


「あなたもママたちと一緒に買い物に来ればよかったのに。もう何年も新しいドレスを買っていないでしょう?」

「そうだぞ。ノーラはもう子どもじゃないが、もっとパパママと一緒に過ごしていいんだからな」

「うん、ごめんね。美術館の展示品が本当に綺麗で何度も見たくなっちゃったの」


 パパとママは買い物の他、観劇を見るのが好きだった。

 わたしはどちらもあまり好きじゃないから、"美術館イチノセ"に通っていた。

 街の近くに湖畔があることは知っていたので、最初はのんびりしたいなと思って散歩していたら、あの素敵な美術館を見つけたのだ。

 落ち着いた赤色の外壁は青い空や湖、鮮やかな緑の草地にとても映え、強い印象で目に焼きついた。

 まるで、その光景が美しい絵画のようだと思った感覚を、今でもよく覚えている。

 "美術館イチノセ"についてはパパとママも好評で、わたしの言葉をきっかけに感想を話し始めた。 


「たしかに、あの展示品の数々は素晴らしかったな。まさか、このような地方で《ディルーカ》の『湖畔の微笑み』が見られるとは思わなかった。アークレイの街に帰ったら、商会のみんなにも話そう」

「我が家ももっと芸術品を増やそうかしらねぇ。良い物は高くてなかなか買えないけど、あの展示品を見たら素敵な絵とか彫刻が欲しくなっちゃったわ。うちにも《ディルーカ》のコレクションが来てくれないかしら」

「きっと、運良く出会えても、高額過ぎて商会の一年分の利益を費やしても買えないよ。だから、あの美術館は本当にすごいんだ。しかし、話せば話すほど休暇の終わりが寂しくなってしまうな。仕事が再開すれば、頻繁にここの美術館に来ることは難しいし」

「本当にそうね。ここ最近でも一番と言っていいくらいの休暇だったわ」


 パパとママが話すように、そろそろグレイス家の楽しい休暇は終わり。

 わたしもミルフォードを離れ、お家のある街――アークレイに戻らなきゃいけない。

 いつもの休暇だったら、こんなに名残惜しくはなかっただろう。

 家族と過ごすのは好きだし、アークレイだって楽しい街だ。

 商会の仕事を手伝ったり貴族の人付き合いをしたり、それなりに忙しい毎日がまた始まる。 わたしはそんな日々が楽しかったから、休暇の終わりもどこか別の楽しさを感じていた。


 でも今は、(ミルフォードに残りたいことを早く言わなきゃ)と心が焦がれる、まさしく焦燥感を覚えていた。

 だって、"美術館イチノセ"で働きたいと思ってしまったから。

 

 わたしは芸術が好き。

 絵を描くことは苦手だけど、綺麗な絵や彫刻を見るのは大好きだ。

 グレイス家が所持する美術品以外にも、もっとたくさん見たいし、もっと芸術の歴史や背景を学びたい。

 いつか、仕事として芸術に携われたらいいなと思っていた。


 知らないうちに食事は終わっており、ママが食後のお茶を飲みながら話し出す。


「帝都に帰ったら、ノーラちゃんのお見合いの申し込みがたくさん来ているかもね」


 たちまち、パパは不機嫌な顔になってしまった。


「ああ、きっとそうだ。ノーラは帝国一……いや、世界一可愛いから、数え切れないくらいの申し込みが来ているぞ。いいか、ノーラ。パパはまだ結婚は早いと思う。いくら良い条件の申し込みがあっても、今回は見送ろう。うん、それがいい。次回も次々回も見送ろうな」

「あら、あなた、ノーラの気持ちを一番に考えなきゃ」


 結婚の話が出てくるたび、パパはしかめっ面で断ろう云々と主張する。

 ママもまたわたしの結婚には賛成と見せかけて、実際は反対派だ。


 早い人は14歳くらいから縁談が舞い込んで、結婚の道を進む。

 今、わたしに好きな人はいないし、結婚についても曖昧な印象しかない。

 帝国全体の風潮というか文化ともいえる流れに、わたしは逆らえるのだろうかと、小さな不安を感じるときが少なからずあった。

 パパとママは反対しているけど、本心としてはわたしの結婚には前向きだ。

 将来は商会の後を継ぐより、いずれは貴族や裕福な商人と結婚して幸せな家庭を築いてほしい……と、二人は願っている。

 口には出さないだけ……。

 直接言われたことはないものの、一緒に暮らしているとそれとなく伝わっていたのだ。


 グレイス家が男爵を叙爵してから、我が家は貴族の夜会などにも顔を出すようになった。

 知り合いの高位貴族の奥さんはみな、旦那さんのサポートをしている。

 いずれも仲は良好で、領地の経営なども順調だ。

 わたしの将来像についても、そのような影響を少なからず受けているのかもしれない。

 

 結婚と言えば、ミオちゃんはどうなのだろう。

 雰囲気から察する限り、たぶん独身だ。

 同い年のはずなのに、彼女はとても大人っぽい。

 時折、わたしの両親より年上に感じることがあるほどだった。

 自分自身、彼女と話していると包み込まれるような安心感を覚えることもあり、なんだか不思議な人だ。

 実は、人生経験が豊富なのかな。

 わたしはあんなに落ち着いた精神がないからとても羨ましい。

 今度、機会があったら大人っぽく振る舞えるコツを教えてもらいたいな。


 わたしはミオちゃんとフォキシーとお喋りして、素敵な展示品を見て、本当に楽しかった。 自分の体験を他の人も味わってほしい。

 何より、あの二人と一緒に、素敵な"美術館イチノセ"で働きたい。

 そんな気持ちで胸がいっぱいだ。


 一方、パパとママはちょっと過保護だけど、わたしをとても大事に育ててくれた。

 家族と離れてミルフォードの街に残りたいと、"美術館イチノセ"で働きたいと告げたら、パパとママは悲しむんじゃないか……。

 そう思うと、切り出すのは至難の業だった。

 どうしようと悩む脳裏に、ミオちゃんとフォキシーと面談した昨日の光景が思い出された。 二人ともわたしを応援してくれているのだ。

 このままわたしが何も言わなければ、グレイス家はみんなで街を発つ。

 もしそうなったら、(あのとき言えばよかった)と、わたしはきっと後悔するだろう。


 とても楽しい思いをさせてくれた、ミオちゃんとフォキシー。

 二人の顔を思い浮かべたとき背中をグッと押された。

 比喩や気のせいではなく、本当にそんな感覚があったのだ。

 

 パパとママが楽しそうに話す中、わたしは勇気を振り絞って切り出した。


「……あのね、パパ、ママ。大事な話があるの」

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