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3バカ怪奇譚  作者: 岩畑曲花
ソイノメ様編
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楔山

 約束の日、僕は憂鬱(ゆううつ)な気持ちで自転車を漕ぎ、神崎君の家へと向かっていた。目的地まで6キロ半もの道則がある。で、着いたら着いたで5キロ先の楔山に向かわなくてはならない。合計11キロ半。移動だけでも重労働なのに、その先に待ち構えているのは心霊スポットだ。どうして僕はこんな苦行をしているんだろう。


 いくら昼間で、しかも幽霊さんが悪霊じゃなくても、怖いものは怖い。だが、誘いを断ることもそれはそれで怖くてできなかった。


 泣きそうな気持ちで自転車を漕ぎ、神崎家の前に到着する。こちらの気を知らずに、既に家の前にいた神崎君と菅原君は何やら楽しそうに話していた。


 僕に気づいた菅原君が爽やかな笑顔で言う。


「おはよう菊池君。ここまで遠かったでしょ。お疲れ様」


 神崎君の肩にいる幽霊さんも僕に手を振った。既に死んでいる人間は気楽なものだ。


「おはよう……」と、小さな声で返事をする。


「なんか暗いね。どうしたの?」


 神崎君が溜息(ためいき)をついて言う。


「どうせ怖いからだろ。まったく、なんでこんな雲一つ無い快晴で怖がってんだか。しかもまだ朝の10時だぞ。朝でこれなら夜はどうなるんだよ」


「夜はいつも明かりとテレビをつけっぱなしにして寝てるよ」


「マジかよ。さすがにそこまで来ると少し可哀想だな」


「あと、トイレに行くのは怖いから、おしっこは部屋にあるペットボトルにしてる」


「汚えな! トイレくらい行けよ!」


「でも、霊は不浄(ふじょう)な物を嫌うって言うでしょ? だから一石二鳥なんだよ」


「一石二鳥じゃねーよ。三鳥くらい失ってんだろ」


「でも、いいよね」と菅原君。「そんなに怖がりなら、ちょっとしたことでも怖がれるからお得だよ。羨ましいな」


「酒弱い奴なぐさめる時みたいに言うな。お前はお前で変人だからな」


 三人が言い合っていると、幽霊さんがぱしぱしと神崎君の肩を叩いた。どうやら早く行けと言いたいらしい。


「あの、幽霊さんが早く行けって」


 神崎君が自転車に(また)がって言う。


「そうだな。無駄話はこの辺にしといて、さっそと楔山に行こう」


「レッツゴー」


 菅原君が楽しそうに言って自転車に跨がった。その時、自転車のカゴから甲高い鈴の音が聞こえた。見ると、カゴに入れたリュックに鈴のストラップが取り付けられている。


 僕は不安になって尋ねた。


「ちょっと待って。その鈴って、まさか熊避けの鈴?」


「あっ、そうだよ」と菅原君があっけらかんと答える。


「楔山って熊が出るの?」


「熊は出ないよ。でも猪は出るからね。一応持ってきたんだ。そうだ、忘れないうちに二人に渡しておこう」


 菅原君はカゴに積んでいたリュックのファスナーを開けると、中から小型のスプレーを取り出し、僕と神崎君に渡した。


「熊用の唐辛子スプレー。猪にも効くだろうから、襲われそうになったらそれで撃退してね」


「うぅ……怖い対象が増えた……」


「これだけ準備してるんだから大丈夫だよ。それじゃあ、今度こそレッツゴー」


 菅原君はまるで旅行にでも行くようなテンションでそう言い、自転車のペダルを踏んだ。


 反面、僕は憂鬱な気持ちでその後に続く。


 目的地である楔山まで、僕達は30分間、黙々と自転車を走らせた。


 楔山の(ふもと)に到着し、駐輪場に自転車を()める。


 今は五月で、山には緑色の草木が生い茂っている。気温は暑くも寒くもなく、ハイキングには丁度いい季節だ。


 だが当然、今日の予定は楽しいハイキングではない。美しいはずの景色が、憂鬱な僕の目にはまったくそう映らず、もったいない気持ちになった。


 神崎君が自分の肩を親指でさして言う。


「じゃあ菊池、こいつに首がどこにあるか案内させてくれ」


「うん、分かった。幽霊さん、首がどこにあるか案内してください」


 だが、幽霊さんは神崎君の肩から降りると、両手でバッテンをつくった。


「えっ、どこにあるか分からないんですか?」


「おい、マジかよ。闇雲に探してたらいつまでかかんのか分かんねーぞ」


 神崎君は悩ましそうに(ひたい)に手を当てた。


 だが、幽霊さんは神崎君の方を向き、また両手でバッテンをつくった。


「何か考えがあるんですか?」


 そう尋ねると、今度は両手で丸をつくった。そして、右手を本来は口がある位置に持っていく。その手で何かを()まむように、指先を前方に向かって閉じると、それを開き、また閉じるという動作を繰り返した。


 僕はそれを見て尋ねた。


「鳥のクチバシってことですか?」


 すると、幽霊さんの前蹴りが腹に飛んできた。不正解らしい。


「ぐはっ」僕は尻餅(しりもち)をつくと、必死で謝った。「ごめんなさいごめんなさい。頭あるのにバカでごめんなさい」


 やはり幽霊さんが手でバッテンをつくる。正解とはほど遠い回答だったようだ。


 菅原君が僕に尋ねる。


「ねえ菊池君、霊はどんなジェスチャーをしてるの?」


「えっと……」


 僕は幽霊さんと同じ動作をした。


 すると、菅原君はすぐに何かを(ひらめ)いた様子で言った。


「なるほど、そういうことか。山の中にある首に声を出させるんだ。それを菊池君が聞けば首の在処が分かる」


 幽霊さんは手で丸をつくった。


「正解らしいよ」


 神崎君が幽霊さんに言う。


「よし。じゃあ幽霊、とびきりデカい声を出して菊池を呼んでくれ」


 幽霊さんは人差し指と親指を丸め、OKサインを出した。


「……菊池君、何か聞こえる?」


「うーん……」


 僕は両手を耳に()え、目をつむった。全神経を音に向ける。車の音や風の音、梢が揺れる音が聞こえる。その中に、わずかだが人の声が混じって聞こえた。


「……こ……き……」


 しかも、何となく生きた人間の物理的な声ではないと分かった。この声は、霊の気配を帯びている。


「幽霊さんの声が聞こえる」


 菅原君が興奮して言った。


「おお、どこから?」


「こっち……だと思う」


 僕は楔山を指さした。


「ま、そりゃそうだわな」と神崎君。


 菅原君が不気味に笑って言った。


「ふふふっ、やっぱり山の中だね。早く登ろう。ああ、首と対面するのが楽しみでしょうがないよ。ふふふふふ」


 つくづく物好きな人だと呆れつつ、僕は二人と一緒に登山道に入った。

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