いばら姫の婚約者(仮)
王子は父である王様から隣国に行き挨拶するように命令され、その国へ向かう。向かった先の国の城はイバラで覆われていて入れそうにもない。
そのお城のすぐ側にお婆さんがいて、彼女は王子に丁寧に説明してくれた。
『中にはたいへん素晴らしく美しいお姫様が100年眠っているらしい。お姫様だけでなく、王様やお后様までも宮廷中でたくさんの人々が眠っている』
と言っていた。
一度入ろうかとイバラに手をかけたが、やはり入れそうにはないので諦めようとしたが、馬に乗って帰ろうとすると同時に、イバラが人1人分通れるほど開いた。
父の命令でもあるために入れるのであれば入っておかなければならないか、と仕方なく中へ入ると、たくさんの人々が眠っていた。
入る前に説明してくれたお婆さんが言っていた通りだと思いながら進んでいくと、ある塔に着き中へ入っていった。そのまま進んで行くと小さな部屋の戸を見つけ、吸い込まれるように中へ入ると1人のとても美しい女性がベッドに横たわっていた。
とても美しい人だなと思いながら、いつ目覚めるのだろうかと彼女が目覚めるのを待っていると、お姫様の目が開いた。お姫様の視線は王子の方へと行き、パッと明るい表情になった。
「貴方が、おば様たちが言っていた運命の人⁉︎お会いできて嬉しいわ‼︎」
お姫様は王子の両手を包み込むようにして握ると、白い肌を紅く染めて嬉しそうに微笑んだ。誰もが魅了され、惚れてしまうようなその笑顔を向けられたが、王子は困っていた。
運命の人などと勝手に決め付けられては困る。僕にはすでに別の運命の人がいるのだ、と。
王子はすぐにお姫様の手を退けてしまった。
「貴方の運命の人は僕ではありません」
と言いながら。だが、お姫様はその言葉を素直に受け止めなかった。
「そんなはずないわ!おば様たちが言っていたもの。『100年の眠りに目覚めたとき、貴方のすぐそばに人が立っているはずです。その方が、姫様の運命の人です』って。おば様たちの予言はほぼ確実に当たるのだから、間違いないわ‼︎」
王子は本気で困っていた。たしかに、こんなにも美しくて可憐で、誰もを魅了するようなオーラを持ったお姫様だが、好きにはならなかった。人として好きにはなれても、異性としての好きにはなれなかった。
とても大事な婚約者がいるからだ。
王子は言った。
「そう言われましても…僕には愛する婚約者もいます。貴方のことを愛することは絶対にできません。貴方は僕の運命の人じゃない」
お姫様は頬を膨らませた。
「往生際が悪いですよ、王子様。貴方は絶対、私の運命の人なんだから。ね、とりあえずお父様とお母様にご挨拶に行きましょう。私の婚約者が決まったわって」
お姫様は満面の笑みを浮かべると王子の手を取り、王子の言葉も聞かずに歩き始めた。
「僕は貴方の婚約者にはなれない。さっきも言ったけど、僕には愛する婚約者がいるんだ」
「私の名前はセリア・アルヴィエよ。貴方じゃなくてセリアと呼んでちょうだい。貴方のお名前は?」
お姫様は先程と変わらず、王子の話を聞かずに話す。
「……なるべく婚約者には誤解させたくないから、女性のことは名前で呼びたくないし、名前も教えたくないんだけど」
「あら、これから私が貴方の婚約者になるのだから気にしなくて良いじゃない。名前を教えてくれないなら、『私の婚約者様』と呼んでもよろしいのよ?」
「……セドリック・バルニエだ」
「セドリック様ね、宜しくお願いしますわ」
お姫様は、それはそれは美しい笑顔で言った。大きな扉を開くと、そこは塔に着く前に見かけた大広間だった。
玉座の近くには、王様とお后様が眠っていてお姫様様は彼らに声をかけた。
「お父様、お母様、起きてくださいまし。私、運命の人を見つけましたのよ」
「だから運命の人じゃないってば」
声をかけられた王様とお后様はゆっくりと体を起こし目を開けると、こちらを見つめ黙り込んでいた。
「お初にお目にかかります。隣国のバルニエ王国第一王子、セドリック・バルニエと申します。私は本日、父である陛下からこちらへ参るよう命じられたのですが」「まあ、貴方がセリアの運命の人なのね⁉︎」
王子の言葉を遮り声を出したのは、お姫様と似た美しいお后様であった。それに続くようにして、王様も声を出す。
「おおお、君がセリアの運命の人だったのか。会えて嬉しいよ。我が名はアルマン・アルヴィエ。魔法使いたちの言葉を聞いてから、ずっと君のことを待っていたんだ」
王はそれはそれは嬉しそうに、とても良い笑顔で王子に笑いかけた。
王子は困った。王様とお后様に会えば、誤解を解くことができるかもしれないと思っていたのだが、どうやらお姫様の人の話を聞かない性格は両親譲りだったようなのだ。
「陛下、話を聞いていただきたいのですが、私には婚約者がおりまして「セリアが目覚めたということは、もうキスを済ませたのかな?」………は?」
お后様に続いて話を遮って話し始めた王様の言葉に、王子は固まってしまう。キスを済ませたとはどういうことだろうか。キスをする場面など一度もなかったはずなのだが。
何も言わない代わりにか、先にお姫様が話した。
「お父様、セドリック様と私がキスしたかはわかりませんが、私が目覚めたとき隣に立っていたのはこの方ですわ。ですので、キスをされていてもおかしくはないかと」
「………は?」
王子は話について行くことができなかった。なぜ目覚めたときに隣に立っていただけで、キスをしたということになっているのか、理解ができなかった。
「実はね、魔法使いたちは『セリアの運命の人は、100年の眠りから目覚めたときに側にいた人』という予言だけでなく、『その運命の人のキスで眠りから目覚める』という予言もしていたんだ」
王の言葉に王子は呆れた。魔法使いの予言は一つも当たっていないではないかと。王子は王に命じられた、この国への挨拶はもう済ませたし帰ろうと思い礼をして扉へ向かおうとしたのだが、お姫様はそれを止めた。
「セドリック様、どこへ行くのですか?私も着いて行きますわ」
「自国へ帰らさせていただきます。父上に命じられた隣国へのご挨拶はもう済ませましたので」
「なぜ帰るんだい?まだ国民たちに言っていないじゃないか」
王の言葉に王子はきょとんとする。
「何をですか?」
「何ってそりゃあ、セリアの婚約者が君であることの発表だよ」
「……は?」
王子は話にならないと扉を開けて帰ろうとしたところで、いつのまにか目覚めていた兵士たちがそれを止める。
「どいてもらえますか。自国へ帰りたいので」
「陛下はそれを許してはおりませんので」
王子は早く帰りたかった。話を聞かないこの国の王達との会話に疲れており、さっさと帰ってリーナに会い、慰めてもらいたかった。
無理やりにでも帰ってやろうとしたところで、お姫様に腕を掴まれた。
幼い頃から女性に対し優しい態度をとるよう教育をされていたため、口は悪くとも、その手を払いのけることができなかった。
「さあセドリック様。国民も皆眠っていたと聞きましたが、私たちが目覚めたので皆ももう目覚めているころでしょうから、挨拶をしに行きましょう」
お姫様は王子の掴んだ腕を引っ張り、王様とお后様の後ろをついて歩き始めた。
王子は少し怖く感じ始めていた。いくらなんでも話を聞かなさすぎではないのか、と。
この人たちは本当に、この大国の王様なのかと疑いたくなるほどに、彼らは国のトップらしくなかった。
王子は無理やり歩かさせている間、愛するリーナの笑顔を思い出し、いつ帰るかを考え続けていた。
それから一ヶ月経ったが、王子は一度も自国へ帰れていなかった。
帰ろうと何度も何度も抗い続けたが、全て上手く行かず、今は宮廷内の一室に閉じ込められ軟禁状態だ。
王子は部屋に閉じ込められてから数日間、ずっと考え続けていた。この部屋からどう脱出するかを。
王子は窓を見つめた。この部屋は二階にあり、飛び降りても怪我はしないだろう。それに、すぐ側に大きな木があるようなので、それに乗り移り降りれば問題ないだろうと考えた。
食事を持ってくるとき以外、部屋に誰も来ないことを数日間のうちに把握していたので、王子は空になった食器を回収されてから数分後、窓を開けて木へ乗り移った。
王子は地上へ降りると兵士にバレないようにしながらも脱出する。
きっともう自国でも、王子がこの国のお姫様と婚約したことは広まっているだろう。だが王子は結婚する気など毛ほどもない。
王子はすでに、愛する婚約者の待つ自国へ帰ってからどうするべきか、もう考えていた。
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