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3バカ怪奇譚  作者: 岩畑曲花
ソイノメ様編
6/37

ご対面

 道幅は3メートルくらいで、そこだけ綺麗に草が生えていない。勾配は緩やかで、登山用の装備が無くとも問題無く登れた。


 週末なので、僕達以外にも登山客がぽつぽついて、偶にすれ違った。彼らはここが恐ろしい心霊スポットだなんて知らないのだろう。羨ましい限りだ。


 山登りを開始して10分ほど経過すると、幽霊さんの声は前方からではなく、道の左側から聞こえるようになった。


 僕はその方向を指さして言った。


「声はこの方角から聞こえる。ここから先は道を()れないといけないみたい」


「よし、じゃあ行くか」と、神崎君が軽い感じで言う。


「ちょっと待ってよ。こんな所に入って、遭難でもしたらどうするの!」


「楔山で遭難した奴なんて聞いたことねーよ。標高400メートルしかねーんだぞ?」


「400メートル()でしょ!」


 菅原君も神崎君に同調して言う。


「大丈夫だよ菊池君。ここはスマホの電波が届くから、遭難することはまずないよ」


「だとよ。ほら、さっさと進んでくれ」


 そう言って神崎君が僕の背中を押す。


「ええ!? 僕が先頭なの?」


「当たり前だろ。お前にしか声が聞こえないんだから。俺達を首まで先導してくれ」


「うう……」


 僕は涙目になりながら、鬱蒼(うっそう)と草木が茂る森の奥を見た。ここから先は枝に日光が遮られ、昼間でも薄暗くなっている。暗い場所は無条件で恐ろしい。


 進むのを躊躇(ちゅうちょ)していると、幽霊さんの声が遠くから聞こえた。


「臆病者おおおおおお。早く来なさいよおおおお」


「ひぃっ、すみません」


 僕は即謝罪し、他の登山客に見られていないか確認すると、意を決して道の外側に足を踏み入れた。二人も後に続く。


 雑草や木の根を踏み越え、獣道ですらないような場所を歩いていく。声は徐々に近づき、よりはっきりと聞こえるようになった。


「キクっちゃあああああん。まぁだぁあああああ」


 ()()れしくあだ名で呼ばれている。だんだんと恐怖心よりも苛立ちの方が勝ってきた頃、霊の声が近くの上空から聞こえることに気づいた。


 立ち止まり、空を見渡す。木の枝が毛細血管のように広がり、空を覆っていた。


 その中に、一際目立つ物があった。前方の木の枝に、人の首が引っかかっていたのだ。よく見れば枝に髪を縛り付けられている。だいたい地上から10メートルくらいの高さだ。


 呆然と見つめていると、その首と目が合った。首の口元が動き、声が聞こえる。


「そうそう、ここ、ここ。やっと見つかった」


 どうやら、あれで間違いないようだ。


「見つけたよ。あそこに幽霊さんの首がある」


 僕は首がある木の上を指さした。


 神崎君が目を()らしてそこを見る。


「おい、マジかよ……」


 神崎君の声は妙に沈み、表情には不快感が(にじ)み出ていた。


「えっ、神崎君にもあれが見えるの?」


 僕の問いに答える前に、菅原君もそこを見て言った。


「おお、さすが本物の霊能力者。お見事!」


 そう言って首を見つめたまま拍手をする。


「ねえ、二人には何が見えてるの? 僕には普通の首にしか見えないんだけど……」


 菅原君は視線を首からこちらに向けて言った。


「そうか、霊感があるか無いかで、あれの見え方が違うんだね。これは興味深い。オレと神崎にはね、あれが腐敗した人間の首に見えるよ」


「ええっ!?」


 僕はもう一度首を見た。僕の目にはいたって普通の女性の首にしか見えない。もちろん、首から下が無いのは異様ではあるが、幽霊さんの首だと分かっているのであまり怖くはない。


 だが、腐った首となれば話は別だ。そんなグロテスクな物を見れば、恐怖に体が(すく)んでしまうだろう。


 幽霊さんの胴体(どうたい)が実体を持たない霊体なので、てっきり首の方もそうだろうと思っていた。だが、首には肉体があり、そこに霊体が宿っている状態らしい。そして、僕には霊体だけが優先して見え、霊感が無い二人には肉体だけが見えているのだろう。


 上から幽霊さんの声がする。


「やっとまともに話せるねー、キクっちゃーん。仕事増やして悪いんだけど、私の首、下に降ろしてくんなーい。それから胴体にくっつけてほしいんだけどー」


「あの、えっと、分かりましたー」


 とりあえず返事をする。


「ん? なんて言われたの?」と菅原君。


「あの、首を降ろしてくれって」


 神崎君が綺麗な顔を歪めて言う。


「うへぇ。俺、絶対嫌だからな。あれに触るの」


 幽霊さんが怒って言った。


「ひどーい。神崎君が私を降ろして。じゃないと一生取り憑いてやるから」


 僕じゃなくてよかった、と思いつつ、神崎君に伝える。


「神崎君が降ろさないと一生取り憑くって言ってるよ」


 すると、神崎君に胸ぐらを掴まれた。


「テメェ、本当だろうな! 自分がやりたくねーからって嘘ついてんだろ!」


「う、嘘なんかついてないよ。僕に神崎君を(だま)す度胸があると思う?」


「それもそうだな」


 神崎君は即答し、あっさり胸ぐらを放した。


「謝れー」


 菅原君がヤジを飛ばす。


「すまん、菊池」


「い、いいよ別に」


「しょーがねー。じゃ、俺が行くか」


 そう言うと、幽霊さんが神崎君の背中から離れた。首が来るのを下で待つつもりらしい。


 神崎君は木の幹に手足をかけ、するすると首がある高さまで登っていった。


「うわ、くっせー」と、臭いに顔をしかめる。


 幽霊さんが文句を言った。


「失礼ね! お風呂入ってないんだから当たり前でしょ!」


 もはやそういう問題ではないと思うが、文句が聞こえない神崎君は、構わず木の枝に結ばれている幽霊さんの髪を解いた。


 それが終わると、髪を掴んでいた手を離し、首を地面に落とした。


「ぎゃあああああ」


 幽霊さんの絶叫が響く。下で待機していた胴体が急いで落下点にスライディングした。ぎりぎりのタイミングで首をキャッチすると、手には霊体の首だけが残り、肉体の方はベチャリと音をたてて地面に衝突した。


 実に乱暴なやり方だ。幽霊さんが怒らなければいいが。


 僕は心配しながら幽霊さんの様子をうかがった。両手に乗せられた首が叫ぶ。


「もう、乱暴しないでよ! 女の顔に傷がついたらどうすんのよ!」


 幽霊に傷もクソもないし、肉体に至っては既に腐って傷どころではない。冗談を言っているところを見ると、どうやらそれほど怒っていないようだ。


 ほっとしたのも束の間、強烈な腐臭がして、思わず鼻を押さえた。しかも、霊体を(まと)わなくなった首は、僕の目にも腐敗した首として見えた。皮膚は赤黒く変色し、所々が破け、崩れている。


「オゥエッ、オエッ」


 僕は吐き気を催し、首から目を背けた。


「よっと」


 降りてきた神崎君が、かけ声と共に木から地面へと飛ぶ。


「大丈夫? 菊池君」


 菅原君が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。


「う、うん。大丈夫。首を見てびっくりしちゃって。見なきゃいいだけだから」


「見なきゃいいって何よ。それが人の顔に対して言うセリフ?」


 突然、かがんで地面を見ていた僕の眼前に、女性の顔が突きつけられた。


「うわぁっ」


 驚いて尻餅をつく。前には霊体の首を両手で持った幽霊さんが立っていた。


「昔こんな手品あったよね。マジシャンの首が突然下に落ちるやつ」


 そう言って幽霊さんは自分の首を肩の高さに持っていき、腰のところまでがくんと下げた。


「驚かせないでくださいよ。早く胴体にくっつけてください。怖いんで」


「自分の首を持つなんてなかなかできない体験でしょ? すぐにドッキングしたらもったいないじゃない」


「ドッキングって……」


「まあ、いいわ。怖がりなキクっちゃんのためにドッキングしてあげる」


 そう言うと、幽霊さんは首と胴体の切断面同士をくっつけた。首はすぐに(つな)がった。


「いーねー、ぴったり。久しぶりだわ、この高さから景色見るの」


 首がくっついた幽霊さんは、辺りをきょろきょろと見渡した。


 首無しではなくなった幽霊さんは、見た目の怖さがぐっと抑えられ、恐怖感はほとんど無くなった。すると、冷静に幽霊さんの顔を見られるようになり、その容姿が美しいことに気づいた。目がぱっちりと大きく、鼻筋がまっすぐ通っている。歳は若く、二十代前半くらいに見える。


「菊池君、幽霊はどうなったの?」


 菅原君に言われ、はっとして答える。


「ああ、えっと、今、幽霊さんの首が胴体とくっついたんだ」


「その幽霊さんってのもう止めてよ」と幽霊さん。「私の名前は村井(むらい)(かおる)。薰ちゃんって呼んでね」


「幽霊の名前は村井薰で、薰ちゃんって呼んでほしいって」


 菅原君が腕を組んで言う。


「ふむ。じゃあ、薰ちゃんにどうして首が切断されたのか教えてもらおうか」


「お、よくぞ訊いてくれました白髪ちゃん。それはね――」

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