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第335話 本当の姉妹

自分のお部屋に戻り、ロキナが淹れてくれた温かい紅茶に口をつける。


懐かしい茶葉の香りが、こわばっていた私の心をふわりと解きほぐしてくれた。


「お嬢様、やっぱりこのお屋敷がお嬢様には一番です」


ロキナは私のそばで、心からホッとしたような顔をしている。


けれど、その瞳の奥に、消えない怒りのようなものが揺らめいていることには気づいていた。


「……あの人たちが来てからというもの、このお屋敷の空気はすっかり悪くなってしまいました。旦那様は変わってしまわれ、お嬢様は心を痛められて……。あんな身分の低い子が、タロシアの名を継ぐなんて……!」


ロキナの声には、隠しきれない敵意と見下すような響きが混じっていた。


私を大切に思うあまり、私以外のすべてを『敵』とみなしているのだ。


以前の私なら、その言葉に静かにうなずいていただろう。


でも、今は違う。


「ロキナ」


私は静かにカップを置いた。


「エリナお姉様は……私のために、命をかけてくれたの」


「……え?」


ロキナが驚いて目を見開く。


私はゆっくりと話し始めた。エリナお姉様が脅迫者の存在を知り、私を守るために一人で危険な取引に向かってくれたこと。そして悪い組織と激しく戦って、胸に命に関わるほどの大けがを負ってしまったことを。


「お姉様は、その傷を隠していたのよ。私に余計な心配をかけないためにね。私が目の前で服をめくり上げるまで、痛がるそぶりすら見せなかったの」


ロキナの顔から、さっと血の気が引いていく。


「そ……そんな……。あの方が……お嬢様のために……?」


「ええ。私が勝手に誤解していたの。お姉様は、私のものを奪うような人じゃなかった。ただ、不器用で、真っ直ぐで……私を家族として大切に思ってくれていた、たった一人の姉だったのよ」


私の頭の中に、血だらけになりながらも無理して笑おうとしていた、エリナお姉様の顔が浮かぶ。


「お姉様は、ただ少し不器用なだけなの。だから、大目に見てあげてね」


私がそう言うと、ロキナの瞳からまた涙があふれ出した。


それはさっきの嬉し涙とは違って、自分の偏見を恥じ入り、同時に私が救われたことにホッとするような、複雑な涙だった。


「……わかりました。このロキナ、浅はかでございました……」


彼女は深く、深く頭を下げた。


ロキナの敵意がすっと溶けていくのを感じて、私は立ち上がった。


「お姉様のお見舞いに行ってくるわ。お部屋はどこかしら?」


「私がご案内いたします」


ロキナは涙を拭いて、私をエリナお姉様が休んでいる客室へと案内してくれた。


扉をノックすると、中から少し慌てたような声が聞こえてきた。


「は、はい! ど、どうぞ!」


私が扉を開けると、寝台の上で体を起こしたエリナお姉様が、きょとんとした顔でこちらを見ていた。


胸には真っ白な包帯が巻かれている。


「具合は、いかがですか? お姉様」


私の手には、ロキナが用意してくれた、傷の治りを良くする薬草のお茶セットがあった。


「リ、リリス!? わざわざ来てくれたの……? 私は大丈夫だよ、この通り!」


エリナお姉様はそう言って、元気なところを見せようと腕を動かしたけれど、傷に響いたのか、少しだけ顔をしかめた。


私は寝台のそばの椅子に座り、お姉様にカップを手渡した。


「無理はしないでくださいね。お医者様から絶対安静って言われているんでしょう?」


「う……。まあ、そうなんだけど……」


気まずそうに目をそらすお姉様。


そのしぐさが、どこか子供っぽくて微笑ましかった。


私たちは、言葉少なにお茶を飲んだ。


でも、気まずい沈黙じゃない。


わだかまりという重い鎧を脱ぎ捨てたような、穏やかで温かい沈黙だった。


「……まさか、こうしてリリスとお茶を飲める日が来るなんて、思ってもみなかったな」


お姉様がぽつりとつぶやいた。


「私もです、お姉様。……私、ずっとお姉様のことが怖かったの。私の居場所も、お父様の愛情も、全部奪っていくんじゃないかって」


「そんなことないよ! 私は、リリスみたいになりたかったんだ。綺麗で、完璧で、誰からも尊敬されてて……。リリスは、私の憧れだったんだよ」


照れくさそうに、でも真っ直ぐな瞳で言われた言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


私たちは、お互いに見当違いの思い込みを抱えて、ずっとすれ違い続けてきたんだわ。


「ふふ……。私たち、本当に馬鹿な姉妹ですね」


「ほんと、だよな」


私たちは顔を見合わせて、一緒に笑った。


それは、過去のすべてを水に流して、本当の姉妹として歩き出すための、始まりの合図だった。


窓から差し込むお日様が、お茶の湯気をきらきらと照らしていた。

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