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第220話 限界線

ガーナー領の領主館、静寂が支配する執務室。


分厚い樫の木の扉は固く閉ざされ、石造りの壁が外界の音を完全に遮断している。


黒檀の執務机の上には、タロシア公爵家の紋章が刻印された私財の帳簿が広げられていた。


私の視線は、羊皮紙に記された数字の列に固定されている。


現在、私が自由に使用できる手元の資金は、数十金貨。


地方の平民が一生をかけても稼げないほどの莫大な額。


だが、あの薄暗い小屋で突きつけられた要求の前には、路傍の小石に等しい価値しか持たない。


机の傍らの床には、鈍い金色の錠剤が三十個詰まった、無骨な布製の背嚢が置かれている。


一ヶ月以内に支払わねばならない額は、三十日分の三百金貨。


帳簿の数字と、背嚢の重さが、冷たい現実として私の目を刺激し続ける。


胃の底に沈む薬が微かな熱を放ち、極度の恐慌状態を辛うじて抑え込んでいるが、指先は微かに震え、呼吸は浅く速い。


私は羽ペンを手に取り、白紙の羊皮紙に視線を移す。


三百金貨を、タロシア家の帳簿に痕跡を残さず、しかも一ヶ月という短期間で捻出する方法。


私の脳裏に、一つの手段が浮上した。


現在、私が全権を握るこのガーナー領の税収を、秘密裏に横領し、私財に組み込むこと。


帳簿の操作は、私ほどの教育を受けた者であれば容易い。


だが、その思考が形を成した直後、私は羽ペンを強く握り締め、その考えを即座に破棄した。


それを実行すれば、領地の財政は即座に破綻の危機に瀕する。


福祉を廃止し、過酷な競争を強いてまで復興させた領民たちの血税。


大金を引き抜けば、働けない者たちは文字通り飢え死にする。


そして何より、私をこの地へ送り出したカシリア殿下や、私を信じてすべてを委ねたガロス、そして私のすべてを受け入れ、文字通り血と泥に塗れて傍にいてくれるナミスに対する、取り返しのつかない裏切りとなる。


彼らの信頼と忠誠を金貨に換えて生き延びることは、公爵令嬢としての矜持が許さない。


ならば、王都にいる父、カスト・タロシア公爵から資金を引き出すしかない。


私は羽ペンを走らせ、可能な口実を書き連ねる。


装飾品やドレスの購入。


私は筆を止め、文字を黒く塗りつぶした。


この辺境のガーナー領に、三百金貨を要求するような高級品を扱う商会など存在しない。


不自然な出費は、父の疑念を即座に招く。


領地復興のための追加支援金。


その名目で父に資金を要求すれば、彼は娘の活躍を喜び、ガロスに直接手紙を送り、金の使い道を確認するはずだ。


支援金が領地の帳簿に記載されていなければ、即座に横領が露見する。


では、私自身の病の治療費として、高額な薬代を請求するか。


これも不可能だ。


月三百金貨という莫大な額を消費する病とは何か。


父は必ず優秀な医師団を率いて、私を王都へと連れ戻し、精密な検査を強行する。


私が禁薬に完全に依存し、幻聴に苛まれる精神崩壊の淵にあることが白日の下に晒される。


タロシア公爵家の娘であり、王太子の婚約者という地位。


その完璧な虚像が剥がれ落ちれば、私は「壊れた欠陥品」として扱われる。


王妃の座はおろか、公爵家の籍すら剥奪され、見捨てられる運命が確定するだろう。


薬の効力が、私が悲鳴を上げて狂乱することを防いでいる。


だが、論理的な思考がもたらす結論は、どれも破滅の壁に行き当たっていた。


私は羽ペンを置き、両手で顔を覆った。


冷え切った指先が、熱を持った頬に触れる。


どのような名目を用いても、三百金貨という異常な大金を、秘密裏に引き出す手段が見つからない。


「どうすれば……」


私の口から漏れた声は、ひどく掠れ、乾き切っていた。


病を隠し通し、完璧な公爵令嬢の仮面を被ったまま、大量の金貨を生み出す術。


時間だけが無情に過ぎ去り、三十日という期限が私の首をゆっくりと絞め上げている。


ふと、何か思いついた。


「あ……そうだわ、ロキナならば…!」

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