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【36万PV感謝】罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~  作者: 水無瀬 霧乃
悪役令嬢・サリス編

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363/382

363.公爵令嬢の大失態

リリスはサファイアの前に立つと、侯爵に向かって愛らしい笑みを向けた。


「公爵令嬢にそうお褒めいただき、光栄の至りに存じます」


侯爵が丁寧に頭を下げた瞬間、リリスは平然と言い放った。


「私、その青い石がとても気に入りましたの。ぜひ、私に譲ってくださいな」


広間に、一瞬の静寂が落ちる。


「え……?」


エース侯爵は予想外の要求に言葉を失い、瞬きを繰り返した。


「お譲りする、とは……。公爵令嬢、これは他国からの外交の証として贈られた大切な品。いかにタロシア公爵家からのご所望とはいえ、軽々しくお渡しできるものではございません」


侯爵がやんわりと拒絶を示す。


しかし、リリスの表情は全く崩れない。


彼女の頭の中には、私が吹き込んだ「エース家は地方の男爵家に過ぎない」という偽情報が絶対の真実として君臨している。


「まあ。地方の男爵家ごときが、王都の中枢を担うタロシア公爵家のお願いを断るおつもり?」


リリスの高く冷たい声が、広間に響き渡る。


「だ、男爵風情だと……?」


侯爵の顔から血の気が引き、怒りで頬が痙攣し始める。


だがリリスはそれを気にかけることもなく、さらに侮辱の言葉を重ねた。


「その美しい宝石は、あなたたちのような下位貴族が持つには過ぎた品ですわ。タロシア公爵家の宝物庫で保管する方が、この石にとっても幸せなはずよ」


リリスは振り返り、控えていた自身の従者と騎士へ顎で指示を出した。


「その石を箱にしまいなさい。私が持ち帰りますわ」


「なっ……! 控えよ! ここは私の屋敷だぞ!」


エース侯爵が激怒して叫び、侯爵家の護衛たちが剣の柄に手をかける。


しかし、タロシア公爵家の圧倒的な権力を背景に持つリリスの従者たちは、躊躇うことなく台座からサファイアを取り上げ、用意していた箱に収めてしまった。


広間は騒然となり、誰もが幼い公爵令嬢の暴挙に息を呑んだ。


その時だった。


広間の上座で事態を静観していた、異国の伝統的な衣装を身に纏った来賓が、ゆっくりと立ち上がった。


「タロシア公爵令嬢。その振る舞いは、看過できませんな」


その落ち着いた低い声に、リリスは不満げに眉をひそめた。


「あなたは誰かしら。私がエース男爵から品物を譲り受けたことに、何か文句があるの?」


来賓の男は静かに首を横に振り、広間全体によく通る声で告げた。


「エース家は、建国より続く由緒ある侯爵家。決して男爵などではございません。そして、そのサファイアは、我が国がメニア王国とエース侯爵家への敬意の印として、国王陛下の名代として私が直接お渡ししたものです」


リリスの顔から、一瞬にして完璧な笑みが剥がれ落ちた。


「……侯爵家? 外交の証?」


「左様です。それを強引に奪い取る行為は、エース侯爵家への侮辱にとどまらず、我が国に対する重大な宣戦布告と受け取りかねません。タロシア公爵家は、我が国と戦争を望んでおられるのか?」


男の鋭い追及に、広間の空気は完全に凍りついた。


リリスは持っていた扇を取り落としそうになり、指先をわずかに震わせる。


計算違い。


前提条件の崩壊。


彼女の頭の中で、自分がしでかした事の重大さが急速に組み立てられていく。


下位の男爵から宝を奪うだけの遊戯が、他国を巻き込む国際問題へと一瞬で変貌したのだ。


リリスの顔面は蒼白となり、彼女の背後に控えていた騎士たちも、事の重大さに気づいて冷や汗を流し始めた。


事件の報告を受けたカスト様は、激しい怒りと共に顔色を失った。


タロシア公爵家は翌日から、前代未聞の不祥事への対応に追われることになった。


強奪したサファイアは即座にエース侯爵家へ返還され、カスト様は自らエース侯爵の元へ赴き、深い謝罪と共に莫大な賠償金を支払うことを約束した。


さらに、怒りを露わにした他国の使者への弁明と、王家への報告。


各方面への根回しと謝罪のために、公爵家の資金が湯水のように消えていった。


私が目論んだ「一度の失敗」は、予想を遥かに超える巨大な炎となってタロシア公爵家を焦がしたのだ。


そして、全ての原因を作ったリリスには、当然のことながら重い罰が下された。


カスト様は普段の甘やかしを捨て、彼女に一か月の自室謹慎を命じた。


家庭教師の数を倍に増やし、外部との接触を完全に断ち切り、朝から晩まで厳しい礼儀作法と貴族の義務を徹底的に叩き込むことになったのだ。


私は謹慎を命じられた娘の部屋の前で、固く閉ざされた重い扉を見つめていた。


計画は成功した。


彼女は自分が世界の中心ではないと思い知らされ、厳しい教育の枠の中に押し込められた。


これで、彼女の狂気も少しは収まるはずだ。

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