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アオハルファクトリー ―高卒作業者と大卒エリート、ふたりの不器用な再会―  作者: yazuya


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9/9

一章 八話

夜勤明けの翌朝は、体が重い。

週が変わって昼勤に戻る月曜日は、特にそうだ。夜勤の最終日が金曜の深夜で、土日で体を戻して、月曜の朝八時半に出勤する。完全には切り替わらない体を引きずって、工場に来ることになる。

更衣室で作業着に袖を通しながら、眠気を振り払った。

一週間ぶりの昼勤だ。

現場に入ると、岩崎班長が欠伸を噛み殺しながら近づいてきた。

「眠そうだな、柴崎」

「昼勤に戻ったばかりなんで」

「先週、ほぼ毎日早く来てたからじゃないか?」

俺は少し間を置いた。

「……松本班長に手伝いを頼まれて」

「そうらしいな」岩崎班長が少しだけ口の端を上げた。「松本が喜んでたぞ。柴崎が手伝ってくれたおかげで楽だったって」

「それはよかったです」

「なんで俺の時はやってくれないんだ」

「声かけてくれれば」

「お前から来いよ」

「岩崎班長がやってくれって言ったら行きます」

岩崎班長はやれやれという顔をして、腕を組んだ。

「まあそれはいい。でも、ほぼ毎日夜勤明けに残ってたんだろ。体は大丈夫か」

「問題ないです」

「そうか」

岩崎班長はそれ以上は掘り下げなかった。でも、ちゃんと聞いてきた。それがこの人のやり方だった。深く踏み込まない。でも、見ていないわけじゃない。

陽菜が横から顔を出した。

「おはようございます、先輩。顔が死んでますよ」

「昼勤に戻ったばかりだからな」

「そうですね、私もきついです」

陽菜は少し眠そうに目をこすってから、それきり朝礼の方へ歩いていった。

岩崎班長がいつもの眠そうな顔で前に出る。

「じゃあ今週の確認な。三週目に入ったから実習生も本格的にラインに入ってもらう。担当は引き続き頼む」

実習も残り一週間だ。

一通り話が終わったところで、俺は岩崎班長に近づいた。

「少しいいですか」

「なんだ」

「高坂の担当、俺がつきたいんですが」

岩崎班長が少し目を細めた。欠伸をひとつ噛み殺してから、ゆっくり俺を見る。

「お前が直接つくのか」

「はい」

「今まで他の担当に任せてたのに、急にどうした」

「三週目だし、仕上げとして」

「……ふーん」

岩崎班長はしばらく俺の顔を見ていた。深く聞かないのが岩崎班長らしかった。

「まあ、お前がそう言うならいいけどな」

「ありがとうございます」

「ただ」

岩崎班長が少しだけ声を落とした。

「あんまり無理すんなよ」

「無理はしてないです」

「そうか」

岩崎班長はそれきりラインの方へ歩いていった。

ラインが動き始めた。

一週間ぶりに、真昼の作業している姿を直接見た。黙々と手を動かしている。担当の作業員とは最低限の言葉しか交わしていない。

田中と木下は隣のラインにいた。二人で何か話しながら作業している。

三人の距離は、一週間前より広がっていた。

夜勤の間、松本から話を聞き続けた。状況は変わっていないとわかっていた。でも実際に目で見ると、改めてそれがわかった。

昼休み。

真昼が一人で食堂の隅に向かおうとするのを、俺は追いかけた。

「高坂」

振り返る。

「なんですか」

「午後から俺が直接担当につく。岩崎班長には話した」

真昼が少し眉をひそめた。

「急にどうしたんですか?」

「最後だからな」

「……別に、今の担当の方で構いません」

「俺が決めた」

真昼はしばらく俺を見てから、「わかりました」とだけ言って歩き出した。

「待て、話がある」

「昼休みです」

「すぐ済む」

真昼が立ち止まった。仕方なさそうに俺の方を向く。

「なんですか」

「田中と木下と、なんで絡まないんだ」

真昼の表情が少し固まった。

「別に絡まなきゃいけないルールはないですよね」

「ルールじゃない。三週間一緒にいるのに、会話してるとこほとんど見ない」

「仕事に来てるので」

「実習生同士で何か揉めたか」

「揉めてないです」

「なら話しかけてみたらどうだ」

「……なんで私が」

「向こうが話しかけにくいなら、お前から行けばいい」

真昼は少しの間、黙っていた。

「それと」と続けた。

「現場の作業員への聞き方、もう少し変えた方がいい」

「聞き方?」

「内容が正しくても、届かないことがある。お前の聞き方は、相手が身構える」

「ちゃんと聞いてますよ」

「聞いてるのはわかる。でも、相手が答えたくなる聞き方じゃない」

真昼の目が少し鋭くなった。

「私の何が問題なんですか」

「問題じゃない。ただ」

「ただ?」

「このまま実習が終わるのが、もったいない」

真昼が少しだけ黙った。それから、静かな声で言った。

「なんでそこまで気にするんですか」

「……さあ」

「さあって」

「気になるから気になる」

「そんな答えがありますか」

「ある」

真昼はしばらく俺を見ていた。何かを考えている目だった。

それから、少し視線を落とした。

「もう実習も終わりますよ」

「あと一週間ある」

「一週間で変わらないです」

「変わるかどうかやってみなければわからない」

「……関わらないでください」

真昼の声が少し低くなった。

「なんで」

「大学でも、こんな感じでした」

俺は何も言わなかった。

「一人でいる方が楽なんです。誰かに気を遣うのが苦手で、それで浮いて、ずっとそうでした。でも別に、困ってない。慣れてるから」

平坦な声だった。感情を込めないようにしている声だった。

「だから、関わらないでください。もう実習も終わるし、どうせ配属されたら別の部署です。余計なことしなくていいです」

真昼は少し間を置いた。

「どうせ実習が終わったら、私と関わることなくなるんでしょう」

低い声だった。責めているわけじゃない。ただ、確認しているような言い方だった。

俺は何も言えなかった。

言い返す言葉が見つからなかった。

俺は高校の時、真昼に何も言わずに逃げたから。

真昼はその沈黙を見て、小さく息を吐いた。

それだけ言って、真昼は歩いていった。

俺はその場に立ったまま、背中を見ていた。

慣れてるから。

その一言が、やけに重かった。

慣れてる、じゃない。

慣れさせてしまった、だ。

誰も踏み込まなかったから。本人も踏み込ませなかったから。それが積み重なって、一人でいることが当たり前になってしまった。

大学でも。

高校の時から、ずっとそうだったのかもしれない。

俺と勝負していた頃だけが、真昼が誰かと本気でぶつかっていた時間だったのかもしれない。

そう思ったら、あの頃の勝負が少しだけ違う意味を持って見えた気がした。

あいつにとって、俺は何だったんだろう。

答えは出なかった。

食堂の入口で、陽菜が俺を見ていた。

いつもなら何か言ってくる。でも今日は、何も言わなかった。

その顔には、いつもの笑いがなかった。

午後のラインが動き始める。

俺は真昼の隣に立った。

真昼は何も言わなかった。

俺も何も言わなかった。

ただ、隣にいた。

それだけだった。

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