08 王都へ
ちょっと短いです。
熱が完全に下がり、ある程度体力が戻るまでおよそ二週間。小まめに休憩を取りならゆっくり進み、夜間は可能な限り宿を取って休ませるようにするのであれば、馬車での移動も可能だという軍医の許可が出た。
シグリットから、出発前に街で世話になった者達に挨拶をして行きたいという申し出があった。付き添いとして同行したエルドリートは、彼女が随分と慕われていた事を知った。人との関わりを最小限に抑えていたとは言え、人付き合いそのものを否定していた訳では無いのだ。数少ないシグリットの知人らは、皆一様に彼女との別れを惜しんだ。薬屋の店主などは付き添っていたエルドリートを見て何か勘違いしたらしい。「いい子なんだ、幸せにしてやってくれ」などとよく分からない事を言われ、内心激しく動揺する一幕もあった。
「これも基地に寄付してくれるの?」
「うん、全部持って行って。皆の口に合うかはわからないけど」
「ううん、きっと喜ぶわ。とっても美味しいもの」
挨拶回りが終わると、次は家の整理だった。長く家を空ける事になる。シグリットはカルラを手伝わせて家の保存食を整理していた。ほとんどは南方騎士団の食堂へと寄付されることになったが、一部はマティアスやトマスがちゃっかり頂いていた。幾つか気に入った塩漬けがあったらしい。アルベールは苦笑いしていたが、後でこっそり林檎の蜂蜜漬を貰っているのを見つけて、エルドリートは生暖かく見逃してやった。
調合してあった日持ちのする薬品類は、何割かは薬屋へ、そして残りはこれもまた騎士団へと寄付されることになった。一部は公開出来る範囲で処方箋も付けてあった。これは基地の薬師らに届けられるだろう。
「お世話になったから」
とシグリットは言う。
「義理堅いというか……なんというか、お人好しだよな、お前」
そう言って揶揄すると、性分なんだから仕方ないと、苦笑いが返ってきた。お人好しな分気苦労も多いと思うのだが。やはり心配になる。
「長くかかるようなら、家の処分も考えた方がいいのかも」
シグリットは思案する様子を見せた。留守中は南方騎士団が見回りをする手筈になっていたが、真面目で遠慮がちな魔女は、あまり長期間だと申し訳ないからと眉尻を下げて笑った。年月を経ても若々しいままであるのを訝られる事を避けて、数年ごとに移住を繰り返す生活だった為、手持ちの荷物はそれほど多くは無いらしい。着替えと、大事な蔵書数冊に研究書類、そして薬草の種。肩掛け鞄一つに大き目のトランク二つもあれば、全て収まってしまう量なのだそうだ。あとは、家を調度類ごと売り払って終わり。
訳有りで、しかもあまり丈夫ではない身体を抱えての流浪の旅を思い、エルドリートはやるせない気分になった。この生活を、なんとしても終わらせてやりたい。その思いを強くした。自分に出来る事はほとんど無い。だが、せめて支えにはなってやりたい。
そして出立の日の早朝。まだ、多くの騎士らは眠る時間帯。
この日、エルドリートらはシグリットを伴って帰還する。南方騎士団のカルラとトマスも同行することになった。技術と知識を深める為の長期研修という名目で派遣されることになったのだ。だが、親しくなった友人の完治を見届けるようにというヤン・ペルレ司令官の気遣いが、多少なりともあるように感じられた。
「シグリット殿。元気になられたら、また是非オスティーユにおいでください」
「はい。大変お世話になりました。皆様にもどうぞよろしくお伝えください。ペルレ様も御身体にはご自愛くださいますよう」
ヤンはシグリットの手を取り、嫌味にならない仕草で軽い口付けを落とす。騎士らしくも彼らしさを損なわない飾らない挨拶に、シグリットも穏やかに返した。エルドリートはヤンと、こちらは力強い握手を交わした。
「ペルレ殿、この度は多大なご協力を頂きありがとうございました。後日、王太子殿下より御礼状が届けられるかと思います」
「それは光栄だ。殿下にもどうかよろしくお伝え頂きたい」
先に馬車に乗り込んだカルラが、シグリットを労わる様にして中に引き入れる。トマスが御者台に座り、馬車の両脇をアルベールとマティアスが固め、殿をエルドリートが引き受けた。
「行くぞ」
エルドリートの合図で馬車がゆっくりと走り出した。
そして。
無事任務を果たしたエルドリート隊の王都帰還を以て、魔女捜索及び保護の密命は解除され、各騎士団へと伝達された。魔女発見の報は各地の特命騎士らに驚きをもって迎えられることとなる。
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エピソード0を一本入れて、次は第二章です。