真相半解明
薰ちゃんはこれまでの経緯を語ってくれた。それによると、薰ちゃんはこの町に住むOLで、仕事が終わって一人で帰っていたところを、何者かに誘拐されたらしい。そして、誘拐犯の自宅らしい場所に連れて行かれ、そこで手足を縛られた後に……。
「首を日本刀でスパーンッと切られたわけよ。もうびっくりだよね。マリーアントワネットになった気分。ギロチンじゃなくて日本刀だけど」
薰ちゃんは軽い感じで言っているが、実際は凄惨な現場だ。
薰ちゃんは軽い調子で続ける。
「でね、それからなんだけど、気づいたら私の首は木のてっぺんにあったの。その頃には私はもう幽霊になってて、自分の胴体と意識が繋がってることに気づいた。だから意識を胴体に集中させたら、胴体を動かすこともできたし、胴体の周辺に何があるのかも見ることができた。不思議だよね。胴体に目は無いのに。ま、それはともかく、それで私の胴体がどこにあったかっていうと、真っ赤な世界にあったの」
「真っ赤な世界?」
「そう、そうとしか形容できない。地面も空も真っ赤っか。で、私の胴体を首無しの人間が持ち運んでたのよ。全部で五、六人いたね。私、それ見てもうびっくりしちゃって、怖くて逃げたのね。私も首無しだけど。でも逃げられたのは霊体の胴体だけで、肉体の方はそのまま首無し人間に持ち去られちゃった。それで、ダッシュで逃げ続けたら、いつの間にかこの森にいて、その後はずっと彷徨ってたの。自分の首を探して。でも景色が全部同じだから、森の中のどこにあるのか全然分かんないのよ。そんなこんなで毎日首を探してたら、神崎君と白髪ちゃんに出会ったの。で、神崎君がイケメンだから取り憑いたってわけ」
神崎君に取り憑いた理由はよく分からなかったが、とにかく、これで楔山近辺が心霊スポット化した原因は分かった。ネットに書き込まれた首無し幽霊の情報は、首を探す薰ちゃんのことだったらしい。
智也は薰ちゃんから聞いたことを二人に伝えた。
菅原君が思案顔で尋ねる。
「ねえ、薰ちゃん。薰ちゃんを襲った誘拐犯が誰なのか、心当たりはある?」
「それがね、ぜーんぜん無いの。恨みを買うようなこともしてないし、ストーカーにつきまとわれてるなんてこともなかったし。通り魔みたいなもんじゃないのかな? ほら、最近よくあるでしょ。犯人が誰でも良かったって簡単に人を殺すような事件」
僕がまた伝言する。
菅原君は悩ましげに唸り、眉間に皺を寄せた。
「うーん……。首を見つけた時点で嫌な予感はしてたんだけど、もしかしたらこれは、ソイノメ様を呼ぶための儀式かもしれないね」
「ソイノメ様?」さっきから存在感が無かった神崎君が言う。「なんだそいつは」
「この地域に伝わる妖怪だよ。ソイノメ様は首だけの妖怪で、斬首された罪人の怨霊が寄り集まってできたと言われてる。薰ちゃんが言ってる真っ赤な世界ってのは、ソイノメ様がいる異界のことで、首無しの人間達はソイノメ様の眷属だろうね」
僕は分からない単語が多くて尋ねた。
「イ、イカイ? ケンゾク?」
「眷属は手下のことだよ。で、異界っていうのは、オレ達がいる現世とは別の世界のこと。神様や妖怪はいつもそこにいる。普通、異界へ通じる道は閉ざされていて、人間は自由に行き来できない。でも、薰ちゃんは霊体になったから、異界から現世に戻って来れたんだろうね。だけど肉体は、供物としてソイノメ様に捧げられたんだよ」
「ふーん」と神崎君。「つまり、犯人はそのソイノメ様とかいう奴に胴体をやるために、村井の首を切って殺したってことだな。そこまでしてソイノメ様を呼び出す理由ってなんなんだ?」
「ソイノメ様はね、人を生き返らせる力を持ってるって言われてるんだ」
「ふっ、馬鹿馬鹿しい」
神崎君が嘲笑して言う。
「オレもそう思うよ。でも事実、そういう伝承があるんだ。犯人はそれを信じて、ソイノメ様を呼び出そうとしているんだろう」
僕は恐る恐る尋ねた。
「ソイノメ様はまだ呼び出されてないの?」
「分からない」菅原君は首を振って、「ソイノメ様を呼び出すには、四人分の胴体と首がいる。首は目印にするために木の上にくくりつけて、胴体は供物として木の根元に置いておく。これを新月の夜に行って、一夜につき一人分の供物を捧げる。そして、四回目の新月の夜に、ソイノメ様が現れて、死人を一人生き返らせてくれる。とまあ、こんな流れで儀式は進む。だからもし、この森に薰ちゃん以外の首が三つあれば、もう儀式は終わってるってことだ」
神崎君がまた嘲笑して言う。
「四人殺して、生き返るのは一人だけか。コスパ悪いな」
「人を生き返らせる術なんて全部こんな感じだよ。簡単だったら、すぐに試されて嘘だってバレるからね」
「菅原はソイノメ様の話が嘘だと思ってんのか?」
「いや、ソイノメ様は本当にいるかもしれない。でも、人を生き返らせることなんて絶対にできないよ。人が生き返った話なんてオカルトマニアのオレでも聞いたことがない。失敗談ならいくらでもあるけどね」
「だが、犯人は信じてるみたいだな。で、どうする? 警察に通報するか?」
「それはやめておいた方がいいよ。警察に薰ちゃんやソイノメ様の話をしても信じてもらえないだろうから、間違いなくオレ達が薰ちゃんを殺した犯人だって疑われる」
「だよな。でも、ほっといたら新たな犠牲者が増えるぞ」
「そうだね……。供物の配置は決まってて、供物を置いた場所を線で結ぶと、正方形になるはずなんだよ。そして、その中心には祭壇がある」
「祭壇ってのは?」
「祭壇っていうのは、生き返らせたい人間の死体を置く台のことだよ。そして、祭壇には捧げた供物の数だけ印が付けられてるはずだから、まずはそれを見つけたい」
「なるほど。その祭壇が見つかれば、村井以外の犠牲者が何人いるか簡単に把握できるってわけだ」
薰ちゃんが口を挟む。
「ちょっと、さっきからなんで呼び捨てなのよ。村井じゃなくて薰ちゃんって呼んで」
「あの、薰ちゃんが」
「黙れ」
「ヒィッ……」
神崎君に睨れて口を噤む。ただただ怖い。神崎君は意地でも呼び捨てで通したいらしい。
菅原君が悩ましそうに話を続ける。
「ただ、問題は祭壇がどこにあるのかだね。供物の場所が一つしか分かってないから、祭壇の場所を特定できないんだよな。せめて二つ分かれば、ある程度絞れるんだけど」
「村井はなんか知らねーのか?」
「なーんにも。ここら辺は自分の首を探して歩き回ったけど、変わった場所なんて見たことないわよ」
「そんな場所見たことないって」
「んー、この森は広いから、闇雲に探してたらいつまでかかるか分からないし……」菅原君は目をつむって考えを深めた後、僕を見て言った。「菊池君、君の力でなんとかならないかな。薰ちゃんの首を見つけたみたいに」
「えっ……」
「もし他の首があれば、その声が聞こえるかもしれない」
「でも、薰ちゃんは声を出してくれたから分かっただけで……」
「呼びかければいい。そしたら答えてくれるかもしれないよ」
「ああ、そういうことか。分かった。試してみるよ」
僕は大きく息を吸い込み、精一杯の大声で呼びかけた。
「首だけの人は返事をしてくださあああああい」
驚いた鳥がバサバサと飛び立つ。それ以外の音は特に聞こえない。
僕は小さな声でも聞き逃すまいと、目をつむって意識を集中した。神経を研ぎ澄ます。一番近くからは薰ちゃんの気配がする。もっと遠くから、別の霊の気配がしないか……。
こんな作業は今までにやったことがなかった。わざわざ自分から霊の存在を感知しても怖いだけだ。だから、自分の霊感を最大限まで研ぎ澄ませる感覚は新鮮だった。
霊の声は聞こえないが、霊の気配が肌感覚となって全身を刺激する。その刺激は日常であれば意識しないほどに小さなものだった。その小ささから、動物霊のものだと分かる。人の霊の気配はもっと大きく、鳥肌が立つような感覚がする。もしかしたら声が聞こえずとも、気配だけで首の位置を特定できるかもしれない。
動物霊の気配を掻き分け、人の霊の気配を探ってみる。すると、それらの奥から異様な気配が漂ってきた。動物でも人の霊でもない。何か異様なものの気配がする。その気配が肌を通じて脳を刺激し、激しい悪寒に襲われた。
「うっ」
僕は咄嗟に集中を解いた。呼吸が乱れ、肩が激しく上下する。まるで長時間水中に潜った後、水面から顔を出したかのような感覚だった。
「大丈夫!? 無理しなくていいからね」
菅原君が心配そうに言う。
「ありがとう。なんか、変な感じがして」
「変な感じ? 声が聞こえたんじゃないの?」
「声は聞こえなかったけど、変な気配を感じたんだ。人の幽霊の気配じゃなくて、異質で、嫌な気配……」
「その気配はどこから感じたの?」
「あそこだよ」
僕は気配を感じた方向を指さした。
菅原君が目を輝かせて言う。
「もしかしたら祭壇があるのかもしれないね」
「や、でも、祭壇なのかは分からないよ。それに、危険かも」
「危険かどうか、確かめに行こうじゃないか」
そう言って菅原君は一人で異質な気配がした方向へ歩いていった。
「えっ、ちょっと待ってよ」
声をかけるが、菅原君は無視して進んでいく。
「無駄だ」と神崎君。「あいつがあのモードに入ったら誰も止められない。ほら、俺らも行くぞ」
神崎君に腕を掴まれ、無理やり連行される。
「ええ、まだ心の準備が」
「お前の心の準備なんて一生終わらないだろ」
二人で菅原君の後を追う。薰ちゃんも含めれば三人だ。
「何が出るかな。何が出るかな」
薰ちゃんが歌うように言う。
死人は気楽でいいと、僕はつくづく羨ましく思った。だからといって死人になりたくはなかったが。