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3バカ怪奇譚  作者: 岩畑曲花
ソイノメ様編
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菊池智也は霊感がある

 朝、僕は学校へ行くためにいつもの道を歩いていた。前方に、一人の男がこちらに背を向けて歩いている。スーツを着た、いかにもサラリーマンといった()で立ちのおじさんだ。


 道の左右には田んぼが広がり、人通りは少ない。前方に見えるのはこの人と、その先を歩く二人の女子生徒だけだ。


 僕はいつも、このおじさんを登校時に見かけている。そして、おじさんが生きた人間ではなく、幽霊であることに気づいていた。


 僕には生まれつき霊感がある。だから、幽霊は日常的に見てきたし、時には妖怪とも言うべき異形の存在も目にしてきた。


 子供の時からそうだったのだが、だからといって慣れることはなく、僕はそのようなこの世ならざる者達を、心底恐れていた。それは高校一年生になった今でも変わっていない。


 そんな僕にとっては、毎朝見かけるサラリーマンの幽霊ですら、恐ろしい存在に他ならなかった。なんとなく、この人がどんな幽霊なのかは分かる。おそらく、自分が死んだことに気づかず、健気にも日課だった出勤を続けているのだろう。


 少なくとも悪霊ではないのだろうが、それが分かっていても、幽霊というだけで恐ろしい感じがする。


 だから、僕はサラ霊(サラリーマン幽霊の略)になるべく近づかないように歩いていた。


 いつもであればそれで何事も起こらない。しかし、この日は違った。


 道が曲がり角に差し掛かった時、民家の死角から誰かが出てきて、サラ霊とぶつかったのだ。


 僕は嫌な予感がした。通常、幽霊が何かに衝突するということはない。実体を持たないのだからすり抜けるはずなのだ。しかし、ぶつかったということは……。


 僕は恐る恐る、サラ霊にぶつかった何者かを見た。そして、嫌な予感は的中した。それは血まみれの女で、明らかに生きた人間ではなかった。サラ霊と違い、足がぼやけて見えなくなっていることからも、そのことが分かる。


 どうして足がある幽霊と無い幽霊がいるのだろうか。あと、どうして「ある」は漢字表記にすることが少ないのに、「無い」は多いのだろうか。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。僕は恐怖で絶叫しそうになったが、その前にサラ霊が叫び声を上げた。


「ぎゃあああああ、オバケェエエエエエ」


 あんたもだろ、と内心ツッコみつつ、サラ霊の気持ちは痛いほど分かった。サラ霊は一目散に逃げ出し、僕の横を高速で走り抜ける。綺麗(きれい)なフォームだ。


 僕だって一緒に逃げてしまいたい。だが、そうすればあの見るからにヤバそうな幽霊に、自分に霊感があると気づかれてしまう。そうなれば最悪、取り()かれるかもしれない。


 僕は努めて平静を(よそお)い、速度を変えずに歩き続けた。


 ヤバ霊(見るからにヤバそうな幽霊の略)はその場で立ち止まっている。逃げるサラ霊を追いかけて、どこかへ行ってくれればいいのに、一向に動こうとしない。


 まさか僕が来るのを待っているのだろうか。考えたくはないが、その可能性はある。霊感があろうと無かろうと、幽霊は生きた人間にちょっかいを出すことがある。そういう時は、ひたすら無視を決め込んだ方がいい。そうすれば諦めて去っていく……はずだ。


 ヤバ霊との距離がどんどん縮んでいく。あと少しですれ違う。心臓がバクバクと鳴り響くが、平常心、平常心……。


 僕はヤバ霊の隣を通り過ぎた。あまり距離を空けるとわざとらしいので、接触しないぎりぎりの距離ですれ違う。その時、ヤバ霊がぼそりと言った。


「そんなに私が怖い?」


 それは、どこか悲しみを含んだ声のように聞こえた。


 彼女は悪霊ではないのかもしれない。が、だからといって同情し、声をかける勇気も無い。彼女の問いかけ通り、怖くて仕方ないのだから。


 角を曲がっても、僕は速度を変えずに歩き続けた。後ろを見ずとも、彼女が僕を追いかけてきていないことは分かった。霊がどこにいるのかは目や耳に頼らずとも、気配でなんとなく分かる。


 前方に校舎が見えた。学校にさえ行ってしまえば、人がたくさんいて安心できる。


 僕はスピードを速めたい気持ちをぐっと抑えながら、学校に向かって歩みを進めた。

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