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第4話 牢獄に咲くバラ

牢獄に閉じ込められてから二か月が過ぎた。


それは予想外に静かで、平穏な日々だった。


貴族専用の牢獄だからか、労働を強いられることもなく、毎日決まった時間にきちんとした食事が運ばれてくる。


それを食べ終えるとやることが何もなく、ただ漠然と時間が過ぎていくだけだった。


最初に面会に訪れたのは、かつて愛したカシリア殿下だった。


鉄格子越しに私を睨みつける彼の瞳には、純粋な憎悪が宿っていた。


「お前を、殺したかった。今すぐにでも、この手で引き裂いてやりたいほどに」


「……」


「医者から聞いた。あの日、エリナが体調不良で酒を吐き出していなければ、確実に死んでいたと。」


なるほど、やっとわかったのだ。


エリナだけが先に屋敷に戻った理由、それは体調不良だった。


神が授かった好機ではなく、運命の呪いだった。


体調不良の彼女は、私の誘いに断れず、無理矢理に酒を飲んでくれた。


その結果、私の同じく、生き残った。


「……だが、一命を取り留めた代償に、エリナの体にはまだたくさんの毒が残ってる。もう二度と子供を産めない体になった」


「な…!?」


息が止まった。


子供を、産めない。


その言葉だけが、やけに鮮明に耳に残る。


王妃にとって、それが何を意味するのか


そんなこと、考えるまでもなく知っているはずだ。


王家に血を繋ぐこともできず、


政略の価値も失い、


ただ“そこにいるだけの存在”。


あの子が、玉座の隣に立つ未来も。


子を抱いて微笑む姿も。


「母」と呼ばれる日も。


――もう、来ない。


「それでも彼女は……お前を必死に庇っていたんだぞ!」


「っ……!」


エリナは、女性としての、未来の王妃としての決定的な幸福を奪われてしまった。


それなのに、私を庇った。


完敗だ。


公爵令嬢としても、


人としても、


彼女は私より遥かに優れている。


その後も、異母姉のエリナ、父上、継母らが見舞いに来た。


だが、会う覚悟などあるはずがない。


私は様々な理由をつけて面会を拒絶し、どうしても断り切れない時は、ベッドで眠ったふりをして微動だにしなかった。


本当は、彼らの足音を聞くだけで体が震え、顔を見ることもできず怯えていたのだ。


怖くて仕方がなかった。


彼らの人生を破壊しようとした私に、その善意を受け取る資格などない。


自分自身ですら、自分を許せないのだから。


では、残りの人生をどう過ごせばいいのか。


私は看守に頭を下げて頼み込み、なんとか手に入れた紙と羽根ペンで、「公爵令嬢・リリス」としての過去を書き綴ることで、懺悔しようとした。


いつから、どこで、どうして過ちを犯したのか。


走馬灯のように蘇る、幸せだった日々の記憶。


王家学院時代に恋に落ちた父上と母上の間に生まれた私は、少し太っていて友達もいない子供だったけれど、三人で温かい家庭を築いていた。


だが、私が九歳の時。


馬車の事故で祖父母が亡くなり、生き残った母上も下半身不随となった。


社交界の華と呼ばれた母の世界は、ベッドから見える庭先の景色だけになり、次第に心を閉ざしていった。


父上との会話も尽き、家の中からは笑顔が消え、無言で時を送る日々へと変わった。


枯れた花は二度と咲かない。


誰もがそう諦めていた。


そんなある日、母上が私を優しく励ましてくれた。


ささやかな一言だったが、私には何より深く響いた。


その日からだ。


私が、立派な公爵令嬢になろうと決めたのは。


必死に勉強を重ね、優秀な成績を収めると、家族が喜んでくれた。


私が完璧であれば、父上と母上はまた笑い合える。


そう信じて、無我夢中で上へと這い上がった。


だが、人は変化に飽きる生き物だ。


どれほど優れた成績も、やがて「当たり前」になり、親の興味は薄れていく。


私はもっと他の分野でも結果を出そうと焦り、さらに血を吐くような努力を重ねた。


二年前、母上が病で亡くなってからも、私は悲しみを胸に隠して完璧な笑顔を作り、ただ前へ進もうとした。


大好きな家族のために。


愛する人のために。


私は最も優秀な公爵令嬢になろうとすべてを犠牲にし、名誉も、権力も、愛情も、すべてを手に入れようとした。


それなのに、なぜ?


頑張れば頑張るほど、欲しいものは私から遠ざかっていった。


間違わないように必死に生きてきた私の人生は間違いだらけで、何もかもを偶然手にしたエリナが、すべてを持っていった。


羨望と嫉妬に胸を締めつけられ、苦しくて、死ぬよりつらかった。


でも、もう答えは出ている。


エリナは正しい。


それが運命という祝福。


私は間違っている。


それが宿命という呪い。


ペンを置き、私は静かに諦めた。


白く塗られた牢獄の壁に、自分の影がはっきりと映っている。


死人のように真っ白な肌、乱れた髪、濁った瞳。


永遠に汚れた囚人服を着た私。


完璧令嬢だった「リリス」はもう死んでいる。


父上と母上に愛されていた「私」も、とうの昔に死んでいる。


もう、ここまでにしよう。


疲れ果てたのだ。


何もかも終わりにしよう。


夜は深く、今日はもう看守も見回りに来ない。


私はこっそりと、隠し持っていた「とっておきの宝物」を取り出した。


何度も壁で磨き上げた、刃のように鋭い鉄片。


ベッドに横たわり、月の光を反射してきらりと光るそれを見つめる。


死ぬって、痛いのだろうか。


苦しいのだろうか。


きっと、そうかもしれない。


でも、仕方がない。


私は皆を裏切ったのだから。


もう誰も、私を必要としていないのだから。


覚悟を決め、私は鉄片を首筋に強く押し当てた。


ためらわず、一気に引く。


その瞬間、まるで優しいキスをされたかのように


ぞっとするほど熱い命のバラが、私の体から咲き乱れた。


視界が黒く滲み、ゆっくりと時の流れが溶けていく。


意識の底で、いつかの記憶が蘇った。


バラが咲き誇る庭。


柔らかな日差し。


大好きな母の膝枕。


王子とお姫様の物語を読んでくれる、銀の鈴のように澄んだ母の声を聞きながら、まどろんでいたあの暖かな時間。


このまま眠りについたら、さようなら。


溢れ出す熱い涙と血を感じながら、私は最後の別れを口にした。


「ごめんね、エリナ」


「ごめんね、パパ」


「ごめんね、ママ」


「もし私がいなければ、きっとみんなは幸せに――」


掠れた声が闇に溶けて消えゆく。


私は暖かな花畑で、愛する母の温もりに包まれながら、幸せな夢のまま永遠の眠りについた。

【作者から、ひとつだけお願いです】


少しでも、

「何かが残った」

「続きを見てみたい」

と思っていただけましたら、


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