EP0 ある事件の記録「王太子ジークフリートの日記」(一部抜粋)
断片的な過去編です。
(7/11 矛盾点、誤字修正)
--年--月--日
士官学校以来会えていなかった友人に久しぶりに会った。青騎士を拝命したそうだ。順調に夢を叶えているようで何より。今度秘蔵の酒でも出して祝ってやろう。
--年--月--日
父上の棚から秘蔵の酒をくすねたことがバレた。美味しかったと正直に申し上げたら本気で怒られた。
--年--月--日
ユリウスが城仕えになったら、毎日会えるようになった。馴染みの顔が増えるのは嬉しい。
--年--月--日
将来有望な新人株としてユリウスの名がよく聞こえるようになった。御令嬢方の熱い視線を一身にに受けているようだが、本人はどこ吹く風だ。鍛錬に励み、腕を上げるのが楽しくて仕方ないらしい。昇進の話も出ているそうだ。この調子で出世して欲しい。
--年--月--日
隠居して田舎に引っ込んでいた元王宮薬師オルファレイス殿が亡くなった。まだ五十を過ぎたばかりと記憶していたが、惜しい方を亡くしたものだ。父上は酷く落ち込んでおられた。幼い頃の遊び仲間だったそうだ。
--年--月--日
オルファレイス殿には養女がいらしたそうだ。何度か会ったことがあるらしい魔導師団長殿はいたく気に入っておられる。薬師としての才だけでなく、どうやら魔法の才能もあるとのこと。もしかしたら魔導師団で引き取るかもしれない。何やら薬師連中と揉めていた。有能な人物が仕えてくれるのなら、どこの所属でも構わない。
--年--月--日
オルファレイス殿の養女シグリット嬢が登城した。主張の激しい華やかな(というか正直派手過ぎると思うのだが)御令嬢方と違い、黒髪黒眼の聡明そうな慎ましい娘だ。まだ若く年の頃は私やユリウスと近そうだったが、噂では一人前の薬師として独立出来るほどの腕前らしい。師の教えも良かったのだろうが、本人の努力によるところが大きいと見ている。将来が楽しみだと薬師達が騒いでいる。だが、どうやら魔導師団預かりになるようだ。
--年--月--日
シグリット殿の発案で、薬草園の整備をしたらしい。使い勝手が良くなったと評判だ。魔導師団長シュレーゲル殿が娘を勝手に使うなと大層ご立腹だ。いつの間にシグリット殿はシュレーゲル殿の娘になったのだろう。
--年--月--日
と思っていたら、シュレーゲル殿の単なる妄想だった。御子息しかおられないので、娘が一人は欲しかったそうだ。御子息のどなたかに嫁いだのかと、何故かユリウスが焦っていた。おや?
--年--月--日
シグリットの成長が目覚ましく、魔導士としての名もよく聞こえるようになった。毎晩遅くまで修練と研究に勤しんでいるようだ。私も何度か見かけた事があるが、あまり無理はしないで欲しいとも思う。
そういえば最近シグリットの噂がユリウス経由で入ってくるようになった。あいつ、やけに詳しいな。
--年--月--日
シグリットと会食する機会があった。相変わらず慎ましいが、受け答えは機知に富み、彼女との会話は飽きが来ない。調薬における治癒魔法の補助については実に興味深かった。ユリウスは試作品をよく貰っているらしい。面白そうなので後で少し分けて貰おう。
--年--月--日
特別製だからと言って分けてくれなかった。解せぬ。
--年--月--日
最近ユリウスとシグリットが一緒に居るのをよく見かけるようになった。ユリウスがあんなに柔らかく笑うとは知らなかった。ようやくあいつにも春の訪れがあったようだ。友としてとても嬉しい。
--年--月--日
まだ……告白していない……だと……。
--年--月--日
じれったくて床を転がりそうだ。男ならもっと押せ!
--年--月--日
い い か ら さ っ さ と 告 白 し ろ 。
--年--月--日
最近黒の森の瘴気濃度の上昇が認められた。監視を強めねばなるまい。
瘴気と言えば、最近魔導師団と王宮薬局の男どもから謎の瘴気が溢れている。シグリットは随分人気があるようだ。さもありなん。
--年--月--日
エリィはシグリットがお気に入りらしい。シグリットと居ると落ち着くのだそうだ。歳の近い話し相手が出来て嬉しいようだ。
(資料部注:エリィは王太子妃エリザヴェータの愛称)
--年--月--日
妹が留学先から帰国した。幼く我儘だったあのナタリヤが、姫として相応しい淑女になったものだ。兄として涙を禁じ得ない。
そういえば、ユリウスとシグリットに興味があるらしい。
若き英雄と誉れ高きユリウス、薬学に明るく魔導の才溢れるシグリット、どちらも若手の有望株だ。才能だけでなく、その人柄、その姿勢、学ぶところは多い。よく見習うと良い。
--年--月--日
おめでとうユリウス!!
私は嬉しい!!
身分が釣り合わぬのではないかという声もあるが、ユリウスに恋慕している御令嬢方のやっかみだろう。オルファレイス子爵の養女でもあるし、シュレーゲル殿の後ろ盾があれば問題無い。何より人柄が優れている。友よ、どうか幸せに。シグリットも良い奥方になるだろう。
--年--月--日
ユリウスが副団長にと推されている。史上最年少の快挙だ。あいつならやれる。それだけの力も人望も実績もある。シグリットも上級魔法の使い手として前線で活躍中だ。幹部候補としても名が上がるようになりつつある。
将来、二人が私の隣に立つ。その日が来るのもそう遠くはないのかもしれない。
--年--月--日
最近ナタリヤはユリウスやシグリットにべったりだ。親しくするのは構わないが、あまり仕事の邪魔になるのは困る。後で諫めておこう。
(資料部注:日記、一部紛失。日付が数ヶ月飛ぶ。この頃王太子の公務増加の為、該当期間の日記自体存在しない可能性有り)
--年--月--日
ナタリヤの縁談が決まらない。どうしても嫁ぎたい殿方が居るとかで、全て断っているらしい。兄としては応援してやりたいが、相手は誰だろう。
--年--月--日
エリィから相談があった。ナタリヤがユリウスに懸想しているらしい。なんとかシグリットを言い聞かせてユリウスから身を引かせるように説得を頼まれたとのこと。
ナタリヤ、ユリウスは駄目だ。年内には式を挙げるのだ。婚約者の居る殿方に言い寄るなど、卑しい真似をするものではない。本来心根の悪い女ではないはずだが、我儘は直っておらなんだか……。
--年--月--日
ナタリヤには改めて教育係が付けられることになった。厳しいと評判のカルロッタ女史やヤルミル老師ら錚々たるメンバーだ。ナタリヤは難色を示したが、これらを熟さねば修道院送りも視野に入れると父上に厳しく叱責された。決して脅しではないそうだ。このままでは王家の面汚しになる。
--年--月--日
北方騎士団より、黒の森に不穏な予兆の報あり。
監視の強化と騎士団、魔導師団の増援決定。大事にならなければ良いが。
--年--月--日
黒の森に邪竜出現、魔物下位種の集団暴走発生の報あり。既に周辺領地への被害拡大。死者、行方不明者、負傷者多数。第一戦闘配備を発令した。
頭が痛い。
黒の森への派兵が決定した。騎士団、魔導師団共に幹部クラスの大半が参加する。ユリウスとシグリットもだ。頼む、無事帰ってくれ。
--年--月--日
嫌な予感がする。
ただの予感で済めばいい。
次期国王として、城から離れられない自分がもどかしい。あいつらの側に行きたい。
ああ、神よ。
--年--月--日
■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■、■■■■■■■■。
(資料部注:高い筆圧による破損、滲み多数の上、黒塗りされ判読不可。鑑定の結果、黒塗りは王太子本人によるものと判明)
--年--月--日
ユリウスが死んだ。
邪竜を倒し、集団暴走の掃討は完了したが、あいつは還らなかった。潜んでいた残党に襲われ、シグリットを庇って死んだそうだ。毒と瘴気による侵食速度は凄まじく、シグリットの治癒魔法を以てしても助からなかった。作戦行動中の多数の白騎士や治癒魔導士の犠牲、そして彼女自身の消耗が大きかったのも良くなかった。
あの馬鹿野郎、シグリットを行かず後家にしやがった。
ユリウスとシグリットは邪竜を倒した救国の英雄として讃えられたが、当のユリウスはもう還らない。シグリットも辛いだろうに、帰還後事後処理に尽力した。否、まるで自分を殺したがっているような働き様だった。
ユリウス。
お前は本当に馬鹿だ。
--年--月--日
あの気丈なエリィが泣いていた。シグリットの力になってやれないと泣いていた。私だって無力だ。私はエリィと抱き合えるのに、シグリットを抱き締めてやれる相手はもう居ない。
--年--月--日
■■■■■■、■■■■、■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■、■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■。
(資料部注:高い筆圧による破損、滲み、黒塗り多数により判読不可。なお同日、ユリウスら殉職者の国葬が執り行われている)
--年--月--日
昨日の国葬でユリウスを見送った。立派な葬儀だった。だが全て終わった後、シグリットが倒れた。酷く衰弱し、高熱を出して寝込んでいる。見舞ったが、見ていられないほどやつれていた。友人として、どうしたらよいのか、わからない。
--年--月--日
ナタリヤがシグリットの病室に見舞いと称して侵入し、見当違いにもユリウスの死亡責任を■■■■■した上に、罵詈雑言■■■■■■、挙句に暴■■■■■■暴挙に出た。護衛の騎士は二人きりで■■■■■■王女の命令を断れなかったようで、事件発覚が遅れた。近衛騎士まで出動する騒ぎになった。
父上が自室謹慎を申し付けた。■■■■■投獄■■だが、王族■■■■■■この処置■■■■■。
兄として、シグリットに謝罪せねばなるまい。どんな顔をして会えばいい。ユリウス、すまない。
(資料部注:強い筆圧による破れ多数、一部判読不可)
--年--月--日
国内の瘴気浄化と掃討作戦がかなり進んだ。あの日、ユリウスやシグリットらが命懸けで戦ってくれたお蔭だ。
ありがとう、ユリウス、シグリット。そして楽土へと旅立った英霊達よ。
--年--月--日
あれから二ヶ月経った。
シグリットは魔導師団に復帰した。淡々と日々の仕事をこなしている。が、時折何か酷く思い詰めた様子だ。やはり心配だ。
--年--月--日
訓練中にシグリットが奇妙な発作を起こして倒れた。激しい胸の痛みで医療棟に担ぎ込まれて現在も治療中だ。復帰後、何度か発作があったらしい。何故言わなかった。重大な病でなければ良いが。
--年--月--日
シグリットが呪いに侵されていると判明した。呪術専門の白騎士や治癒魔導士を手配し、診察と治療、調査を進めている。呪いによる発作も激しく、面会謝絶が続く。
--年--月--日
感染性の呪いでは無い事が判明した。不幸中の幸いか。
しかし、凄まじい苦痛を伴う呪いとのこと。何度か見舞い中に発作が起き、呪いの悍ましさを目の当たりにした。シグリット、君まで死ぬな。君まで私を置いていかないでくれ。
--年--月--日
呪いを掛けた下手人は未だ見つからず。心当たりが無いかシグリットにも尋ねたが、明確な回答は得られなかった。本当に心当たりが無いのか、それとも……。
--年--月--日
シグリットの発作の頻度が低くなった。だが、油断は出来ない。
呪いの発動条件は不明。魔力探査の結果、恐ろしい事に、複数の呪いが複雑に絡み合って掛けられているらしい事、そしてどうやらその一つに半永久的な不死、もしくはそれに準ずる呪いがある事が判明した。細胞の老化速度が極端に緩やかになっているらしい。
呪いを解かねばシグリットは半永久的に、あの激痛に苛まれることになるのか。誰がそんな恐ろしい呪いを掛けたのか。許せない。
--年--月--日
シグリットから退職願が提出された。受理はしなかった。父上と共に病室を訪ね、よく話し合った。せめて、呪いを解くまではここに居るべきだと諭した。一応納得してはくれたようだが、よくよく考えてみれば、これ以上あいつの想い出が詰まった場所に留まるのは、彼女にとって酷な事なのかもしれないと思い至った。離宮か静養地を手配して、そちらで静養させる事も提案した。
しかし……どうにも割り切れない思いが残る。友人として、どう支えてやればいい。私はどうしたらいい、ユリウス。
--年--月--日
シグリットが消えた。密かにしたためていたらしい引継ぎ書類や、研究中だった調剤・術式展開の技術知識、そして書置きが机の上に残されていた。療養が明けた時から、もう決めていたらしかった。
書置きには、私やシュレーゲル殿への謝罪と、懺悔の言葉が書き綴られていた。ユリウスの死は自分の所為だと、解けるかどうかも分からない呪いの為に、これ以上皆を煩わせる事は出来ないと、そんなことが淡々と書かれていた。
馬鹿な事を言うと思った。君が悪い事なんか何一つ無かった。何故、全部一人で抱え込んで消えたんだ。あんな身体で、一体何処へ。
直ぐに捜索隊を出した。見つかると良いが。
だが、私の悪い予感はよく当たる。考えたくない。
--年--月--日
半月経ったが見つからない。彼女ほどの魔法の使い手ならば、いくらでも痕跡を消して逃げられるだろう。もう、君には会えないのか。ユリウスも、シグリットも、二人とも私の前から居なくなってしまった。二人におめでとうと告げた日から、まだ一年も経っていないというのに、一体どうして。
エリィも塞ぎ込んで体調を崩し気味だ。食事だけでもきちんと採るように言い含めておいた。
--年--月--日
本当なら今日は、あいつらの晴れの日だった筈だ。
何もかもが、悔やまれてならない。机の奥には二人に贈る予定だった結婚祝いを仕舞い込んだままだ。渡す相手を欠いたまま。
--年--月--日
本日を以て捜索隊は解散した。
だが、諦めない。各地の騎士隊には常に動向を探らせ、逐一報告させる手筈を取った。
シグリット、どれだけかかっても、必ず君を見つけてやる。必ず君を治してやる。
(資料部注:この後、一年以上にわたり、日付の間隔が開く日が続く。王太子の不安定な精神状態及び公務多忙によるものと思われる)
--年--月--日
最近市井で妙な話が広まっているようだ。
将来を誓い合った姫と騎士が、騎士に横恋慕した魔女によって引き裂かれた。騎士は死に、姫の悲しみを聞き届けた神は、未来永劫罪を償い続けるよう魔女に不死と痛みの呪いを与え、激怒した王は魔女を追放した。
そんな、物語仕立ての奇妙な噂だ。
姫、騎士、魔女、呪い。不死と痛みの呪い。
キーワードが明らかに特定の誰かを連想させる。不愉快だ。
--年--月--日
例の話の流布が見過ごせない状態になった。シグリットの捜索命令を、悪しき魔女の逮捕命令と誤解する騎士も出始めたと各騎士団から報告があった。早急に正さねばなるまい。
姫、騎士、魔女。それが誰を指すのか火を見るより明らかだ。誰が、こんな悪意的な話を流したのか。議会でも話題に上った。救国の英雄たる彼女を貶めるふざけた内容の物語を流したのは誰か。
シグリットの耳にこの話が入っていなければ良いが。
シグリットはまだ見つからない。
それにしても、「騎士と将来を誓い合った姫」か。身内を疑いたくは無いが、妹を問い詰めねばなるまい。
--年--月--日
憔悴しきった様子のナタリヤがとうとう白状した。シグリットにあの恐ろしい呪いを掛けたのは妹だった。それどころかユリウスが死んだのも……なんということだ。なんという恐ろしいことを。
『ずっと気に病んでいた』、だと?
■■■■■■■■■、■■■■■■■■、■■■■■■、■■■■■■■■。
(資料部注:以下、激しいペン先の引っ掛けやインクの滲み、筆跡の乱れで判読不可)
--年--月--日
ユリウス、シグリット、本当にすまない。いくら謝っても謝り切れない。私はどう償ったらいい。
一連の事件は、どうやらユリウスを妬み暗殺を目論んだ公爵家が妹の嫉妬心を利用した結果起きたものらしいことが判明した。各部署から信頼出来る精鋭を集め、本日付けで調査委員会を設置した。必ず全てを明らかにせねばならない。
--年--月--日
会議中に倒れてしまった。頭痛と眩暈が酷く、昨日は一日寝ているはめになった。こんなことをしている暇は無いのに。彼らが受けた痛みに比べればこんなもの、比にもならないではないか。
ユリウスとシグリットに逢いたい。逢って話がしたい。
--年--月--日
反吐が出る程不愉快だ。
ユリウスの死すら仕組まれていたのだ。唆されたナタリヤはシグリットを亡き者にしようとした。だが、あの男はユリウスでもシグリットでもどちらが死んでも良かったのだ。
つまりは、あの国家の一大事を利用し、邪魔者を妬んで排除しようとした馬鹿者と、その馬鹿者どもに唆されて恋敵を亡き者にしようとした大馬鹿者が居たということだ。あまつさえ、失踪した彼女を完全に潰そうと、あんな物語まで用意して。
その結果、私は大切な親友二人を失い、リーズカンドは極めて優秀な人材を失ったということだ。ふざけるな。ふざけるなよ。
二人を可愛がっていた父上は激怒し、奸計に加担した者達の粛清を決定した。妹については王族の身分剥奪の上、北方のフローデン塔送りになった。二度と出る事は叶わぬだろう。あれを、妹などという親しみを込めた名で二度と呼びたくない。その場で斬り捨てなかった私を誰か褒めて欲しい。
(資料部注:以下数頁に渡り、意味の無い線を激しく書き殴った跡有り)
--年--月--日
ユリウス、シグリット、本当にすまなかった。
ユリウス、私はシグリットを必ず見つけ出す。何年かけても必ず。
◆◆◆
ぱさりと乾いた音を立てて、幾度も読み返されて端の依れた日誌を閉じると、ベルトルドは長い溜息を吐く。
祖父にとってユリウスとシグリットがどれだけ大切な存在であったのかが、この日誌からもよく読み取れる。祖父の存命中、何度も聞かされてきた二人の親友の話。彼らの思い出を語る時の彼は、懐かしむような、悼むような、悔やむような……様々な想いが綯い交ぜになったような表情をしていた記憶がある。共に語り合い愚痴を言い、そして酒を酌み交わせる得難い親友達。いずれは自らの側近に迎える心積もりであったのだろう――その大切な二人を失った祖父の心境はいかばかりか。
『――私は置いて行かれたのだよ』
そんな風に言う祖父の目に光るものが浮いたのを覚えている。
親友の命日に、彼が好きだったという銘柄のワインを飲む者の居ない二つのグラスに注いでいたのを覚えている。
執務机の奥に仕舞い込んだままだった、二人の結婚祝いに用意した贈り物を時折取り出しては眺めていたのを覚えている。
『すまないが――私の代わりに、シグリットを頼む』
今際の際に、そう言って父と自分の手を握った事を覚えている。
祖父はユリウスに逢えたのだろうか。シグリットを見守っているのだろうか。
ベルトルドは、日誌に挟まれた一枚の絵を眺める。絵心のある誰かが描いたのだろう、寄り添って立つ三人の若者を描いたその姿絵。やや癖のある髪の凛々しい顔立ちの騎士と、結い上げた黒髪の優しげに微笑む女性、そしてその二人の肩を抱き込むようにして屈託の無い笑みを浮かべている、自分によく似た面立ちの青年。幸せな一場面を切り抜いたそれは、その後の悲劇を予感させるものなど欠片もない。
「殿下。エルドリート殿がお戻りになりました」
言伝を預かったらしい王太子補佐官が、親友の帰還を告げる。
「そうか、わかった。ありがとう。直ぐに出向くから医療棟で待機するようにと伝えてくれ」
「は」
補佐官が立ち去るのを見送ってから、再び手元の姿絵に視線を落とす。
「御爺様――ようやく見つけました。貴方の悲願、必ず叶えます」
この姿絵の光景を必ず取り戻せるように。
日誌に姿絵を挟み、執務机に仕舞い込むと、ベルトルドは護衛騎士を引き連れて医療棟へと足を向けた。
――特命騎士らと、御伽噺の魔女を出迎えるために。




