22 「話通じないのなんか、当たり前じゃん!」
「朝ごはんできたわよ」
目尻に浮かんだ涙を払っている父さんの横から、母さんが湯気の立つ朝食を運んでくる。食欲をそそるいい匂いをバックに、父さんは言った。
「話通じないのなんか、当たり前じゃん!」
俺は思わず固まった。寝てない脳みそがうまく動いてくれない。話が通じないのは、当たり前。
俺が言葉を失っている間に、父さんは笑いながら続ける。
「俺、母さんと話通じたと思ったことないぞ! なあ?」
「若い頃はケンカばかりだったもんねえ」
母さんは懐かしむように返事をして、食卓にいつもの食器を並べていく。父さんはひらひらと手を振りながら、言い切った。
「全部共感できて、まるごと全部自分にそっくりな奴がいたって、俺の運命は劇的に変わったりしねえよ! 違うとこがあるから、お互いに持ってないものがあるから、自分も相手も影響し合って運命になるんだろうが」
天啓のように突き刺さる言葉に、俺は言葉を忘れた。
そうか、別に全て通じ合う必要はないのか。いや、理解したり、尊重したりできるような結果になれば、だけど。お互いのいい刺激になって、価値観の幅が広がれば。
追加で何品か運んできた母さんが、苦笑しながら口をはさむ。
「お父さんはちょっと言い過ぎだと思うわよ。共感したり、よく理解してくれる人が運命の人って人たちもいるでしょう。ずっと1人で寂しかった人なんかは、寄り添ってくれる理解者が現れたからこそ、劇的に運命が変わるかもしれないんだし」
「ああ、それはそうか……」
それこそ、姉ちゃんは自分の絵の支援者が旦那で、運命はまるっと変わったんだし、そういう捉え方もある。
母さんはスプーンを俺と父さんに手渡しながら言った。
「まあ、運命の人がどういう存在かなんて、人によって違うわよ。理解者なのか、ライバルなのか、庇護対象なのか。どんな存在にせよ、理解できることもあれば、できないこともある。ぶつかって、ケンカして、言い争いながら作っていく関係もあるわよ」
俺はスプーンを握りしめて、昨日の不出来な自分を叱咤する。そうだ、1回ケンカしたくらいで何だ。ハルキの悲しそうな顔見てビビるなよ。
母さんの力強い声が、俺の背中を押す。
「女神様に約束された仲なんだから、自信もちなさい」
きっとこれから死ぬまでに、ハルキの怒った顔も呆れた顔も、寂しそうな顔も、いらないくらい見ることになるだろう。だけど、その倍笑わせてやればいいってだけの話だ。
まずは腹ごしらえ。その後は熱いシャワー。それから、犯人探しだ。
俺の運命の相手だ。少々嫌がられたって、俺が守るんだ。ハルキともちゃんと話をする。そうだ、失敗したら、やり直せばいいだけの話だ。
俺のもやもやを煮こんだミネストローネを一気に飲みほす。体の内側に熱が戻ってくる。温まった指先に赤みが戻ってきたのを見て、俺はスプーンを置いた。




