アリシアの過去3ー晩御飯
「明日が本当に楽しみじゃのう! さて、どこから見物しようか目星をおかんとな」
アリシアはベッドの上でゴロゴロしながら、街を見て回る中でもらった祭の情報が書いてあるパンフレットを読み込んでいる。
屋台や催し物、毎日行われる夜の花火など祭の間は全く退屈しなさそうなラインナップだ。
アリシアは時間が経つにつれワクワクが止まらない。
因みに、ガルバスで行われる祭は国王の誕生日を祝うものらしい。
生誕祭というやつだ。
ここまで、盛り上がる生誕祭とは余程、国民に好かれている王なのだろうとアリシアは推測する。
「あー楽しみじゃ! 楽しみじゃ! 早く明日が来んかのう!」
パンフレットを持ちながら、ベッドの上で転がりまくるアリシア。
そうやっていると、
「おねーちゃん! 晩御飯の準備が出来たよ! 一階に降りてきてね!」
ドアがノックされ、扉が開くことはないが外からエルの声が聞こえてきた。
どうやら、夕飯の時間らしい。
「分かったのじゃ。今行くぞい」
「じゃ、待ってるね!」
そう言うと、エルはトタトタと走って行き、やがてものの数秒で足音が遠ざかって行った。
「相変わらず、元気な奴じゃのう。さて、晩御飯が楽しみじゃ!」
アリシアは部屋の電気を消し、貴重品を持ってから部屋を出ると鍵を閉めて、一階へと降りる。
「あ、おねーちゃん! こっちだよ!」
「分かっとる、分かっとる」
階段の下で手を振るエルに誘われ、アリシアは食堂に移動し、席に着く。
食堂にはすでに他の宿の客がいると思ったが、一人としていない。
部屋で食べる客も少なくはない。
貸し切り状態みたいだが、アリシアは旅先で様々な人達と会話しながら食べるのが好きだ。
すこし、寂しさを感じた。
「はい、どうぞ。お召し上がりください」
「おお! 美味そうじゃな!」
エルの目の前に並べられた色とりどりの料理。
湯気が立ちのぼるスープに新鮮なサラダ。ボリューム満点な肉料理とロールパンが出てきた。
「おねーちゃん! 一緒に食べていい?」
「構わんぞ! 一人で食べるのもなんじゃから、話し相手が欲しいと思っておったところじゃ。ほれ、良かったらお主も一緒にどうじゃ。母娘なら食卓は囲まんとな!」
「すみません。では、私達の分も持ってきますので。エル、お料理を運ぶの手伝って」
「はーい!」
そうして、台所に消えた母娘。
数秒後、二人が料理を片手に戻ってきて、二回ほど往復してやっと三人分の料理が揃った。
「「豊穣の神よ、大いなる主神、この恵みに感謝します」」
「頂きます!」
二人がこの国で信仰されている神々に祈りを捧げる。
それを見届けたアリシアは神に祈るのではなく、料理を作ってくれた人やその材料を作った人達への感謝の言葉を述べてから、フォークを手に取った。
まずは、野菜から、
「これは、みずみずしくて美味いっ!」
シャキシャキとした歯ごたえに酸味の効いたドレッシングが絡み合って、これぞサラダという味わいだ。
「おねーちゃん、サラダ美味しいの?」
「勿論じゃ! 最近はまともに新鮮なものを口にしてなかったからのう。思わず涙が出そうなくらいじゃ!」
「じゃ、エルの分もどうぞ!」
そう言って、エルはサラダが載った皿をアリシアに差し出す。
すると、
「コラッ! 野菜もしっかり食べなさい! 人に食べさせちゃダメでしょう!」
「ごめんなさい」
彼女は野菜が苦手なようだ。
サラダを口にするとき、渋い顔をしていた。
「はははっ! しっかり食べて大きくなるのじゃぞ? ほら、ワシの肉を一切れやるから頑張るのじゃ」
「おねーちゃん、ありがとう! 頑張るよ」
そんなやりとりを続けながら、三人は食事を楽しく味わい、アリシアは旅の話をし、二人は街の話を聞かせてくれる。
「そういえば、お主の名を聞いてなかったの。ワシの事はさっき通行手形を見たから知っておると思うが、一度ちゃんと名乗っておこうかの。ワシはアリシア・ハルプ・リンベルナじゃ」
「わたしはエルだよ!」
「私の名前はアンリ・クラヴィアハンズよ」
遅すぎる自己紹介を三人は済ませ、また、談笑をしつつ食事を進めた。
「ところで、他の宿泊客は自室で飯を食っとるのかの? 全く見当たらんから気になってな」
「アリシアさん以外は皆さん団体のお客様で、今は外に出られて酒場に行かれているの」
「そうじゃったのか。しかし、こんなに美味い飯をよそにどこかへ食いに行くとは残念なやつらじゃのう」
「そう言ってもらえるのは嬉しいわ。腕によりをかけて作った甲斐があるもの」
「また話は変わるが、ココの従業員はお主らにおらんのか? 宿泊客が大勢来れば忙しいだろうに」
「そこは、何とか回しているわ。そこまで大きな宿ではないし、主人もいないけどお客さんたちはみんないい人だから、二人でも十分やっていけてるの」
そんな風にアンリが話すとエルが暗い顔をする。
気づいたアリシアはばつが悪そうにした。
「変な事を聞いたかの?」
「いいのよ。あの人とは事情があって別れたのだし、別れる前だって宿を手伝ってくれたわけじゃないの」
「おぬしの元旦那はこんなに美人な伴侶を貰っておきながら、別れるとは不心得者じゃのう。ワシならば、絶対に離さぬというのに」
「あはは。アリシアさんは本当にお上手なのね」
「ワシは世辞は言わんぞ?」
「じゃあ、お言葉通り受け取っておくわ」
アンリはにこりと笑った。
今、アリシアは気付いたが彼女は言葉使いがコロコロ変わる。
丁寧な口調は変わらないのだが、敬語か普通に会話するときがあるのだ。
多分それは、宿の店主としての仕事をする時とそれ以外の場合に使い分けているようで、アリシアには全く違和感がなかった。
彼女が300年も生きる吸血鬼だと知った際に多くの者は急に話し方を変えたりするが、アリシアはどうもそれが苦手というか、違和感があってやめて欲しいと思うのだが、アンリだけは例外だった。
それほど、彼女が自然に切り替えが出来ているということだろう。
それならば、娘と二人で宿を経営していけるのも頷けた。
「そろそろ、ワシは部屋に戻ろうかの。明日は早くから祭を見に行こうと思うてな」
「そうなんだ! じゃあ、中央広場に行くと面白い演劇をやってし他にも大道芸人がくるから、おすすめだよ?」
「なるほどのう。それはそれは面白そうじゃ、ぜひ行ってみるとしよう!」
アリシアはもともと、どこに行くかある程度のプランは立ていたが、その話を聞いてはそこに行くしかあるまい。
速攻で予定スケジュールを書き換えた。
「じゃあの。お休みじゃ」
「おねーちゃん、お休み! また明日、ご飯が出来たら起こしに行くから!」
「そうか、助かるの」
「おやすみなさい」
アリシアは母娘に就寝前の挨拶を告げ、明日の祭りに期待を膨らませながら部屋に戻った。
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