0-9.ブレイマー
「久しぶりだな悪手の魔女、二年ぶりか?どこぞの鼠に齧られたと期待していたのに、随分と元気じゃないか」
「ハッ!アンタこそ……潰れた目の葬儀に忙しいって聞いたけど終わったのね。こんな片田舎にまで追いかけてきて熱烈で結構だわ」
孤児院に踏み入りながらその先頭に立つ碧眼の女は全貌を長め目を細める。
真正面にいる少女、否、悪手の魔女はパッと見十六の顔をつけているが全身は血を浴びており、毛先は風の流れに背いた揺らぎ方をしている。誰かに告発されたせいか、化けの皮が剥がれつつあるのだろう。とても無垢な少女とは言えない相貌だ。
しかし、町の外も相当なものだったが孤児院の中も変わらず惨いものだと感じる。神を模した像の真下で息絶えているのが一人。背丈は分からないが特に魔女の癇癪を受けたように見える、あれが通報者かもしれない。他には、転がっている子供の死体が五体。そして魔女の足元に転がる一回り大きい子供が一人。こちらはおそらく魔女の本命だろう、生きていそうだった。
「その様子だと誰かに告発されたようだな。好きな子にふられてお怒りか?」
「うるっさい!お前達に言われる筋合いなんてないッ、いつもいつもいつも邪魔ばかりしやがって!さっさと失せなさいよ!」
「……メアレット。倒れてる子の保護に回れ」
「りょーかい!殺されかけたら助けてね?」
不機嫌な魔女を置いて碧眼の女は隣の銀髪の女へ指示を出す。その内容に余計眉をひそめた魔女は怒号を散らすと、五本の槍を囲いにして吠えかかった。
「私を前にして……ッ、近づくんじゃないわよ退けッ!!」
彼女の意を示すように槍は浮き上がる。発射された一本は一目散に駆け出した銀髪の女へ向かっていく。
少年まで距離はさほど遠くない。しかし青い視界に意気揚々と突進してきた切っ先が横入りして映りこんできた。だが女は恐れも怯みもせず一度足を止めると二本指を立てカードを一枚出現させる。
「はいはい、そう怒りなさんなっての!」
現したカードを飛ばす。それは自然と槍に向かい適当な所に貼り付いた。
「カードを配る前にはそう!”シャッフル!”」
パチン!と甲高い音が叩かれたと思うと槍は瞬時に女の目の前から消える。
魔女は一瞬、失った槍の居所に困惑したがすぐに気配を感じて振り返る。神の像の瞬き、ではなく空中から突然という形で現れた槍が勢いを消さぬまま魔女へと突進してきたのだ。
「ッチ、小癪な魔法ばっかり……!」
魔女は首をもたげ、槍を躱す。再びそれを操ろうとしたが操作が通じず槍は地面に突き刺さる形で収まった。しかもその間に少年へと辿り着いたようで、思わず舌先を噛みちぎる。
一方、横目に見ていた碧眼の女は左にいた男二人へ目線を向け銃口を傾ける。
「ジライス、アレイヤは私とメアレットのフォローだ。構えろ」
「いっそ狙いにいっちまってもいいんじゃないか?」
「生存確認と保護が最優先だ。そもそも追っていた魔女と違う、対策ができてないだろ」
「俺だったらぶった斬れるぜ?」
碧眼の女の左右に男が二人立ち並ぶ。左の男は全身に細い電気を走らせ、右の男は背丈を上回る大斧を担いでいた。
装填数を確認しながら碧眼の女は改めて魔女へ語りかける。
「悪手の魔女。ここで何をしていた。あの子供はなんだ」
「気になる?気になるなら終わるまで見守ってれば?そしたら分かるッ、よ!」
魔女は残った槍の矛先を変え三人へと走らせる。
反応して最初に動いたのは右の男だ。彼は斧を担いだまま前に出て斧を存分に振り回す。勢いのままに孤児院の床を抉り、粉々になった板の破片と振り上げた爆風で槍を吹き飛ばした。
「ッこれが魔女ってやつか!ははァ、ただのガキじゃねぇか!」
「あッ、馬鹿!踏み込みすぎ……ッ」
男は上げきった斧を持ち直し、そのままに魔女へ振り落とそうとする。その様子を見守っていた男が気づいて声をかけるも、一足遅かった。
「黙れ」
魔女は冷静に猪突猛進の獣を見据え、手をかざす。すると柄がぐにゃりとひん曲がり、外れた斧頭が男の頭に噛みつく。左右から飛び散る血は止まらない。暴走したチェンソーのように男を切り進む。やがて男は押し押されたように床に寝そべる。その頃には頭が文字通りの真っ二つになって断面を表に転がった。
仲間の死に男は顔を手で覆い、碧眼の女は表情を変えることなく垂れ落ちた脳漿と目玉を見る。だがすぐに隣の男へ視線をずらした。
「……はあ。だからお前の教育は嫌だと言ったんだ。それに採用したのは誰だ?人語を話す獣を入れるなと言っただろう」
「ええ!?知らねぇっすよ!?どうせアンキュリアルさんでしょう、これでも散々過信すんなって俺は言いました!」
たしかに新人だったけど。そう独りごちつつも、自分の評価が下がったことに男は大きく首を横に振る。けれど上司の目線の色は変わらず、とんだ死に目を見せてくれた新人を少しばかり呪った。
「それにテメェのせいで怒られたじゃねぇか!」
「勝手なこと言わないで。でも本当、勢いのある獣と馬鹿は紙一重ね」
人間に指さされ、魔女は眉をひそめるが先程よりは落ち着いて再び槍を出現させる。槍は魔女の周りを踊り、頭上に浮かび上がると碧眼の女を睨みつけた。
「逃げるなら今回は許してあげる。用があるのは彼だけ、お前たちに用事ないの」
「そうか。私達もお前を探していたわけじゃないが、ついでに首が転がってくれると嬉しいところだな」
「ハッ!相変わらず口だけはよく回るのね。あ、そーうだ。私がもう一つの目玉も潰してやりましょうか!?とっくに節穴だもの、見える必要もないでしょう?」
「……あ゛ァ?」
青筋の如く額から喉に電気が走る。男が一歩踏み込むお足元は焼け焦げ、肉の焼けた臭いとは違うものが漂いだした。
魔女は男を鼻で笑い、天から男へ向けて指揮をとる。軌道を真似て滑り出した槍を見て碧眼の女が銃を構えるが、制したのは男だった。
「ジライス、討伐しきろうと考えるなと言った……」
「分かってる」
すると、徐々に孤児院の中で唸り声がする。電線が通っていないにも関わらず壁や床、周囲で電気は迸り時折感電の音が鳴る。
魔女はその中でふと天井を見た。しかし想像したものはない。薄暗くいつ壊れてもおかしくない年季の入った空。
そう、たしかに空のように雷の唸り声が聞こえたのだ。




