14 「そこで照れるなら、いちいち冗談めかして訊くのやめろよな」
なるべく音を立てないように気をつけつつも、急いで裏口を抜ける。夕暮れに染まる空の色が、焦る俺の姿を隠してくれていることを願う。
肌寒さを感じながら広場へ行けば、すでに人影はまばらになっていた。俺が中へ忍びこむ前に見た参拝客のほとんどが帰っている。
ゆるりと視線を巡らせて薄暗い広場を見ていたら、ぱしりと後頭部を叩かれた。
振り返って仰げば、そこには見慣れた奴が立っている。
「遅い」
「ハルキ……」
仕事上がりのためか、シンプルかつまともな服装。さすがに制服は仕事中だけらしい。ハルキは不満そうに顔をしかめていた。
「しかも、おまえ今どこから来た? 俺は広場の入口をずっと見てたんだがなあ」
「あー……」
苦笑いでごまかされてくれないかな、と引きつった笑みを浮かべる。ハルキはしばらく白い目でなじるように俺を見つめた後、ため息をついた。
「ったく……二度目はないんだぞ。こないだは不問で済んだけどなあ……」
「いやあ、ちょっとのお小言で見逃してもらえるって、俺ってば愛されてる?」
「愛してなかったら、こんな心配してない」
ハルキがぴしゃりと言い切るのを聞いて、どうにも顔に熱が集まるのを止められない。ハルキは小馬鹿にしたような口調で言う。
「そこで照れるなら、いちいち冗談めかして訊くのやめろよな。こっちが恥ずかしいだろ」
だってそこでマジトーンで返ってくるとは思わねーんだもん。喉まで出かかった文句は、胸の中にしまっておいた。
閉門の時間が迫る広場を後にして、俺とハルキは街へ繰り出した。ぽつぽつと軒先に灯る明かりと、建物の隙間から見える濃紺の空が印象的に映る。夜の喧騒に包まれた町は、昼間ばかり見慣れた俺からすると、何だか別世界だ。
闇夜を歩きなれているような大人たちが行きかうのを眺めていたら、どうにも不安になった。誰かの汗と、酒と油っぽい食べ物の混ざった匂いに胸中をかき回されて。俺は前を行くハルキに手を伸ばした。
一度握ろうとした指先に届かなくて、俺の頼りない手は空を切った。人並みにさらわれていきそうな背中に追いすがって、慌ててもう一度手を伸ばす。今度は届いた。
ぬるい手をたぐり寄せるようにつかむと、ハルキが肩越しに振り返る。
「早く歩きすぎたか?」
「違うよ、ごめん」
突然手をつなごうとした理由は何となく言いあぐねた。夜の街が怖かったから? 寂しくなったから?
つないだ指先に力をこめる。一拍遅れで強めに握り返されて、はっとした。
「今日は元気がないな。いつものやかましさはどこへ行ったんだ?」
「やかましいんじゃなくて、いつもは明るくてかわいげがあるだけ」
「ああ、かわいいかわいい。――ほら、ついたぞ」
俺の言葉を流して、ハルキは少し強めに俺の手を引いた。
ハルキが立ち止ったのは、小洒落たレストランの前だった。建物を彩る、カラフルな飾り布。突き出しの窓からあふれるオレンジの灯。ただよってくるのは香辛料と、魚貝の焼ける、食欲を刺激する香り。
得意げな顔をしているハルキに、俺は目を輝かせて言った。
「正直期待してなかったわ! 居酒屋にでも連れて行かれると思ってた!」
「大人をあなどってもらっちゃ困るな」
「絶対前の彼女の好みじゃん! ありがとう、ハルキの元カノ!」
「違う! おまえのために探したんだっての!」
ぱしりとまた頭を叩かれた。まあ今回は許してやろう。何たっておいしそうな晩飯をおごってくれるみたいだし。
そろって店内に入れば、明るい声に迎え入れられる。比較的若い人たちで埋め尽くされた室内には、香ばしい匂いが充満している。
エプロン姿のウェイトレスに案内されて、店の奥の席へ連れていかれた。卓上のメニュー表を俺に手渡しながら、ハルキは言った。
「好きなもの頼んでいいからな。遠慮すんなよ」
「よっしゃ! この店で一番高いやつ食うわ」
「遠慮はいらんが、配慮はしろよ、クソガキ」
「残念ながら、ハルキさんの運命の相手はガキなので、難しい言葉はまだわかりませんねえ」
「ああ言えば、こう言う……!」
憎たらしげににらみつけてくるハルキを笑って、俺は改めてメニュー表に目を通した。
パスタ、パエリア、アヒージョ、ムニエル。どれもおいしそうだけど、俺はいい子なのでちゃんと値段も見て考えるのだ。ちらりちらりと横目で確認しながら吟味していたら、ハルキがおもむろに口を開く。
「そういえばおまえ、昼間は何してんの」
「学校行ってるに決まってんじゃん。何で?」
「いや、宮殿に忍びこんだり、またまた忍びこんだりしたとこしか見たことなかったからな」
「ツェルマ官長直々になかったことにされてるので、俺は前科のない普通の学生ですぅ」
「おまえ、全然反省してないな……」
呆れたような声を出すハルキに、俺はメニュー表を渡す。
「俺、本日のパスタね」
「一つで足りるのか? 食べ盛りだろ」
「ちょっと物足りないなーって顔してる俺に、ハルキが自分の分けてくれるだろうから、いいよ」
「かわいくねえな」
「またまた、かわいいと思ってるくせに」
「言ってろよ」
ウェイトレスに料理を頼んでこちらに向き直ったハルキに、気になっていたことを口にした。
「あのさ、アイセンさんとツェルマ官長って、仲悪いの?」
「なんで?」
「いや、その。たまたま、2人の微妙な会話を聞いちゃってさ」
ことのほか目を丸くされて、俺は何とも居心地悪くなってしまった。これ、俺が告げ口してるみたいじゃね?
ハルキは首をかしげて言った。
「うーん……? 同期とはいえ、ツェルマ官長は上司だし、家柄もいいからなあ……官吏になったばかりの頃とずっと同じ、ってわけにもいかないんだろうなあ」
「うーん……」
今度は俺が唸る番だ。そういうことじゃないし、そういう雰囲気でもなかったんだけどなあ。
そうこうしていると、早速、注文したサラダが届いた。ハルキは待ってましたと言わんばかりに取り皿を並べだす。
生ハムが飾られたシーザーサラダは新鮮でおいしかった。次に運ばれてきたスープも文句なし。メインディッシュのパスタやピザも最高で、アイセンとツェルマ官長の会話のことは、俺の頭からすっかり飛んで行ってしまった。




