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第10話:美術館長、森ガール少女を雇うことを決める

 森ガールちゃんを連れて、私とフォキシーは館長室に来た。


「はい、お茶とお菓子をどうぞ。薄くて丸い方はスライスしたジャガイモを揚げた物で、しょっぱい塩味です。茶色い棒みたいなのは小麦粉の生地を砂糖蜜で味付けした甘いお菓子です」

『かりんとうはボクの一番おすすめするお菓子コン』

「あ、ありがとうございます」


 テーブルの上にポテトチップスとかりんとうを出したら、森ガールちゃんはカチコチになりながら答えた。

 受付で「働きたい」と言われ、まずは話を聞くため館長室に連れてきた。

 まだ緊張しているようで、その表情は硬い。

 

 彼女の様子を見て、前世でバイトや仕事の面接をした経験が思い出された。

 このような緊張状態でいきなり面接的な話をするよりは、一度リラックスしてもらってからの方が本人も話しやすいだろう。

 私自身、本題に入る前にちょっとした雑談をされたとき、ずいぶんと気が安らいだ記憶があった。

 まずは、お菓子でも食べて緊張が解れてくれたらいいのだけど……。


 しばし固まっていた森ガールちゃんは、恐る恐るポテトチップスに手を伸ばす。

 パリッと食べた瞬間、たちまち明るい表情を浮かべた。


「うわぁ……こんなおいしいお菓子、食べたことがありません! 程よいしょっぱさが食欲をそそりますし、香ばしい香りやパリパリした食感も最高です!」


 感極まった様子でポテトチップスの感想を話してくれる。

 おいしいよね。

 続けてかりんとうを囓ったら、さらに笑顔が咲き誇る。


「こっちのお菓子は深みのある甘さが素晴らしいです! 身体に染み渡るような優しい甘さが印象的です! 堅めの歯応えもクッキーみたいでおいしいです!」

「お口に合ったみたいでよかったです」

『ボクにも一個ちょうだいコン』


 日本のお菓子をたくさん喜んでくれて私も嬉しい。

 先ほど、ついうっかり日本製の袋をそのままバリッと開けちゃったのだけど、「不思議な包装ですね。外国のお菓子ですか?」と質問される程度に留まってよかった。

 お茶(緑茶)を飲みながら、森ガールちゃんは落ち着いた様子で話す。


「なんだか、ここの館長室はすごく居心地がいいですね。ずっといたくなっちゃいます」


 館長室のレイアウトはほとんどデフォルトだけど、外に生えている花を飾ったりなど多少変更した。

 お花とか植物があると、来館者の緊張も解れるかなと思ったのだ。


「そう言ってもらえて嬉しいです。訪れた人が落ち着けるような空間を目指しています。ここだけの話、私はこの美術館に寝泊りしているんですよ」

「ええっ!? そうなんですか!? 羨ましいです!」


 そう、私はここに住んでいる。

 美術館兼住宅みたいなものだと伝えたら、とても羨ましがられた。

 いくぶんか雰囲気が和んだところで、私は姿勢を整えて切り出す。


「改めまして、私は館長のミオです。よろしくお願いします」

『前にも言ったけど、ボクはフォキシーって名前コン』

「わたしはノーラ・グレイスと言います。よろしくお願いします」


 互いに自己紹介をして、森ガールちゃんの名前はノーラと知った。

 名前も可愛いね。

 話の流れで私の身体年齢と同じ16歳と聞き、親近感が強くなった。

 そんな私は彼女にとある提案をしてみる。


「もしよかったら……友達みたいに話しませんか? 同い年ですし、芸術好きって共通点もありますし」


 彼女とは友達になれたら嬉しいな、と思っていたのだ。

 ドキドキしながら待つと、ノーラは照れ笑いを浮かべて小さな声で言った。


「はい……そうしましょう。いえ、そうしよう」

「ありがとう、ノーラ」

「こちらこそ、ミオちゃん」


 私たちはふふっと笑い合う。

 お客さんから友達になれたような気分だ。

 

『ボクも忘れないでほしいコン』


 と、私の膝の上から可愛い声が聞こえる。

 少し拗ねたフォキシーの様子に「ごめんね」と笑ったところで、ふと私は気づいた。


「……ん? ちょっと待って。ノーラの名前に名字があるということは……」


 フォキシーから、この世界では名字があれば貴族、なければ平民だと聞いた。

 私の疑問に、ノーラは淡々と答えてくれた。


「うん、グレイス家は男爵だよ」

「やっぱりそうだったかぁ……って、失礼なことしてたらごめんなさい」


 私は、あっ! と思い口に手を当てる。

 ジャクリーヌさんほどの高位でないものの、漫画や小説では、貴族>平民という構図が強かった。

 郷に入っては郷に従えという言葉がある。

 いくら同い年でもタメ口で話すとか礼儀的に失礼なのかな、と不安になった私に、ノーラは笑顔で話してくれた。


「失礼だとか気にしないで。うちだって、元は平民の商人だったの。父の代から商売が回り始めてね、爵位を国から買ったってだけ。むしろ、成金みたいなものだよ」

「ありがとう。でも、成金なんてそんなことはないわ。自分で手に入れたってことだから、なおさらすごいのよ」


 気にしないでいいと言われ、安心する。

 ノーラは自虐交じりに言うけど、爵位を買えるほど自分で稼いだなんてご立派だ。

 話すうちに、彼女の顔には来館したときの微笑みが戻り始めた。

 おいしいお菓子やお茶を食べながらお喋りしたおかげで多少なりとも気が楽になってくれたらしい。


 お客さん時代より互いの距離が縮まったと感じたところで、本題に入った。


「じゃあ、そろそろ本題に入りましょう。まず、ノーラ、この美術館で働きたいと言ってくれてありがとう。とても嬉しかったわ。確認だけど、学芸員の希望で合っているかしら?」

「うん、その通りよ。ミオちゃんのお手伝いをしたいの」

「了解、今雇用契約書を出すからちょっと待ってね」


 美術館を開いてから、もし誰か雇った場合の条件をいつも考えてきた。

 頭の中で情報をまとめ、【美術館長の加護】の力で現実世界に生み出す。

 テーブルが光った次の瞬間には一枚の紙が出現した様子に、ノーラは大変に驚いた。


「えっ、何が起きたの!? ミオちゃんは魔法が使えるの!?」

「ふふっ、館長になるとね、いろんなことができるのよ。……はい、これがこの美術館の雇用契約書ね。今、このような条件で考えているわ」


 雇用契約書を見せながら、中身を彼女に説明する。


「労働時間は朝10時~夕方18時まで。昼休憩は2時間用意させてもらったわ。街に用事があるときは抜けてもらって構わないからね。仕事内容は主に受付業務と、館内の案内や所蔵品の説明など来館者の対応をお願い。所蔵品の勉強は三階の図書室にある本を読んでね。仕事中も時間があるときは勉強して大丈夫よ」

「お仕事しながら芸術の勉強ができるなんて夢みたい……。お仕事の内容も楽しそうでしょうがないわ」

「肝心のお給料は……40万ルインなのだけど、ど、どうかしら?」


 やや緊張して尋ねる。

 お給料の設定は大いに悩んだ。

 たしか、前世で私が死ぬ寸前の大卒初任給ランキングで、トップの金額がそれくらいだったような気がする。

 フォキシーの事前説明では、庶民の一般的な月収より多いはずだ。

 だけど、ノーラは裕福な商人の娘さんで男爵令嬢。

 

「も、もちろん、美術館の運営がうまくいけばもっと増やすし、ボーナスも出させてもらうよ」

 

 私は足りないかと不安になっていたけど、ノーラもまた不安げな表情だった。


「40万ルインも貰ってしまっていいの? わたし、家のお仕事を手伝ったことはあるけど、そこまで接客とかの経験はないわ。それに美術の知識だってまだまだ足りないし……」

「いいえ、そんなことは気にしないで。私はなるべく良い待遇で働いてほしいの。もちろん、これからしっかりお勉強してもらうけどね」

「……ミオちゃん、ありがとう」


 ウィンクしながら言ったら、ノーラは笑顔になってくれた。

 私には2500万円分の貯蓄がある。

 仮にしばらく閑古鳥が鳴き続けたとして、バリア代の30万ルインと併せてもしばらくは払えそうだ。


「雇用契約書もこんなに細かく書いてくれてありがとう。とてもわかりやすいわ。うちの商会も見習わないと……」

「問題とかは起きないと思うけど、こういうことは事前にきっちりしておいた方がいいからね」


 フォキシー曰く、この世界では雇用契約書をあまり交わさないらしい。

 口約束でなあなあに締結することが慣習のため、後々トラブルが発生することも多々あるとか。

 せっかくうちで働いてくれる人には、ホワイトな環境を用意してあげたいのだ。

 美術館の開館日の都合上、週6勤務にはなるけど、前世における労働基準法における週40時間の労働時間には達さない。

 夏と冬には長期休みもあるよと伝えたら、ノーラは喜んだ後、真剣な顔に変わった。


「……私がここで働きたいのはね、きちんとした理由があるの」


 ほんわかした森ガールの雰囲気が消え、彼女は真摯な表情で話し出す。


「ミオちゃんも知っていると思うけど、美術品の蒐集はすごくお金がかかるよね。グレイス家もいくつか素敵な美術品は持っているものの、大部分はお金持ちの貴族が買い占めてしまうの。そして、そういう人たちは自分と同じ境遇の人にしか見せようとしないから……」

「美術品に縁がない人は、そもそも見る機会がまったくないということね?」


 言葉を繋げると、ノーラはこくりと頷いた。

 この世界においては、美術品は完全に貴族やお金持ちの趣味という立ち位置らしい。

 教会や大聖堂にステンドグラスや彫刻があるかと思ったけど、それも基本的にはないとのこと。

 美術品の価値は高いため、教会のような防衛力のない場所にあると奪われてしまうのだ。

 ノーラは真摯な表情で、膝に乗せた拳を握る。


「わたしは芸術が好き。グレイス家にも絵画や彫刻が何点かあるけど、眺めているだけで心が豊かになるのを感じるわ。作者が魂を籠めて作った物には、見る人を楽しませたいっていう思いが強く宿っているから……。こんなに安く、宮殿に納められていてもおかしくないような所蔵品をたくさん見られる美術館があるなんて、夢にも思わなかった」


 美術館はどこにでもあるわけではない、という情報を以前フォキシーが伝えてくれた。

 絵画や彫刻は高価なため、その収集には多大な金額を要する。

 よって、それらを集めた美術館は入館料も高額になってしまうのだ。

 ノーラは厳しさを増した視線で話す。


「美術館は帝都だったり、帝国の主要な都市にしかないからね。どこも入場料だけで1万ルインはかかるし。わたしもまだ、行ったことあるのは2回だけ」

「1万ルイン……。それはずいぶんと高いわね。それじゃあ、見学できる人は限られてしまうわ。きっと、よその美術館は所蔵品の管理コストとかも高いんだろうね。貴重な品ばっかり納めた宝箱みたいな建物だから。うちは管理コストがない分、安くできるって事情もあるんだけど」

「えー、そうなんだぁ。美術館の運営も得意なんてミオちゃんはすごいね」

「いろいろと諸事情があるおかげなんだけどね」


 なんといっても、バリア代以外は全てタダなのだ。

 電気や水道などの維持費もかからないので、かなりコストが抑えられている。

 そこまで話したところで、ノーラは緊張と真剣さの両方が宿った瞳で私を見た。


「わたしはミオちゃんが初めて会ったときに言ってくれた、"いろんな人に芸術を楽しんでほしい"という気持ちにとても共感したの。わたしも芸術の普及をお手伝いしたい。貴族やお金持ちに限らず、世の中のいろんな人が芸術を楽しめる場所を、私も一緒に作りたい」


 彼女の芸術や美術館に対する思いが伝わり、私の胸は自然と熱くなっていた。

 こんな素晴らしい人を私は待っていたのだ。

 フォキシーをチラッと見ると、彼は小さく頷いた。

 私と同じ考えらしい。

 今一度私は姿勢を正し、真摯な思いでノーラを見る。


「……わかったわ。ノーラ、あなたを雇わせてちょうだい」

「ほんとに!? わたしもここで働けるの!?」

「芸術を好きな気持ちや、人々に対する熱意がとても伝わったわ。私はあなたみたいな人と美術館を運営したいと思っていたの」

「ミオちゃん……ありがとう!」


 ノーラは感激した様子で、胸の前で手を組む。

 本人の人柄や芸術に対する熱意も素晴らしい、というか大好き。

 一緒に働けたら嬉しいなとは思っていたけど、本当に叶うなんて喜ばしい限りだ。

 しばし、ノーラはもじもじした後、照れた様子で切り出した。


「ねぇ、ミオちゃん、お願いがあるのだけど……わたしも美術館に寝泊りすることってできる? わたし、美術館で寝るのが夢だったの」

「いいね! 楽しそう!」


 修学旅行みたい!

 この建物は【美術館長の加護】で自由に増築、改築できるから、彼女の部屋もすぐに用意できる。

 とはいえ、事前に確認しておくべき事柄がある。

 ノーラはまだ未成年だ。


「私としてはあなたを雇うことは決定事項だけど、一つだけ確認させてほしいの。この美術館で働くことについて、ご両親にはもう話してあるのかしら?」


 そう尋ねたら、ノーラの表情には影が差した。

 

「いや、まだなの。今グレイス家は休暇でミルフォードに来ているから、もし採用してもらった場合は、わたしだけ残ることになる。パパとママに断られたら、と思うとなかなか切り出せなくて……。ミオちゃんに言う前に、親には伝えておくべきだと思ってはいたんだけど」

「なるほど、そうだったのね。だったら、一度ご両親に相談してきてほしいかな」


 彼女は未成年なので、ご両親の許可を得られていない状態で雇ってしまうのは、グレイス家にとってよくないだろう。

 就職は重要なイベントだし、できる限りノーラの立場が悪くなるような状況は避けたい。

 相談をお願いしたら、彼女は快諾してくれた。


「うん、わかった。今日の夜、相談してくる。絶対に働けるように話すよ。家族もみんな商売の人だから理解してくれると思う。むしろ、歓迎されるかも」

「ありがとう。じゃあ、お手数かけて申し訳ないけど、明日の閉館後にでもまた美術館に来てもらえるかしら? そこでお話を聞かせてちょうだい」

「もちろんだよ、ミオちゃん」


 ご両親と相談してもらうことで話はまとまり、街に帰っていくノーラを見送る。

 彼女は姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。

 

「無事に許可が出たらいいなぁ。私もノーラと働きたいよ」

『ボクもノーラ大好きコン。一緒に働けたら、今よりずっと楽しくなりそうコンね』


 緊張するね、などと話しながら、私とフォキシーは館長室に戻る。

 翌日、まさかあんなことになるなんて、このときの私とフォキシーは知る由もなかったのだ。

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