表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
338/346

第338話 さようなら、悲劇のヒロインだった私

数日後。


王都の賑わいから少し離れた丘の上に、タロシア家のお墓が静かに建っていた。


薄い朝霧が漂う杉林の道を、黒い馬車が静かに進んでいく。


窓から入ってくる風はひんやりとしていて、湿った土と草木の匂いがした。


私は膝の上で両手を重ねて、隣に座っているお父様の横顔をこっそり見た。


数日前の疲れ切った様子とは違って、今日のお父様はとても落ち着いていた。


ただ、以前よりも白髪が増えて、目尻のシワも深くなったように見えた。


それは、娘の私を守るために、お父様が苦労してくれた証拠だった。


「……着いたね」


馬車が止まると、お父様はポツリとつぶやき、先に降りて私に手を差し伸べてくれた。


その手は大きくてゴツゴツしていたけれど、とても温かかった。


私は迷わずにその手を握り返して、馬車から降りた。


頭の上では小鳥が鳴いていて、木漏れ日が苔むした石畳にキラキラと模様を作っている。


ここは、私のお母様、サリス・タロシアが眠っている場所だ。


生きている頃、私を誰よりも愛してくれて、そして私のせいで……ううん、運命のいたずらで早くに亡くなってしまった人。


歩くたびに、胸の奥でドキドキと心臓の音がする。


昔は申し訳なくて息が詰まりそうだったこの場所が、今は不思議と、懐かしくてホッとするように感じられた。


木々の間を抜けた先に、白い大理石のお墓が朝日に照らされて輝いていた。


周りには季節のお花が飾られていて、ホコリ一つなく綺麗に掃除されている。


お父様がどれだけ何度もここに来て、亡くなったお母様を想っていたかが、痛いほど伝わってくる。


「……サリス。来たよ」


お父様はお墓の前に進み出ると、手に持っていた白い菊の花束を供えた。


そして膝をついて、冷たい石に額をコツンとくっつけた。


「リリスを連れてきたよ。……ずっと、合わせる顔がないって避けていたけど……やっと、連れてくることができた」


お父様の声は、神様に謝っているみたいに低く震えていた。


私はその背中の隣に膝をついて、お母様の名前が彫られた文字を見つめた。


『愛する妻であり母 サリス・タロシア ここに眠る』


文字をなぞるように、じっと見つめる。


お母様。


聞こえていますか。


あなたの娘は、元気に生きています。


何度も死にそうになったり、自分から命を絶とうとしたり、薬に頼って、心を壊しかけました。


でも、今、私はここにいます。


「……お母様」


私は胸に手を当てて、心の中で話しかけた。


声に出したら、気持ちがあふれて泣いてしまいそうだったから。


私は……許してもらえました。


お父様に、愛されているんだって分かりました。


そして、……エリナお姉様とも、本当の家族になれました


左腕の傷跡が、服の下で少し熱く感じる。


それはもう痛い思い出じゃなくて、私が愛された証拠。


お父様が涙を流してくれて、お姉様が命がけで守ってくれた、私が生きているしるし。


私は、完璧な娘ではありませんでした。


お母様みたいな、おしとやかで綺麗な公爵夫人にはなれないかもしれません。


……でも、それでいいんだよって、お父様が言ってくれました


横を見ると、お父様の肩が震えているのがわかった。


「サリス……ごめん。……私は、あの子を守るって約束したのに、逆に追い詰めてしまった。……私の理想を押し付けて、あの子の心を壊しかけてしまった」


お父様は、冷たいお墓の石を優しく撫でた。


「だけど、もう二度と間違えない。……この命に代えても、リリスを守り抜くよ。……あの子が笑って過ごせるなら、私はなんでもしてみせる」


その言葉に嘘はない。


地下市場を焼き払って、法律を破ってまで私を守ろうとしてくれたお父様なら、本当に世界中を敵に回してでも私を守ってくれるだろう。


そのちょっとやりすぎなくらいの愛情が、今の私にはとても心地よかった。


私はお父様の肩に手を置いて、そっと寄り添った。


「お父様。……お母様はきっと、怒っていませんよ」


「リリス……」


お父様が顔を上げて、涙で濡れた目で私を見た。


「だって、お父様はこんなにも私を愛してくれているんですから。……お母様も、空の上であきれながら笑っているはずです。『相変わらず不器用な人ね』って」


「……そうか。……そうだと、いいな」


お父様は少し笑って、大きな手で私の涙を拭いてくれた。


「行こうか、リリス。……これからは、前を向いて歩いていこう」


「はい、お父様」


私たちは立ち上がって、お墓におじぎをした。


風が吹き抜けて、木々がざわめく音が、まるでお母様が拍手してくれているように聞こえた。


帰り道、お父様は自然と私の手を引いてくれた。


小さい頃みたいに、手を引かれるままに歩く。


その手は温かくて力強くて、私を明るい未来へ連れて行ってくれる気がした。


馬車に乗る直前、私はもう一度だけ振り返った。


光に包まれた白いお墓が、優しく私たちを見送ってくれているように見えた。


さようなら、悲劇のヒロインだった私。


これからは、愛される娘として、ちょっと不器用な家族と一緒に、しっかり生きていく。


空はどこまでも高く、すっきりと晴れ渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ