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音速チョコレートに運命の相手はいない。  作者: モノクローマー
音速チョコレート、ぶち当たる
17/50

17 「嘘だろ、女神が死ぬわけないよね!?」

たどりついた宮殿前は、物々しい雰囲気になっていた。何人もの制服が明かりを手に、警戒態勢を取っている。ハルキのように仕事を上がった後に呼び戻されたのか、慌ただしくどこからか駆けつけてきた人もいた。


正門近くにいた人たちに声をかけて、ハルキは俺の腕を引いた。


「お疲れ様」


「お疲れ様です。……ジストリス記録官、そちらの方は?」


「重要参考人だ。まだきちんとした確認は取れてないから、内密に」


言われた制服は神妙な顔で頷いて、俺を観察した。俺が窃盗の犯人みたいじゃん。しかし、下手に口を開いて邪魔をしてもいけないから、黙っておこう。


ハルキは制服の視線から俺を遠ざけるように体を動かして、尋ねる。


「ツェルマ官長はどちらに?」


「女神の御前です。ファルマン監査官が怪我をされているので、女神の間のチェックを」


「わかった、すぐ行くよ」


ハルキを呼びに来ていた制服は外の見回りに参加するらしく、そこで別れることとなった。ハルキは俺の腕をつかんだまま、迷うことなく宮殿へ入っていく。


重く張りつめた空気。人気のない廊下。静まりかえった冷たく暗い宮殿の中を進みながら、場違いかもしれないと思いながら俺は尋ねた。


「記録官とか監査官って何? 役職?」


「子供にわかりやすく言うと、委員とか係みたいなもん。中でも、女神の調子やあの部屋のチェックができる奴は限られてるんだ。アイセンの監査官って肩書は、それをメインでやってる奴のことだよ」


「ハルキの記録官は?」


「基本的には毎月神託の下る運命の人の管理だよ。他にも文書系の雑用は俺の仕事」


「役職持ちの中でも下っ端のやつだ……」


「うるさいぞ」


アイセンが怪我したから、ってハルキが呼び戻されたような雰囲気だったよな。意外とどの仕事でもできるオールマイティでハイスペックな奴なのか、それともマジであちこち雑用させられてる下っ端なのか、どっちなんだ。


まっすぐハルキに連れていかれた先は、見覚えのある通路だ。女神の間の中の状態を考えようとしたら、心臓が縮む思いがした。


あの精巧な人形のような、ガラスの中で泳ぐ魚のような女神様が、連れて行かれそうになったなんて。童女のように、母のように笑う姿を思い出して、足先から体温が引いていく。


ハルキは部屋の扉をノックして、返事も待たずに押し開いた。


何が見えても驚かないように身構えたつもりが、思わずハルキの腕にしがみつく。視界に飛び込んできた情景は、そう悲惨なものではなかった。何かが壊されたり、血だまりが広がっていたりしているわけではない。今日の夕方に見た光景とさして変わらない。


唯一、室内での変化といえば、部屋の中央の台座だった。上に乗っている女神のガラスケースはそのままだけど、中にいる女神は、いつもと違う。


「アルメリア!」


俺は弾かれたように駆け寄って、ガラスの中を覗きこんだ。


水槽の中をゆらりとただよう女神は、ぐったりと身体を投げ出している。星を宿したような瞳は閉じられていた。桃色の髪のまとわりつく腕や顔は、どことなく血の気がないように見える。


「アルメリア、起きて! 嘘だろ、女神が死ぬわけないよね!?」


「静かにしろ。うるさくてかなわん」


女神は指先一つ動かさず、たゆたっているだけだ。返ってきたのは、同じ部屋の中にいる男の声だった。俺が顔を上げると、薄暗い部屋の隅にツェルマ官長が立っていた。


官長は俺の後ろのハルキを見やって、あからさまに顔をしかめた。


「これを連れてきたのは、おまえか」


「この宮殿に忍びこむことに関しては、俺やあなたより上手のようですから。役に立つかと思いまして」


ハルキはさらりと返事をして、室内に入ってきた。俺はそのやりとりを無視して、官長に尋ねる。


「ツェルマ官長、女神は? これ、どうなってるの?」


ツェルマ官長はバインダーをハルキに手渡して、俺の手元をのぞきこんだ。


「安心しろ。少し眠っているだけだ。異常はない」


「どうして眠ってるの? 犯人たちに何かされたの?」


「はあ……異常はないと言っているだろうに」


これみがしにため息をついたツェルマ官長は、一度ハルキに視線を投げる。ハルキは慣れた様子でバインダーに目を通しながら、室内をゆるりと歩きはじめていた。


俺が傍まで来たツェルマ官長の服のすそを引くと、官長は眉間のしわを深くして答えてくれた。


「女神は無事だ。不具合や異常はない。しかし、犯人の姿は見たと言うので、そいつらを見せてもらうよう頼んであるんだ」


「それが寝てることと何の関係があるんだよ?」


「最後まで話を聞け」


ツェルマ官長は面倒くさそうに俺の言葉を振り払って、続ける。


「君は成人の儀のときに見ていないだろうが、通常、女神は神託の際に運命の相手をその場に映し出して見せてくれるものだ。女神は全ての人の母、全能なる眼。遠く離れた場所にいる人間の姿を映すこともできる。ただし、それをするにはかなりの力が必要らしい。事実、成人の儀の数日前から眠りについて、力を蓄積している」


「じゃあ今は、犯人の姿を見せてくれるために、ってこと?」


「そういうことだ」


ツェルマ官長は神妙な顔で頷いて、低い声で言った。


「この話は外では絶対にするなよ。以前も言ったが、女神や神託に不満を抱く者は多い。実際、女神盗難などが起こったところだ。女神に眠る期間があることが公になるのはまずい。これは重々承知しておいてくれ」


「わかった、絶対誰にも言わないよ」


こういう、外に漏れちゃまずい話があるから、本来は部外者立ち入り禁止なんだ。それを無理言ってついてきたんだから、守るのは俺の義務だろう。


俺は唇を引き結んで官長に約束する。同時に、目の前で眠る女神は無事だとわかって、少しほっとしていた。


アルメリアは人心のわからない神様じゃない。彼女は冗談も言えば、悲しげな顔をすることもある。普通の人間とは少しずれてるかもしれないけど、価値観も自論もある。自分の意思とは関係なくどこかへ連れていかれそうになって、さぞ嫌な思いをしただろう。


いたわるようにガラスケースを撫でた。怖い思いや、痛い思いをしていなければいいんだけど。


女神の小さくて細い肢体をじっと眺めていたら、黙ってチェックしていたハルキが口を開いた。


「室内は異常ありませんね。女神の座を確認しても?」


「ああ、任せる。細かくは後日監査官に検分してもらうが、可能な限り見てくれ」


「了解」


ハルキは手短に返事をして、女神の台座の傍に膝をついた。俺と官長は邪魔にならないように、台座から距離をとる。


バインダーを足元に置いたハルキは、台座の側面に触れた。おもむろにぱかりと小さな蓋を外して、指先で何かをいじっている。


何あれ。もしかして、女神のガラスケースを持ち出したりするのに関係あるの?


ハルキのやっていることに釘付けになっていると、俺のその視線を遮るように、官長が体を動かした。


「さて、リク・コルテラードと言ったか。過日、君がここへ忍びこんだ際の侵入経路について改めて訊いておこうか」


「あ、うん……」


女神の台座がどうなっているのか、興味あったんだけど。しかしさすがに、さっきも重大な秘密について聞いたところだ。あまりあれこれ見せてくれと言うわけにもいかない。


ツェルマ官長に追い立てられるように、部屋を出る。扉が閉まる一瞬振り返ったら、ハルキがほの昏い色をにじませた目で俺たちのことを見つめていた。


ハルキの様子が気になりつつも、俺はもう二度ほどお世話になった裏口の方へ足を向ける。静かな廊下に俺の間の抜けた足音と、ツェルマ官長の硬質な足音が反響していた。


「確かに、こちらの方面には主要な部屋もない。用がなければうろつく人間もいないだろう」


納得するような官長の言葉に、俺は相槌を打つ。


「俺、女神の部屋以外で人に会ったことないもん。こっちの通路にも巡回とかさせた方がいいよ」


「的確なアドバイスだ。ありがたく頂戴しておこう」


俺が捕まったのも女神の間にハルキが来たときだし、二度目に発見されたのだって、アイセンが部屋に入ってきたときだった。そこまで考えて、はたりと思い出す。


「そういえばアイセンさんは? 怪我したって聞いたけど、大丈夫なの?」


俺の質問を受けた官長は、俺を見やってかなり嫌そうに顔を歪めた。


「君はジストリスだけでなく、ファルマンとも知り合いなのか」


得意げにまあねと答えかけたけど、俺がアイセンと話をしたのは、二度目にここへ忍びこんだときだ。あまり官長につつかれて、ボロが出てはいけない。


俺はへらりと愛想笑いを浮かべて、やんわりと流しておいた。


「ハルキと仲いい同期なんでしょ? あんたも同期だって聞いたよ」


俺の言葉を聞いた途端、官長はしかめ面を引っこめて、感情の読めないフラットな声で言い捨てた。


「同じ時期に配属されたことは認めるが、特別仲がいいわけではない」


まあ、エリート出世街道まっしぐらな官長からしたら、下っ端の雑用やってるハルキと一緒だと思われたくないのかもしれない。俺にはよくわらかないけど。


官長は小さなため息をついて、つぶやく。


「ファルマンの話だったな。あいつは、犯人一味に女神を渡すまいと争って、突き飛ばされたときに頭を打ったらしい」


「えっ」


「大事ない。意識もしっかりしている。すぐに病院へ行かせた。付き添いの部下の連絡では、幸い命に別状は無いらしい。しばらくは安静だそうだがな」


よかった。肩の力が抜けて、ずっとざわついていた心臓も落ち着いた。明日にでもお見舞いに行こう。

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