42 「君にはここで死んでもらう」
「ほら」
俺は動かせない両腕の代わりに、あごをしゃくって女神を示した。悔しそうに顔をしかめる3人を見回して、俺は言う。
「ただ泣き喚いて、一方的に今あるものを壊そうとするやり方は、幼稚すぎるだろ。悲劇のヒロインぶってれば、何でも許されるわけじゃないんだぞ!」
「このっ……! 言わせておけば……!」
声を荒げたギオンが俺に近寄ってくる寸前で、ぎい、と重たく錆びた音が倉庫内に広がった。薄暗かった庫内に、人の目には少し強い明かりが差しこんでくる。
倉庫の出入口である大きな扉が開いて、そこに明かりを手にした数人の人影が見えた。外はもうとっぷり日が暮れて、夜空が広がっているようだった。
一団の先頭に立っている人が、芝居がかった手つきで拍手する。倉庫内で反響するその音は、ひどく場違いな気がした。
「外まで聞こえる素晴らしい演説をありがとう、リク・コルテラード。おかげで君が無事なうちにたどり着くことができた」
「ツェルマ官長……!」
俺と3人の、意味合いの違う声音が同じ名前を呼ぶ。
よかった。手足が自由なら応戦もできるけど、この状態でギオンたちに何かされたら、どうしようもなかっただろうし。
官長が言葉もなく指を動かすと、制服たちが左右に分かれて倉庫内に広がる。彼らが下げている明かりが、じわりと尾を引いていくように映った。
制服たちの中にハルキの姿を探すけど、どこにも見当たらない。そりゃそうか、犯人追って捕まえるようなタイプじゃない。警備は別部署だって言ってたし。それでも期待してしまって、胸が痛んだ。
官長の後ろに留まった1人が、倉庫の扉を丁寧に閉める。犯人たちが簡単に逃げられないようにするためだろう。用意周到なことだ。
官長はかつかつと足音響かせながら、俺たちの方へ近付いてくる。
「ギオン、君にはがっかりしたよ。まさか……こんなことを企てているなんて」
「官長、私は。いえ、私たちは……」
言い訳じみた言葉を口にしようとするギオンを手で遮って、官長は言った。
「いや、君はもう長いこと苦しんできていたからな……。君の――君たちの切羽詰まった心境を慮ってやれなかった、私の落ち度だ」
3人は官長の言葉を聞いて、胸を撫で下ろしているような様子だった。さっき俺にしたみたいに、ご高説を始めるかと思ったのに、妙な反応だ。
妙な反応といえば、と俺はそっと辺りに視線を巡らせる。官長に指示された制服たちは、明かりを持って倉庫内に散開しただけで、何をするわけでもない。女神を誘拐した3人に、脅しをかけるように武器を構えるでも、確保の機会をうかがっている風でもない。
俺はいぶかしんで、官長に尋ねる。
「3人はお咎めなしってこと? あんた随分落ち着いてるけど、もしかしてこれもよくあることなの? 公表されないだけで」
そういえば、先々月も女神が誘拐されかけたのを阻止したって話だったもんな。
俺の不思議そうな顔を見て、官長は吹き出した。
「まさか! こんなことがそうそうあってたまるか。事が公になれば、一世一代の大騒ぎだ。……だが、そうだな、彼らはお咎めなしということになるだろう」
やっぱそうなのか。この人は社会を混乱させることをよしとしていないんだろう。俺は顔をしかめる。
「でも、こんなこと黙ってたら、また似たような人たちが現れるよ」
「それについては、もう心配する必要はない」
目をしばたかせている俺を無視して、官長はギオンに向き直った。
「それで? どうして君たちはリク・コルテラードを連れてきたんだ?」
官長の言葉で、俺はようやくその疑問に至った。女神はわかるけど、どうして俺まで誘拐されたんだ? あれこれ詮索していたのがバレたかな。
ギオンはちらりと俺を見て、口を開く。
「私たちのことを嗅ぎまわっていたようでしたので、口封じのために」
「何か悩んでいるようだったので、引き入れられるかと思って……」
女子が補足するのを聞いて、俺はなるほど、と納得する。目撃者は殺す、もしくは仲間にしてしまおうって魂胆だったわけか。あいにく、どちらも叶わなかったわけだけど。
俺は軽く息を吐いて、体を揺らした。
「官長、事情聴取はあとで勝手にやってよ。女神はそこのコンテナにいるから、早く宮殿に帰してあげて。あと、俺の腕もほどいてよ」
固くて冷たい床の上に転がっているのは、体を痛めそうだよ。ぶつぶつ言ってると、官長はゆっくり歩み寄ってきて、俺の顔をのぞきこんできた。
「リク・コルテラード」
「うん?」
そろそろ、立ってる人を見上げるのも、首が疲れてきた。胸中で文句を言った瞬間、頭上から官長の平坦な声が降ってくる。
「君にはここで死んでもらう」




