第六十話 故郷
「えっ?!」
にっこりと笑みを浮かべたルナの答えは私の予想に反するものだったので、思わず懐疑の声を発してしまいました。
だって、私の世界とこの世界を繋ぐには後八十五年経たないと無理だって話じゃ……。
私の声を先を促す意と取ったのか、ルナは説明を続けました。
『ご主人様とティンク様、それに私の力を合わせれば、時空転移と異世界転移を連結させられるでしょう』
「それって、どういうこと?」
『異世界転移が可能な五年前に戻って、ご主人様の世界とのゲートを繋げばよろしいのです』
そう言って、誇らしげに胸は張るルナ。
しかし、その顔は直に不安げに顰められました。
『但し、二つ程問題点がございます……』
「それは?」
やっぱり無理があるんだと少しほっとした思いで問い掛けます。
『一つはご主人様のご意向でございます。
元の世界に戻られた後、どうなさるおつもりでいらっしゃいますか?』
その問いは周りにいる皆の想いを代弁するものでした。
特にティンクは目に涙を浮かべてこちらを睨むように凝視しています。
降って沸いた状況だったので、私はその事を深く考えてはいませんでした。
今元の世界に帰れたとしたら……。
緊張の面持ちで私を見つめる視線の一つ一つを受け止め、更にここにいない人達を思い浮かべます。
五年の歳月というのは、確かに大きいなものなんだなと改めて思います。
そう考えたら、私の意志はもう決まっていました。
ただ、一つだけ確認しておかなければならないことがあります。
「この魔法は一度しか使えないの?」
そう、一度しか使えないなら使う際には覚悟が必要です。
しかし、ルナはきょとんとした顔であっさり首を横に振りました。
『いいえ、煩雑に使用するのはお勧めしませんが、一度限りしか使えないと言う訳ではありません』
なんとなく気になる言い方ですが、今はそれよりもこの場の雰囲気の方が大事です。
「それなら、また戻って来たい……よ」
言葉を紡いだ瞬間、お腹にぼすっと衝撃を受けました。
ティンクが転移して抱きついて来たのです。
『コユキ……ちゃん』
「約束したでしょ。
ティンクが大人になるまで、いなくなったりしないよ」
胸に顔を押し付けて愚図るティンクの頭を優しく撫でてあげる。
気がつくと、皆一様にほっとした表情で私達を見ていました。
『それで、もう一つの問題点とは?』
場の雰囲気が和らいだのをみて、コンラート小父様がルナに先を促しました。
『ご主人様が戻って来られる意志をお示しになられましたので、二つ目の問題は些細なことではありません』
『ん? どういうことだい?』
『ご主人様の年齢、及び体形についてでございます。
あちらの世界では十五歳だったとお聞きしておりますれば、五歳の差を如何すべきかが問題でした。
しかし、数日程度の滞在であれば、幻影でなんとでも出来ますれば……』
『なるほど、そういうことか』
どうやらもう一つの方は問題にはならなかったようです。
私はティンクをあやしながら、まだ少し心配そうにしているニナに微笑み掛けました。
「コユキちゃん……」
「大丈夫だよ、今すぐ戻る訳じゃないし」
『えっ?! そうなのでございますか?!』
私達の会話にびっくりしたような表情でルナが割り込んできました。
「何時でも戻れるなら、別に今すぐでなくてもいいでしょう?」
『そんなあ……』
私の答えにルナは不満げな声を上げます。
何気に言葉使いも乱れているのが可愛らしいです。
「私の世界の知識、吸収したかった?」
『うっ、な、何故それを……ご、ご存知、なので、ございますか』
図星を突いてあげるとあたふたと手を振り回して誤魔化そうとします。
全然誤魔化しきれてないけど……。
その様子を見て、皆が声を上げて笑い出しました。
いつの間にかティンクもくすくすと笑っています。
しっかりと私に抱きついたままだったけど……。
「ルナ」
皆に笑われてすっかりしょげてしまったルナの頭を指先でぽんぽんと撫でる。
『ぐす……なんでございましょう?』
「そのうち、一度戻りたいと思ってるから、今はこれで我慢して」
上目遣いのルナにくすりと微笑んで、私はお祖父様に何度も聞かされて覚えてしまった、室生犀星の詩をゆっくりと紡いでいく。
短い詩なので、然程時間は掛からなかったけれど、急に静かになってしまったので、見回してみると、皆何故か聞き入ってしまっていました。
『なかなか良い詩じゃないか……』
うんうんと頷いていらっしゃるコンラート小父様ですが、目元に光る物があったことは見なかったことにしておきましょう。
『ありがとうございます、ご主人様。
その歌声までばっちり記録させていただきました♪』
さっきまでしょげていたのはどの娘かと言いたくなるほど、晴れやかに笑っててへっと舌を出すルナ。
さすがに怒る気も起きません。
「コユキちゃん……」
「大丈夫だよ、こっちの世界にも故郷はあるから」
相変わらず心配性のニナには極上の微笑みを返してあげる。
また不安げな表情になったティンクにはぎゅうううっと優しい(?)抱擁を。
『コユキちゃん、苦しいよ~』
私の腕から逃れようともがくけど、簡単には離してあげない。
さっきまで愚図っていた甘えん坊さんには程良いお仕置きでしょう。
これでも私は、――今はまだ幼いけれど――晶竜の導き手なのだから……。
まだ話半ばではありますが、丁度良い区切りなので、ここで一旦締めさせて頂きます。
理由はいろいろありますが、一番大きいのはリアルお仕事の都合で時間があまりとれなくなったことでしょう。
見切り発車で話の方向が当初予定したものから大きくずれてしまっていましたし、この辺が潮時と思います。
また時間に余裕が出来ましたら、今回の反省も踏まえ、もっと面白いお話を投稿できればと考えております。
最後に、ここまでお読み下さり本当にありがとうございました。




