21 「運命の相手とは、うまくやっていけそうか?」
くつくつと煮立つミネストローネを、思い出したように時々かき混ぜる。湯気の立つ赤いスープをぼうっと眺めていたら、少しだけ気分が軽くなった。
大ゲンカをしたわけじゃないと思う。お互い顔を見るのも嫌になるほどの言い合いじゃなかった。ぶん殴っても怒りが収まらないような口論じゃなかったし、一生口をききたくなくなるような事件でもなかった。
ただ、俺の言葉はちゃんとハルキに通じたのか、ハルキの言うことを俺がちゃんとわかったかについては、疑問と不安が残る一夜だった。
運命の相手だからって、100パーセント分かり合える相手とは限らない。それでも、女神は運命の相手のことを「ぐるっと価値観を変えてしまう相手」と言っていたのに。お互いの言っていることが理解できたか怪しいなんて。
「価値観変わりそうもなくない?」
ぼやくように言いながら鍋の中身をかき混ぜた。トマトの酸味と野菜の甘さが溶けあった香りが、部屋の中に充満していく。
誰にも相談しづらい、このもやもやした感情を、野菜と一緒のざくざく刻んでぐつぐつ煮込んでやったつもりなのに、結局は鍋の中で薄く広がっただけだった。
そのとき、がちゃりと扉が開いて、リビングへ人影が入ってくる。寝ぼけた目をこすりながら、ご飯のにおいに釣られた小動物のようにやってきたのは、両親だった。
いい年してペアルックのパジャマ。ぼさぼさ頭を撫でつける動きが一緒。長く一緒にいると、動きまで似てくるというのは本当なんだろうか。
いつの間にか日が昇っていたらしい。カーテンの隙間から朝日がこぼれている。父さんがカーテンを開けると同時に、まぶしくて一度目を閉じてしまった。
母がキッチンへ入ってきて、俺に声をかける。
「りっくん帰ってたの? 今日は帰らない~って得意げにデート行ったくせに、何か失敗しちゃったの?」
「いいじゃん、ちゃんと帰ってきた品行方正な息子だろ?」
「りっくん、嫌なことあるとすぐキッチンにこもるから」
「うるせえババア」
シンクに溜まった野菜の皮の山を一瞥して、母さんは肩をすくめた。でかい寸動鍋にしこたまミネストローネを作ってる時点でお察しだったんだろう。しかめっ面の俺の背中を、母さんは何も言わずに撫でてくれた。
リビングのソファにだらりと座っていた父さんが、こっちを振り返って俺を非難する。
「おい、りっくん。父さんのかわいい運命の相手に向かって、ババアはやめろよなあ」
「……ごめんなさい」
「誰だって気持ちがささくれてるときは口が悪くなるわよ。ね?」
父さんも本気で怒っているわけではないので、俺の謝罪を聞いたら満足げに頷くだけだった。母さんは俺へのフォローを忘れず、まだ眠そうな顔でキッチンの食糧棚をのぞく。
「さ、朝ごはん作るわね。りっくんが一品作ってくれてるから、助かるわ」
俺はそそくさとキッチンを母さんに明け渡すことにする。リビングのソファへ行って、父さんの隣へ座った。
普段なら母さんの朝食の準備を手伝うところだけど、あれこれと考えながら夜を明かした身にはちょっと厳しい。ごめん母さん。今日はちょっと勘弁して。
止まりそうな思考回路を持て余しながらぼんやりと虚空を見つめていたら、隣から声がかかる。
「運命の相手とは、うまくやっていけそうか?」
「今それ訊く?」
俺は不満の色を隠しもせずに、父さんに言葉を返した。
母さんに、帰ってきてたのねとか、嫌なことがあると延々と飯作ってる癖を指摘されたとこじゃん。ほんと空気読めないんだよなあ、この人。
しかし、その年季の入った横顔を見つめつづけても、父さんは質問を取り下げなかった。もう上の娘も嫁に行ったこの初老の男親にとっては、今訊いておかなけばならないことなんだろう。
俺は観念して、ソファに抱き着きながらこぼす。
「正直無理そう」
「どうして」
「話かみ合わねーもん。俺の言ってること通じてねーし、相手の言いたいことわかってやれてる気がしないし」
俺の言葉を聞いた父さんは、目を丸くして俺を見た。一拍置いて声を立てて笑いはじめる。今度は俺が目を見開く番だった。
ひいひい笑い転げる父さんに、俺は困惑しながら詰め寄る。
「何で笑うんだよ」
「だって、りっくんが馬鹿なこと言ってるから!」




