推し!
薫は朝から部屋で悲鳴を上げた。
「っ――!!!誰これぇーーーーー!カッコ良過ぎるっ!え?死ぬの?私っ?!」
スクロールしていたスマホ画面に映し出された。
綺麗な男性に心臓を鷲掴みされた。
あまりにも煩いその声に一階から母親がキレた。
「朝からいい加減にしなさいっ!!!!!」
母の怒鳴り声など耳に届いていない。
「うわぁ、わぁ。……推せるっ!」
薫に人生で初めて推しが爆誕した瞬間だった。
「お母さーん!!!これ見てよー!」
薫がスマホ画面を母親に見てもらおうと一階にドタバタと降りて行った。
母はまだ着替えも済んでいない娘に呆れている。
「……見ないわよ、それより早く支度しなさい、澄ちゃん来ちゃうわよ。」
玄関のチャイムが鳴る――。
「あ!ヤバい!」
薫はバタバタと準備を始めた。
母は呆れながら澄を家に招き入れた。
「毎朝ごめんなさいね、澄ちゃん……。まだ準備出来てないのよ。」
「和葉さん、気にしないでください。そんな気がして少し早めに来ました。」
しっかり者の澄に和葉は「うちの娘にならない?」と真剣に誘った。
澄は笑いながらそれを躱わす。
「あ!ポーチ忘れてた!」
歯磨きしながら二階に駆け上がる薫。
毎朝恒例。
今日も薫が騒がしい――。
「「行ってきまーす!」」
二人で学校へ向かう。
薫が澄にズイッとスマホ画面を近づけた。
「なに?!」
「え!見てよ!」
薫のスマホ画面には綺麗な男性が映っていた。
「うん、この人がどうしたの?」
「え?!心臓鷲掴みにされなかった?!!!」
隣で驚愕している薫を、憐れみの目で澄が見つめる。
「朝目が合って、心臓が鷲掴みされたのよ!」
「あぁ、朝から叫んでたのはそれ?」
「え?」
「え?外まで聞こえてたわよ?薫の叫び声と和葉さんの雄叫びとセットで。」
「え?」
今更恥ずかしがっている薫を、また哀れなものでも見るようにして、肩を叩いた。
澄は「毎日のことじゃない。今更よ。」と言ってスタスタと歩いて行ってしまった。
しょんぼりしていた薫だが、スマホの男性を見て元気を取り戻した。
「――SOU。……さん、て言うんだ――。」
ポーッと、花を咲かせてる薫の耳に澄の声が聞こえた。
「置いていくわよ?!」
(……!ヤバい!)
笑ってるのに、青筋だってる澄が怖過ぎる。
薫は駆け足で澄の元まで急いだ。
「もう。薫、しっかりしてよ!」
「私だってしっかりしてる時はしっかりしてるもん!」
げんなり顔の澄だが、
薫の言い分は、あながち間違ってはない。
目の前を歩いてる二人の男子同級生が見えると、薫がその間に勢いよく突っ込んだ。
「わっ!」「……!」
「蒼祐!時尭!おはよー!!!」
眼鏡を直しながら時尭が優しく薫の頭を撫でる。
「薫ちゃん、危ないよ。」
薫は、ふふふー。とか言いながら嬉しそうに頭を撫でてもらっている。
隣で無言の蒼祐は一人先に行こうとして薫に捕まっていた。
「蒼祐無視しないでよ!」
「煩いです。」
「もー、高校生になってからつれないんだから、私の弟分は!」
「……。」
反論する事が面倒だと思ったのかズレた黒縁眼鏡を押し上げながら、無言で絡まれている蒼祐。
それを微笑ましそうに見ている時尭の隣に澄が並んだ。
「時尭くん、おはよう。」
「澄ちゃんおはよう。今日も朝から薫ちゃんのことありがとうね。」
「もう慣れたわ……。」
「中学から薫ちゃんと仲良いもんね。」
「えぇ、友達のいなかった私に全力で絡んできたのが薫だったのよ。」
「薫ちゃんは昔から全力だからね。幼稚園の時から変わらないよ。」
「もう高三よ?少しは落ち着いてくれないかしら……。」
二人は顔を見合わせた。
『無理』だと……、口に出さなくても分かっている。
二人で笑わないように、口元を押さえながら歩く。
平和な一日が今日も幕を開けた――。




