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第211話 生きてる実感

荒野の風が直接頬に当たり、冷たい空気が肺の底まで流れ込む。


心臓が肋骨を強く叩き、指先が鞍の革をきつく握りしめている。


手綱を引くナミスが、振り返って私を見上げた。


「リリス様。馬の動きには少し慣れましたか」


私の視界は、前後左右に揺れる地面と、前方の枯れた草を捉え続けている。


「慣れるはずがないわ。ずっと揺れていて、落ちそうよ」


声が微かに震え、自分でも驚くほど高い音域で響く。


ナミスは栗色の瞳を細め、穏やかな表情を向けた。


「では、もう少しだけ速度を上げてみましょうか」


「少し……待って。今でも十分に怖いのに、これ以上速くするの」


「大丈夫です。僕が手綱をしっかりと握っております。落ちることはありません。ただ前を向いて、身を任せてください」


ナミスが舌を鳴らし、馬の歩調が変化する。


ガタガタという不規則な揺れが、大きな波を打つような力強い上下運動へと変わった。


蹄が乾いた土を蹴る音が、一定のリズムで響き始める。


私の体が大きく宙に浮き、再び鞍に叩きつけられる。


「きゃっ……」


私は両手で鞍の前部をさらに強く握り込み、腕の筋肉を硬直させた。


冷たい風が勢いを増し、桜色の髪が激しく乱れて視界の端を飛び交う。


周囲の荒野の景色が、先ほどよりも速く後方へと流れていく。


「少し、力を抜いてください。馬の背の動きに合わせて、膝で挟み込むのです」


ナミスの声が、風の音に混じって届く。


「力が……抜けないわ。怖い、高いわ」


私は息を短く吐き出し、ただひたすらに現在この瞬間の揺れと速度に対応することだけを考えていた。


物理的な恐怖と、体験したことのない速度の刺激。


落ちれば大怪我をするという明確な危機感が、私の全精神を今この場所へと強く引き留める。


薬が足りないことによる思考の鈍麻、昨日感じた自己嫌悪、闇組織に支配されているという絶望。


それらの感情が入り込む隙間は、この激しい揺れの中には一切存在しなかった。


土の匂い、風の冷たさ、馬の体温が、私の感覚を直接的に刺激し続ける。


「リリス様、前を見てください。広がる景色を感じるのです」


ナミスの指示に従い、私は固く閉じていた目を少しだけ見開いた。


灰色の空の下、限りなく続く荒野。


くすんだ色の世界だが、その一つ一つの輪郭が、強い刺激によって極めて鮮明に私の目に刻み込まれる。


「ナミス……これ、本当に……」


私の声は風に掻き消されそうになるが、確実に彼へと届いていた。


「はい。これが乗馬です」


私は浅い呼吸を繰り返し、少しずつ馬のリズムに体を合わせようと試みる。


膝に力を入れ、背筋をわずかに伸ばす。


恐怖は消えない。


しかし、その恐怖は私を暗い底へ引きずり込むものではなく、私の冷え切った血流を強制的に温め、生への執着を呼び起こすものだった。


「少しだけ、分かってきた気がするわ」


「素晴らしい適応力です。その調子です」


ナミスが並走しながら、私を見上げて微笑む。


私は鞍を握る手の力をわずかに緩め、風を正面から受け止めた。


「もっと……速くしてもいいわよ」


私が発した言葉に、彼が少しだけ目を見開くのが見えた。


「畏まりました。では、もう少しだけ」


馬の速度がさらに上がり、私は強い風の中で、久しぶりに自分自身の意志で呼吸をしている事実を実感していた。

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