アリシアの過去4ー祭と酒
宿のお外へ出るとすでに街は祭りが始まっているかのようで、どこかしこも賑やかである。
仲睦まじく歩く若い男女に年寄り夫婦、男の子を真ん中にその両親が手をつないでいたり、中には大きなリュックを背負った旅人たちも見えた。
まだ祭の開会宣言が行われていないというのにこの盛り上がり。
いかにこの祭りが特別なモノか教えてくれるようだ。
「おねーちゃん、気を付けてね!」
「ああ、心配するでない。後で会おう」
アリシアはエルに一緒に祭りへ行こうとせがまれており、三人の都合を考えて後々、落ち合うことを決めていた。
本来、宿では朝と夜しか食事は出てこないが、一緒に回るならとアンリが好意でお弁当を作ってくれるようで、アリシアは嬉々として承諾したのだ。
「ちょうど時計の針が重なった時に市民広場の銅像前で待ち合わせでいいかしら?」
「うむ、そうしよう。じゃあの」
「行ってらしゃーい!」
「行ってらっしゃい」
二人に見送られアリシアは街の人混みの中へ混じって行く。
今いる場所はガルバスの名所である時計前の広場付近。
見渡す限り、人、人、人である。
ガルバスの住民が七割、それ以外の者たちが三割といったところか。
もう少し内訳を細かくするのであれば、零割五分の割合で街中の人々に交じって回っていたりする。
それにしても、朝の七時だというのにすでに昼過ぎの街並みみたいだ。
朝なのに出店では豪快に肉を焼いていたり、カラフルなお菓子が並べられていたりと、気が早いように感じられるが、客は結構な数がいる。
アリシアも先ほど朝食は済ませたが、なんだかお腹が減ってきそうだった。
「いやはや、凄いのう。こんな祭の規模は初めてじゃ! さて、祭が始まるまであと、一時間ほどか。何をして待とうかの?」
すでに祭は始まっているようなものだが、開会がなされいない以上、祭の主なイベントは始まらない。
何事も時間に合わせているからだ。
しかし、土産屋や市場は開いている。そこを冷かしながら開会宣言が行われる中央広場へ時間をかけて行くのもいいだろう。
そうやって悩んでいると、
「そこのお嬢ちゃん! こっちへ来なよ!」
「なんじゃ?」
道の端で一人の男が座り込み、手招きをしていた。
男は右頬に十字の刺青をしており、左腕にも同じ刺青があった。体のあちこちにそれを入れているのか気になったが、ローブを纏っているため他は確認できない。
見た目からして、明らかに輩といったところだろうか。
これだけ大勢いればそういう人間も少なからずいるので、アリシアはあまり気にはしなかった。
「いいから、いいから! いまから、飲み比べをしようと思ってな。どうだい、やらないか?」
男は酒瓶を振って、大きな杯を取り出す。
「あいにく、ワシは子供じゃ。そういうのはまだ経験してなくての。すぐに酔いつぶれてしまうじゃろうし、面白い勝負にはならんと思うがの」
アリシアは祭りを見て回りたいのに酒を呑んだくれている時間は無い。
彼女はかなりの大酒飲みだが、ここは偽って通りすぎる算段だ。もし、夜にまた遭遇すれば付き合ってあげてもいいとも思ったが。
「なんだぁ? つれねぇな。お嬢ちゃん、いやお姉さんか。あんた吸血鬼だろ? なら、どうせ年もそこそこのくせに。酒くれぇ飲んだことあるだろ? それもかなりの酒豪と見た。酒の匂いがプンプンするぜ?」
「お主、よくワシが吸血鬼じゃと分かったのう。何故じゃ?」
アリシアは正体を見抜かれて、目を丸くした。
自分ですら初見で吸血鬼かどうか判らないのに、この男は正体に加え、酒飲みであることも看破した。
恐るべき推察眼の持ち主である。
「俺も吸血鬼だからだ。それにもう、500年は生きてる。吸血鬼の見分けと酒飲みのかどうかの区別はつくんだよ。せっかく同族に会えたんだ。少しくらい飲んで語ろうぜ?」
「よし、分かった。お主はワシより200年も長く生きておるようじゃし、年上の言うことくらいは聞かんとな」
「話がわかるねぇ! オラァ! 今から、吸血鬼同士の飲み比べじゃあ! 酒をタンマリ持ってこいやぁ!」
男が声を上げると周りにいた、者達がうおおおお、と叫び盛り上がっていく。
それを聞きつけた辺りの人間も集まりだして、アリシアはと男の周囲はたちまち人で埋め尽くされた。
「よし、じゃあ。始めるかの?」
「それならまずはこのどぎつい奴で開幕させようぜ?」
「いいのう! お主もよく分かっとる。それで行こう!」
男の手にある酒はアルコール度数80%超えの逸品である。
普通は初めから飲むものではないが、酒飲みである二人からすればこれくらい当然だった。
そうして、男が両手を広げるよりも大きな杯をアリシアに渡し、自分と彼女に酒を並々に注いだ。
「さぁ、始まりだ! 行くぜ? まずは一杯目ぇ! ごくごくごくッはぁぁぁ! これだよこれ! 喉に沁みるぜ!」
男が先陣を切って、杯を煽り一瞬で飲み干す。
続いて、アリシア。
「それじゃ、次はワシだな!」
アリシアも杯を傾け、喉を鳴らしながら一気に杯を空にした。
すると、周りから歓声が上がり、見物人達のボルテージは上昇していく。
「いい飲みっぷりだ! じゃあ次だ!」
「ワシはまだまだいけるぞ? もっと強い酒はないのか?」
アリシアは陽気になっていき、男と一緒に次々と杯を空にしていく。
それを繰り返すこと、300回。
「ぅぷはぁ! 俺はもう無理だ。負けたぜ」
「なんじゃ? もう弱音を吐くのかの? 情けないのう」
倒れ伏す男と未だ酒を飲むアリシア。
すでに彼女が手に持っているのは杯でなく、酒瓶。
しかも、両手に一本ずつだ。
彼女の後ろには酒樽が転がっており、結果はアリシアの勝利だが、どれだけの名勝負だったことか容易に想像できた。
「今度はゆっくり話せることを楽しみにしてるぜ! 今夜あたり一杯どうだ?」
「よし、来た! ならば、またここに来ようかの。それまでに酒を抜いておけ。それじゃあの」
男は成人が半年に飲む分をたった二時間ほど胃に収めたというのに、まだ飲む気でいる。
外野で見守っていた者達は、それを聞いて段々と酔ったように気持ち悪くなってしまう。
それは飲み比べを見ていた見物人達さえも酔わせた時計塔の吸血鬼対決として後世に語られる伝説となった。
一方、その伝説の主人公アリシアはというと、
「やってしもうた。また、やってしもうた」
ずーんと気を落とし、下を向いて街中を歩いている。
祭中のこの場所には似合わない辛気臭さだ。
「開会宣言を見届けるのを忘れておった。なんということじゃ。酒の飲み比べで見逃すとは。ワシの阿呆者め。祭は年に一回。次は来年かぁ。また来よう。その時は禁酒じゃ。ああ、なんだか頭が痛くなってきたのう。酔ったのかのう。これは飲んで忘れるしかないな。どこかで酒を買っていこうか」
楽しみにしていた開会宣言を見ることが出来なかったアリシアは項垂れながら、祭に沸くガルバスの街を放浪するのだった。
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