終章 これからも
文化祭当日。
佳澄は朝からあちこち動き回っていた。
校内巡回やトラブルの確認。迷子の対応など、遊ぶというタイミングはない。
それでもクラス出し物である喫茶店の執事服を身に着けてアピールし、ランチタイムは店の手伝いをする。
あれこれこなしていると、あっという間にクラスでの仕事は終わった。
「これくらい運べるのに」
「別にいいじゃん、俺が手伝いたいの」
「ありがたいけど、観月、吉村先生に威嚇するんだもん。もう大丈夫だってば」
「いや安心できねぇ。俺が目を光らせとくんだよ。かずが俺の分の仕事代わったのだって、佳澄のお目付け役かもしれねぇだろ」
「何言ってんのさほんと……」
二人並んで、執事服のまま軽口をたたきながら生徒会室まで歩く。
各クラスで破損したガラスや木片などの危険物を生徒会室で保管するために集め、それを観月が運んでいる。
「クラス出し物は見れないけど、こうして一緒に歩いてるだけで青春っぽくない?」
「……まあ、うん」
佳澄が照れ臭そうに顔を背けると、観月が小さく笑う。
ふと前を見ると、緒元夫婦と小柳、見慣れない外国人が歩いてくるのが見えた。
「兄さん」
「佳澄、お仕事お疲れ様」
緒元が穏やかに笑うと、柚子が嬉しそうに観月の足に抱き着いた。
「おっと、柚子、これ危ないやつだから、遊ぶのは今度な」
「えー!」
「柚子、お兄ちゃんを困らせちゃだめよ」
「兄貴達揃って、佳澄のこと見に来たんすか?」
「それもあるけど、ちょっと違うんだ」
話を聞くと、緒元も小柳もこの学校のOBで、久しぶりに遊びに行こうということになり、足を運んだらしい。
しかし、小柳の横にいる金髪の男性は佳澄も見たことがない。
佳澄が不思議そうに見ているのに気付いたのか、小柳が男性に掌を向けた。
「こちらはリアム テイラーさん。俺と兄貴のスーツを仕立ててもらったお店のテーラーさんでさ、日本の学園祭に来たことないって言ってたから誘ってみたんだ」
「よろしくお願いします」
整った顔立ちに白い肌、手触りのよさそうな金色の髪に青い瞳。まさにイケメンという言葉が似合う男に気圧されながら、佳澄は差し出された手と握手を交わす。
「日本語、お上手ですね」
「いえ、まだまだです」
「謙遜しちゃって、仕事できるくらいだから十分すぎるだろ」
茶化すように小柳がリアムの背中を叩く。
叩かれたリアムは痛いよ、と言いながらも楽しそうに笑った。
話し込んでいると、パン。と緒元が手を叩いた。
「さ、あまり話し込むと観月君の手が痛くなってしまうよ。私達はお暇してのんびり楽しもうか。
小柳、一緒に行く?」
「ああいいよ、俺はテイラーさんと一緒にいるし、家族団らんで楽しんできな」
「そう」
短く言うと、緒元は目を細めて笑う。
「それじゃあ観月君、佳澄、またね。帰りは打ち上げもあるだろうから、遅くなるならメールだけ入れてね」
「わかった。柚子、楽しんできてね」
「はーい!」
桃花が小さく会釈をすると柚子を真ん中に手を繋ぎ、緒元夫婦が去っていく。
「じゃ、俺も楽しんで帰るかな。ほれ、小遣い。二人でなんかうまいもん食いな」
そう言いながら、小柳は佳澄の手に千円札を握らせる。
「い、いらないよ! お父様からもいただいてるし」
「カスミ君、であってるよね? ナギは君のお世話が焼きたいんだ、受け取ってあげて」
小柳の隣に立つリアムが微笑みながら声をかける。
先程の短い挨拶ではわからなかった、西洋の顔立ちからは想像できないほど流ちょうなテノールに、思わず面くらってしまった。
それは観月も同じようで、目を丸くしている。
「リアム!」
「ふふ、いいじゃない。このままだと受け取ってくれないかもしれないよ。ナギの弟さんなら、ナギと同じで頑固かもしれないしね?」
パチンとウィンクしたリアムに小さく息を吐き、まったくと呟くと、小柳は改めて佳澄達に向き直る。
「というわけだから、とりあえず取っとけ。いらなかったら柚子になんか買ってやってくれ。
じゃ、俺達も行くから」
「じゃあね、カスミ君。もしスーツを仕立ててほしくなったら、お兄さん経由でもいいから、いつでも連絡して」
小さく手を振ると、リアムは二人に背を向けた。
それに続いて小柳も背を向けるが、一瞬観月に視線を合わせ、小さく笑う。
「ナギ、どこに行く?」
「んー、お化け屋敷でも行く? 日本だと定番だよ」
話しながら歩いていく二人を見て、観月が小さく「あー」と声を漏らした。
「どうしたの?」
「ん? んや、なんでもねーよ。すげー兄ちゃんだな」
「すごいかな? まあでも、あのコミュ力は俺も見習いたいよ」
その言葉に小さく笑うと、観月は佳澄に顔を向けて笑う。
「さて、俺達も行くか。これ終わらせたら遊び行こうぜ」
「いや、見回りが」
「見回りついでに遊ぶんだよ。生徒会長が遊んでなかったら、他の生徒会のヤツも遊びづらいだろ」
その言葉に、佳澄が小さく確かにと呟いた。
「はは。さ、さっさと終わらせてデートだデート」
「で! ちょ、ちょっと!」
「いいだろ。文化祭デートって定番じゃね?」
「そうじゃなくて、声が大きい!」
先んじて歩みだした観月の後を佳澄が追う。
二人の楽し気な会話は、周囲の喧騒に紛れて消えていく。
穏やかな日が照らす秋の学び舎。
まだまだ時間はたっぷりとあるのだ。
これからも。
ひかりのまざる距離 完




