触らぬ不良にイジメ無し
無事に校門を通過し、ほっと一安心する。たくさんの生徒がいて、恐怖が和らいだ。
怖がりな僕にとって、学校はまさにオアシスのような場所だ。先ほどまでの恐怖はどこへやら、鼻歌でも歌いたい気分で靴を履き替え、自分の教室へと向かう。
教室の中からは賑やかな声が聞こえてくる。やはりここは恐怖と無縁だ。もう家に帰りたくない……。
そう思いながらドアを開けると、すぐ目の前に誰かが立っていた。背が高く、僕の目線では首元までしか見えない。
ここまで背が高い生徒は、うちのクラスに一人だけだ。
恐る恐る視線を上げて顔を見ると、やはりそこに立っていたのは、神崎蓮だった。
近くで見るとゾッとするほど美しい顔だ。中性的な顔立ちだが、切れ長で鋭い目からは男らしさを感じる。文字通り、俳優顔負けの顔だ。
おまけに背も高く、190センチくらいある。スタイルまで完璧だ。
僕は日頃から神崎君を警戒し、関わりを持ちたくないと思っていた。なぜならいつも一人でいて、いかにも不良といった雰囲気があるからだ。体格がいいから、喧嘩もかなり強いに違いない。三年のヤンキーをボコボコにしたという噂も聞いたことがある。
もし因縁を付けられれば、僕なんてたちまちパシリにされてしまうだろう。こういう輩には霊と同様、距離を置いた方がいい。触らぬ不良にイジメ無しだ。
だから、僕は神崎君にすぐ道を譲ろうと思ったのだが、彼にしがみつく恐ろしい存在を目にし、足が竦んでしまった。
神崎君は、首無しの幽霊に取り憑かれていた。幽霊は彼の肩に白い腕を回し、背中におぶさっている。首の切断面からはピンク色の肉が見えた。
油断していたこともあって、僕は思わず「ヒィッ」と声を上げてしまった。
それを聞き、神崎君が言う。
「なんだよ、ヒィッて」
「いや、その、別に神崎君に言ったわけじゃなくて」
「俺以外に誰がいるんだよ」
「いや、その、えっと、あの、うーんと、そうですね、へへへ、その、なんだ、あー」
僕は慌てに慌てた。このままでは神崎君の機嫌を損ねてしまうかもしれない。かといって、事実を話しても信じてくれないだろうし、余計神崎君を怒らせてしまう可能性もある。
僕が一生懸命頭をフル回転させていると、突然、神崎君にガシッと肩を掴まれた。
またヒィッと声が出そうになるが、なんとか堪える。
神崎君が僕の顔を覗き込んで言った。
「お前、なんか見えてんだろ?」
「え……」
「ちょっと来い」
神崎君に腕を引かれ、男子トイレに連れて行かれる。僕の腕を放すと、神崎君はこちらに向き直って訊いてきた。
「お前、霊感あるだろ?」
「……」
マズいことになってしまった。霊感があることはクラスの皆には知られてたくない。変人扱いされると困る。それに、霊感があることが、神崎君に取り憑いている幽霊にバレるのも危険だった。
だが、こうなった以上、下手に口をつむめば神崎君にぶん殴られるかもしれないし、霊も既に神崎君に取り憑いているのだから、自分に取り憑く心配も薄そうだ。たぶん。
僕は思い切って告白した。
「うん、実はそうなんだ」
「やっぱりな。俺に取り憑いてる霊が見えるんだろ?」
「うん、見えるよ」
「どんなだ?」
「首無しの幽霊が、背中におぶさってる」
僕がそう言うと、神崎君は目を見開き、驚いた表情を見せた。
「そうか、やっぱりか……。お前、本物だな」
「そうなんだよ。僕は見えない方が助かるんだけどね。怖いから。神崎君も早くお祓いとか受けた方がいいよ。じゃっ、僕教室に戻るね」
そう言ってその場を離れようとしたが、また神崎君に肩を掴まれた。
「待てよ。お前に協力してほしいことがある」
絶対に嫌だ、と答えたいところだが、そんなことを言える度胸は無く、「何を協力すればいいの?」という、了承したも同然の言葉が口をついて出た。自分で自分が情けなくなる。
当然、そんな内情を神崎君が考慮してくれるわけもなく、こう言った。
「こんな所で長話をするのもなんだから、学校終ったら俺の家に来てくれ」
勘弁してくれ、と言いたいのに、口は勝手に動いていた。
「うん、分かったよ」
「よし、じゃあ放課後、俺と一緒に帰るぞ」
そう言いながら神崎君はトイレを出て行った。自分勝手に連れてきておいて、その場所から相手より先に出て行くとは、なんて図々しい奴だ。という悪態を、僕は心の中で神崎君の背中にぶつけた。