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3バカ怪奇譚  作者: スナタナオキ
ソイノメ様編
5/21

楔山の麓

 約束の日、僕は憂鬱な気持ちで自転車を漕ぎ、神崎家の前に来た。いくら昼間で、しかも幽霊さんが悪霊じゃなくても、怖いものは怖い。だが、なりふり構わず逃げ出したくなるほど怖くもないので、二人の誘いを断る踏ん切りも付かない。


 こちらの気を知ってか知らずか、既に家の前にいた神崎君と菅原君は楽しそうに話している。


「おはよう菊池君」


 菅原君が爽やかに挨拶する。


 こちらに気づき、神崎君の肩にいる幽霊さんも手を振った。既に死んでいる人間は気楽なものだ。


「おはよう……」と、小さな声で挨拶を返す。


「なんか暗いね。どうしたの?」


 神崎君が溜息ためいきをついて言う。


「どうせ怖いからだろ。まったく、なんでこんな雲一つ無い快晴で怖がってんだか。しかもまだ朝の10時だぞ。朝でこれなら夜はどうなるんだよ」


「夜はいつも電気とテレビをつけっぱなしにして寝てるよ」


「マジかよ。さすがにそこまで来ると少し可哀想だな」


「あと、トイレに行くのは怖いから、おしっこは部屋にあるペットボトルにしてる」


「汚えな! トイレくらい行けよ!」


「でも、霊は不浄ふじょうな物を嫌うって言うでしょ? だから一石二鳥なんだよ」


「一石二鳥じゃねーよ。三鳥くらい失ってんだろ」


「でも、いいよね」と菅原君。「そんなに怖がりなら、ちょっとしたことでも怖がれるからお得だよ。羨ましいな」


「酒弱い奴なぐさめる時みたいに言うな。お前はお前で変人だからな」


 三人が言い合っていると、幽霊さんがぱしぱしと神崎君の肩を叩いた。どうやら早く行けと言いたいらしい。


「あの、幽霊さんが早く行ってほしそうです」


 神崎君が自転車にまたがって言う。


「そうだな。バカ話はこの辺にしといて、さっそと楔山に行こう」


「レッツゴー」


 菅原君が楽しそうに言った。まるで旅行にでも出かけるようなテンションだ。


 反面、僕は憂鬱な気持ちで二人の後に続いた。


 目的地である楔山までは5キロある。僕達は20分間、黙々とペダルを漕いだ。


 楔山のふもとに到着し、駐車場に自転車を停める。


 今は五月で、山には緑色の草木が生い茂っている。気温は暑くも寒くもなく、ハイキングには丁度良い季節だ。


 だが当然、今日の予定は楽しいハイキングではない。美しいはずの景色が、憂鬱ゆううつな僕の目にはまったくそう映らず、もったいない気持ちになった。


 神崎君が自分の肩を親指でさして言う。


「じゃあ菊池、こいつに首がどこにあるか案内させてくれ」


「うん、分かった。幽霊さん、首がどこにあるか案内してください」


 だが、幽霊さんは神崎君の肩から降りると、両手でバッテンをつくった。


「えっ、どこにあるか分からないんですか?」


「おい、マジかよ。山の中全部探してたら下手すりゃ遭難するぞ」


 神崎君は悩ましそうにひたいに手を当てた。


 だが、幽霊さんは神崎君の方を向き、また両手でバッテンをつくった。


「何か考えがあるんですか?」


 そう尋ねると、今度は両手で丸をつくった。そして、右手を本来は口がある部分に持っていく。その手で何かをまむように、指先を前方に向かって閉じると、それを開き、また閉じるという動作を繰り返した。


 僕はそれを見て尋ねた。


「鳥のクチバシってことですか?」


 すると、幽霊さんの前蹴りが腹に飛んできた。不正解らしい。


「ぐはっ」僕は尻餅をつくと、必死で謝った。「ごめんなさいごめんなさい。頭あるのにバカでごめんなさい」


 やはり幽霊さんが手でバッテンをつくる。正解とはほど遠い回答だったようだ。


 菅原君が僕に尋ねる。


「ねえ菊池君、霊はどんなジェスチャーをしてるの?」


「えっと……」


 僕は霊と同じ動作をした。


 すると、菅原君はすぐに何かをひらめいた様子で言った。


「なるほど、そういうことか。山の中にある首に声を出させるんだ。それを菊池君が聞けば首の在処が分かる」


 幽霊さんは手で丸をつくった。


「正解らしいよ」


 神崎君が幽霊さんに言う。


「よし。じゃあ幽霊、とびきりデカい声を出して菊池を呼んでくれ」


 幽霊さんは人差し指と親指を丸め、OKサインを出した。


「……菊池君、何か聞こえる?」


「うーん……」


 僕は両手を耳にえ、目をつむった。全神経を音に向ける。車の音や風の音、梢が揺れる音が聞こえる。その中に、わずかだが人の声が混じって聞こえた。


「……こ……き……」


 しかも、何となく生きた人間の物理的な声ではないと分かった。この声は、霊の気配を帯びている。


「幽霊さんの声が聞こえる」


 菅原君が興奮して言った。


「おお、どこから?」


「こっち……だと思う」


 僕は山の麓に広がる森を指さした。


 楔山の麓には大きな森がある。富士の樹海ほど広くはないが、もし携帯電話や方位磁針が無ければ、遭難してしまってもおかしくない。


「おい、山の中にあるんじゃないのか?」


 神崎君が登山道の入り口を見て言う。


「ううん、山の方角じゃない。首は山じゃなくて、麓の森の中にあるんだよ」


「そうか……。じゃあ、とりあえず行ってみるか」


「いやぁ、首との対面が楽しみだねぇ。フフフフッ」


 菅原君が不気味に笑う。


 つくづく物好きな人だと思いつつ、僕は霊の声が聞こえる方へと歩いた。

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