#14 繁忙期之男
最近、オレ焱焼茜の日々はやけに忙しい。
昨日は朝早くからニュース番組への生出演、午後にはライブのリハーサルやらボイトレやらバラエティ番組の収録やら、夜には共演者との会食やら何やらがあり、朝一番から夜遅くまで活動したというのに結局三時間程度しか眠れていない。覚醒してカーテンを開けると未だ薄暗い街並みが目下に広がっている。急いで鶏むね肉のボイルを腹へ詰め込んで、歯を磨いて身形を整えて整髪し、既に到着していた送迎車に飛び乗る。
「おはようございます、A-kaneさん。昨夜はよく休めましたか?」
一見平然としているマネージャー隅田だが、その声は普段よりも掠れている。
「よォ。まァ、三時間は熟睡出来たなァ」
「そうですか……」
「オレはナンつーコトァ無ェが、隅田、オマエ体調大丈夫かァ? 声、枯れてるじゃねェか」
運転手に一声掛けて、車は走り出す。隅田は大きくかぶりを振った。
「いえいえ、わたくしのことはお気になさらず。それに、A-kaneさんが忙しいのはいつもですから。そろそろ慣れました」
それはそうだが、最近は多忙が顕著だ。ライブ前というのは、どうしても過度に忙しくなってしまう。まあ、仕事が何も舞い込んでこないよりかは遥かに良いことではあるものの、自分の身のみならず周囲にも負担を掛けてしまっている。
「まァ、無理しねェ程度に期待してるぜェ。ライブまで、一気に駆け抜けてやらァ」
「はい、頑張りましょう」
未明の街を、車は進んでいく。
「A-kaneさん入られま~す」
飾りっ気のない廊下から重厚な扉を潜ると、スタッフの声と、整然かつ華美な装飾及び照明がオレを出迎える。
「おはようございまァす、本日もよろしくお願いしますゥ」
挨拶をしながらセット内に入っていく。今日も昨日に引き続き、例のニュース番組の生出演だ。オレよりも前に現場に入り、口のストレッチをしていた名物アナウンサーの香取慎一郎アナウンサーが柔和な笑みでこちらに礼を返す。
「A-kaneさん、昨日に引き続き、よろしくお願いします」
「香取さん、よろしくお願いしますゥ。今日も早いですねェ」
香取アナはその真面目かつ誠実、爽やかでクリーンな印象で好感度の高い男性アナウンサーだ。年齢はそう若くはないものの、その整った容姿と、更には甘いものが好きというギャップが世間の、主に女性たちにウケているらしい。そんな世間の印象は、オフレコのときでも何ら変わりない。このように、誰よりも早く現場入りするほど誠実で、とても朗らかな人だ。
「そうですね。やはりこの番組のメインキャスターを務めさせていただいていますから、私が皆さんよりも先に現場入りするのが筋かな、と。それよりも、A-kaneさんも早いですね。お忙しいでしょうに、こんな朝早くから……しっかりお休み出来ていますか?」
「忙しいのは香取さんもでしょォ。オレは、ただ台本とか入念に確認したいンで、早く来てるだけですよォ。こういうマジメな、しかも生放送はあまり得意ではないのでェ……一応、しっかり睡眠は取れましたンで、大丈夫ですよォ」
香取アナが心配そうな顔になる。彼もまだ若いといえど、オレと比べれば一回りくらいは年上だ。オレを見る目線に、どこか保護者のようなものを感じる。
「そうですか……あまり、ご無理はなさらず。本番が始まるまで、まだ時間はありますから、椅子にお掛けになってゆっくりなさってくださいね」
「ハハ、ありがとうございますゥ。じゃ、お言葉に甘えさせてもらいますねェ。香取さんも、ご無理なさらず。今日もよろしくお願いしまァす」
「はい、よろしくお願いします」
指定の席へ向かう。マイクをセットしたり服装や髪型、メイクを整えたりするスタッフにされるがまま、オレは台本を読み進めた。
本番は何事もなく終わった。挨拶をしてからスタジオを出る。朝、マネージャーから伝えられた本日のスケジュールでは、この次は報道のインタビュー取材が待っている。場所はこのテレビ局の違う階にあるブース。一旦荷物を取りに楽屋へ戻って、それから向かうことにする。
そういえば、今日も蒼に頼まれていたお天気イカガクンのサインを貰うのを忘れた。イヤでも、貰いに行くの恥ずいんだよな。子供だと思われちまう。てか、そもそも子供でもアレにサイン頼むの怖ェだろ。
「あっ、A-kaneさんだ! この間はどうも~」
唐突に声を掛けられて、見るとギャルがこちらに一礼してから駆け寄ってくる。
「あァ、ちゅきみサンかァ。どうもォ」
ギャル系タレントちゅきみ。SNS上で話題になり、有名芸人の番組にゲスト出演してから人気に火がついた最近何かと話題の存在だ。ちゅきみとは先日のバラエティ番組の撮影で共演した。
「A-kaneさん、昨日も今日も『朝よう』出てませんでした? 見ましたよ~!」
「ありがとうございますゥ、そうですよォ」
「やっぱり! 働き過ぎじゃないですか? あ、妬みとかじゃないですよ! ただホント心配で」
「ハハ、分かってますよォ。ちゅきみサンもオレと同じくらい、ッつーか、何ならオレよりテレビ出てるじゃないですかァ。この間の舌切りすづめサンの番組に出てたのも見ましたよォ」
「あっありがとうございます! いやでもっ、A-kaneさんはテレビの他にもトーゼン、音楽活動もされてるじゃないですか! 今ライブ前ですよね? 絶対忙しいでしょ!」
ちゅきみの言葉の勢いに押される。
「ソレ言ったら、ちゅきみサンも自分のSNS活動あるでしょォ」
「ウチのはちょちょっと動画撮って上げるだけなんで! まあとにかく、休めるときはゆっくり休んでくださいね! ライブ、楽しみにしてますっ! すいません引き止めちゃって! このあとも予定ありますよねっ。それじゃまた、ご一緒する機会あったらヨロシクお願いしますっ! 失礼しま~す!」
オレが何か言い返す前にさっさとどこかへ行ってしまったちゅきみ。彼女はテレビでは誰に対しても臆さずズケズケと絡んでいくキャラで売れているが、一度テレビ画面から出てみると、礼儀正しくて思い遣りのあるイイ子だ。まァ、誰に対しても臆さず関わっていくという面では同じかもしれない。誰に対しても優しい配慮を忘れない彼女は、だからこそテレビではああいう振舞いが出来るのだ。
彼女からは学ぶことが多い。考えながら楽屋への道をまた歩き始めた。
インタビューも何事もなく終了。質問自体は事前に知らされているため、受ける側としては用意した台本を読み上げるだけの行為に等しい。何はともあれ、オレという人間一人にフィーチャーしてもらえるというのは喜ばしいことだ。
この後は局を移動し、長尺の収録。車に揺られて些か休憩していると、心拍も収まらぬ内に現場へ着く。
見慣れた局内を歩いていくと、スタッフが迎えに出向いてくる。
「A-kaneさん、お疲れ様です。本日はよろしくお願いします。楽屋までご案内します」
「コチラこそォ、よろしくお願いしまァす」
楽屋に到着後、腹の虫を諌めるため、早速支給されたロケ弁当に手を付ける。まァ、オレは食いモンは辛けりゃ辛い方がイイし、熱けりゃ熱い方がイイと思っているが、ロケ弁当は有難い。冷えてるモンには冷えてるモンなりの美味さがある。
台本を確認しながら弁当を掻き込んでいると、ノックがドアから飛んでくる。弁当を机に一旦置く。
『すみません、楽屋挨拶に来ました』
あまり馴染みのないくぐもった声。いつものルーティン通り、鏡で容貌を整えてから客人を出迎える。
「はァい」
「あっ、初めまして。ボクらピロプロ所属『TiKi TiKi KiD』と申します」
「あァ━━」
楽屋前で煌びやかな衣装を身に纏った少年三人組。先日出てきたボーイズアイドルグループ『TiKi TiKi KiD』、通称『ティキキ』。オレとは事務所違いだが、言わば男性アイドルとしては後輩ということになる。当然知っているし、職業柄、特に同界隈の曲はなるべく全て聴くようにしているため、例に漏れず彼らの曲も聴いている。彼らは本来五人組のアイドルユニットだが、今日はどうやらその内の三人との共演になりそうだ。
「僕がリーダーの赤色担当沢代いおりです」
「そんで僕が青担当、副リーダーの北見沢四季でして」
「最後にボクが副々々リーダーのエメラルド担当三嶋コウです!」
「そんな役職ないですけどね」
「よろしくお願いしま~すっ‼‼」
完成された軽妙な掛け合いについ笑いが零れる。若干遠慮と緊張の色が見られる瞳からは想像できないほど大胆な挨拶だ。きっと今日のクイズバラエティ出演に即して色々と準備をしてきたのだろう。
「フフ、こちらこそよろしくお願いしまァす。皆サン面白いですねェ」
「あ、ありがとうございますっ。あ、あと、今日はお休みなんですけど他にも二人メンバーがいまして━━」
「あァ、黄色の四十万クンと黒の篠目クンですよねェ。知ってますよォ。皆サンのファーストシングルも聴きましたァ」
「えッ! 知ってくれてるんですか!」
緑の三嶋クンの大声に面食らう。
「そりゃァ皆サン話題ですし、何しろ同じ土俵なんでェ。あァ、オレ、まだ名乗ってなかったですねェ。メテオラ所属、ソロアイドルのA-kaneです。ヨロシク」
「よ、よろしくお願いしますッ!」
若さを感じる良い返事だ。ティキキは平均年齢約十六歳の超若年アイドル。特にリーダーの沢代クンはなんと若干十五歳。オレとは八個も離れている。こうやって若いヤツらに囲まれていると、オレも年を食ったなと感じる。
「あの、A-kaneさん。失礼じゃなければなんですけど、A-kaneさん、僕らより年上ですし、芸歴においても大先輩なので、敬語を使わないで話してくださると嬉しいんですけど……」
「あァ━━」
オレは敬語とタメ語を明確に使い分けている。基本的に、緊密な仲間とファンに対してはタメ語、ソレ以外のほぼ全ての(特に芸能側の)仕事での関係では、例え子供相手でも敬語を使うようにしている。オレにとって、仲間とファンは特別な存在だ。だが、相手本人がソレを快く思わなければその限りではない。
「じゃァ、そうさせてもらうぜェ」
その後、沈黙が現れる。何か会話を振ろうか考えていたところ、どうやらアチラ側が何か話したがっているような、そんな気配を感じ取る。
「……どうかしたかァ?」
「あっ、あの、ウチの三嶋がA-kaneさんに伝えたいことがあるって……ほら、コウくん……!」
そういえば、最初の挨拶の時点では一番元気そうでガンガン来るタイプかと思われた緑の三嶋クンが、あの大声以降二人の陰に隠れてモジモジしている。沢代クンに背中を押され、三嶋クンが前に出てくる。
「ぁ、ぁのっ、お、オレっ前からA-kaneさんのファンでっ! A-kaneさんに憧れてアイドル始めたっていうか……! ぁ、あの、それで、その━━」
「ありがとなァ、コウ」
オレより少し小さい背丈。俯きがちだった三嶋クンが顔を上げる。スポットライトで照らされたかのように、光り輝く瞳。手を差し出すと、些か遠慮してからそっと手を掴み返してくる。
「オレに憧れてアイドル目指してくれたなんてよォ、ホント、光栄だなァ。嬉しいぜェ。コレからも応援よろしくなァ。……ッつーのは、ファンとしてのオマエへの言葉だ。もォオマエは、ただのオレの一ファンじゃねェ。オレと同じ、アイドルだ。オレにオマエがいるみてェに、この先オマエにも幾らでもファンが付く。オレがオマエらに熱狂と夢を与えてきたのと同じように、オマエもオマエのファンたちに、存分に夢ェ見せてやれェ! 『TiKi TiKi KiD』、期待してるぜェ」
「━━はいッ!」
三人の、ステージ上の宝石のような煌びやかな瞳。先輩風、吹かせちまったな。
その後、こういった撮影が初めてだというティキキの三人を連れて、演者に向けられた菓子類の差し入れを取りに行った。山積みのスナックに、年相応に目を輝かせる三人。恐る恐る手を伸ばす様子が初々しい。
「これ、本当に何でも食べていいんですか……?」
「あァ。常識的な量なら何でもイイんだぜェ」
「じゃあ僕、これ頂きます」
「じゃ、じゃあおれ、これっ!」
北見沢クンと三嶋クンが菓子を抱えるのを、沢代クンが優し気な目で見ている。グループ最年少だというのに、彼は本当に落ち着いていて大人びている。
「あのっA-kaneさん、A-kaneさんも早く取らないと、好きなものがなくなっちゃいますよ」
沢代クンの発言と年齢のギャップについ笑いが零れる。キョトンとした顔でオレを見上げてくる。
「オレは構わねェよ。沢代クン、オマエこそ好きなモン、早く取った方がイイぜェ」
「A-kaneさんっ!」
三嶋クンの大声がして、ソチラに目を向ける。彼は大量のお菓子を掲げてコチラに問い掛けてくる。
「好きなお菓子、ありますかっ! ラムネとか、ありますよっ」
息が詰まる。
「……ラムネ、は」
脳裏に表出する窒息感。
「A-kaneさん……?」
沢代クンの声。大脳内に漂う黒煙を振り払う。
「━━『いもりこ』あるかァ⁉ あったら食う!」
「ありますっ!」
心臓がうるさかった。
収録終了後、毎日の習慣であるボイトレをして帰宅。さっさとシャワーを浴びて床に入る。今日は夢見が悪そうだ。
もう、あの頃のオレじゃない。
たくさんのファンがいて、たくさんの曲があって、たくさんの夢がある。
オレは、アイドルA-kaneだ。
ライブまで、あと少し。全力で、全速力で駆け抜けてやる。
さァ、ライブの時間だ。
次回「熱狂ノ宴」




