第3話 裏切りの唇が止まらない!
部屋に一人残された私は、混沌とした意識の中で必死に状況を整理しようとしていた。
ドン!!
「痛ーーーーっ!」
何やらドタバタと外が騒がしいみたいだけど、あのメイド少女だろうか?
ガッシャーーーン!!
「あ゛ぁーーーーーーーっ!!!!」
ドアの向こうで何かが盛大に壊れる音がした。
間違いない!メイド少女だね。
しばらくして、ドアが開きメイド少女が戻ってきた。
「ナタ、―――じゃなかった。メイド長を呼んできました」
どこかでぶつけたのか、彼女は涙目でそう言うと、開いたドアの前で立ち止まった。
「えっ?どうしたの?鼻血出てるじゃない!」
彼女は、私の呼びかけには答えず、ビシッと背筋を伸ばし硬直している。
直後、ドアの向こうから氷点下の声が響いた。
「アイラ、廊下は走らない。それとノック忘れていましたよ」
ドアの前で立ち止まると深く礼をし、静かに入室してきたのは、二十代前半とおぼしき女性だった。
「―――、シャロン様、失礼いたします」
凛とした佇まいに、冷徹さを感じさせるほど整った切れ長の瞳。彼女がメイド長のナタリー。美人だが、ニコりともしない、その表情に、やや冷たさも感じる。典型的な「仕事ができる鉄の女」タイプだ。
この人がさっき言ってた「メイド長のナタリーさん」なんだろう。
早速、ナタリーは私の前に進み出ると、事務的な質問をいくつか投げてきた。すると少し考えた様子で壁際まで下がっていった。
私は、メイド少女の怪我が気になり呼ぼうとするが、彼女の名前がわからずナタリーに尋ねた。
メイド少女の名はアイラだそうだ。
「アイラ、こっちにいらしゃい」
ドアの前で痛そうに鼻をおさえている彼女に声を掛け手招きした。
アイラは、ナタリーを気にしていたようだが、当のナタリーは、一瞬アイラを見て何も言わず、顎に手を当てまるで値踏みするように私の一挙一動を観察している。
多分だけど、私が朝起きた時用の水と布がベッド脇に置かれていたので、私はそれでアイラの手当をしてあげることにした。
「―――、すみません。あっ!お袖を汚すので自分でします」
申し訳なさそうにうつむく彼女に私は、
「いいわよ、やってあげるから……それにね、そこは”すみません”じゃなくて”ありがとう”でいいのよ」
「でも……」
本当に申し訳なさそうにしていたので、私は笑顔を見せてあげた。
「シャロン様……あ、ありがとうございます!」
ぱあっと顔を輝かせるアイラ。うん、単純で可愛い。
私は、アイラの手当てをしながらアイラにいくつか質問をして状況を探ることにした。
「えーっと、つまり、私は、この家の長女で名前は、―――」
そう言いかけ、まごつく私に、アイラは間髪入れず、
「もぉ、なに言ってるんですかぁ?シャロン様ですよ!自分の名前も忘れちゃったんですか?」
と、腰に手を当て人差し指を"ちょんちょん"と振り、小馬鹿にした態度を取るアイラ。
「そう!シャロン!!シャロンねっ?!うん、シャロン」
おっと、いけない!苛立ちを隠す為の笑顔が、少し引きつってしまた。
さっき私が、優しくしたせいでどうやらアイラは、しおらしさをどこかへ置いてきてしまったようだ。
「え~っと、あなたがアイラで、そこにいる『不機嫌そうな美人が、』―――」
「ナタリーでございます」
私の言葉を遮るように、ナタリーが深く、そして感情の見えない一礼を捧げた。
その隙のない振る舞いと、剃刀のような視線の鋭さに、私は思わず心の中で毒づいた……(つもりだった)。
「『ナタリーさんって、美人だけど性格キツそうね。絶対彼氏いない感じだわ、あれは、うん!多分いない!いないね、ぷぷっ!』」
ナタリーは、目を閉じ彫刻のように微動だにしないが、アイラは完全に目が泳ぎ、肩を震わせて笑いを堪えている。
「あっ、あれ? いま、私……」
嫌な予感がして、背中に冷たい汗が流れた。自分では一文字も発したつもりはなかった。けれど、さっきの無礼な独り言は、確実に、そして明瞭に、この静かな部屋に響き渡っていた。
「え~と! あれぇ~?」
ごまかそうとするほど、墓穴を掘っている気がする。念じただけで言葉が滑り出す。まるで口に蛇口が付いていて、勝手に開いたような感覚だ。
しばらく沈黙が続いたので、私は、事態を把握できた。私は、ハッとなり慌てて口に手を当て、バツが悪くなり下を向いてしまった。
「『何で!? 私、いま声に出しちゃったよね!? え、嘘、何で!? 口に出すつもりなかったのに……本音がだだ漏れ……って、嫌ぁぁああ! これも全部漏れてるじゃないのーーーーっ!!』」
「ぶふっ!」
アイラは、こらえきれずに小さく吹き出した。
「―――そこは、いつものシャロン様なんですね」
と、クスクス笑いながらアイラは部屋履きを私に差し出した。
「ん?そこ?何んの事?」
自分でまいた地雷を踏んで自爆した私を置き去りにして、冷ややかに見据えたまま、壁際で控えていたナタリーが口を開いた。
「アイラ。私は奥様へ、この件をご報告して参ります。あなたはシャロン様の身支度を整え、一階奥の広間へお連れしなさい」
(……あれ? 怒ってない?)
「は~い」
「『アイラ。そんな返事の仕方は、お叱りの元ですよ~』」
つい老婆心が独り言として漏れ出る。
「あと、……それが済んだら廊下の片付けをしてからメイド控室に来なさい」
「ハッ、ハイッ!!」
鋭い口調にアイラの背筋が2㎝は伸びた。
(……ほらね、言わんこっちゃない)
「では、シャロン様。失礼いたします」
ナタリーは、眉ひとつ動かさず、凛とした所作で部屋を後にした。
その完璧すぎる仕事人ぶりに、私は悔しいかな、思わず感服してしまった。
「『うん!出来る女だ!素敵!』……って、また、だぁ~っ!!!」
(何で心で思った事が口から出てくるの?!)
「えっ?私の事ですかぁ?」
と、私の言葉に疑いも無く、満面の笑顔でこっちを見ている。
どこをどう切り取ってその結論に至ったんだこの娘は?
「『あ~、違いま~す。あなたでは無いので、ご心配なく~ぅ』」
「……酷いです、シャロン様!」
仏頂面で口を尖らせるアイラ。どうやら私の嫌味な本音がストレートに刺さってしまったらしい。
「もう、早くしないと私が叱られてしまうので、いい加減ベッドから降りてもらってもいいですか?」
そう言いながらも、甲斐甲斐しく準備を続ける彼女を見ていると、なんだかやけに心が落ち着く。
「ハイハイ。アイラが可愛いから、ちょっとからかっただけよ」
私がそう言うと、アイラは急に動作を止め、何かを思い出してるかのように耳まで真っ赤にした。
初めて会ったはずなのに、この子と話すと、やけに落ち着くのは何故だろう?
この不思議な安心感は何だろう?実に不思議だ。
ようやく私の心も落ち着きを取り戻し平常運転を始めたので、目覚める直前の記憶を掘り起こした。
確かあの時、誰かの声がしたような気がした。
その瞬間、スマホが回って光ってたんだ!
「そうだ、スマホ!スマホだ!!」
私が、突然大きな独り言を言ったから、ビックリした様子でアイラは手を止めた。
「アイラ! この辺にスマホ……液晶のついた薄い板、落ちてなかった?」
「す・ま・ほ??えきしょう?何ですかそれ?」
「えっ?スマホ分かんないの?携帯電話のことじゃない!」
(さすがに電話はわかるでしょう?!)
「何ですか?その、けい~でんたいって?」
(うん、色々と間違ってるぞ!アイラさん!)
「電話したり、調べものをしたり、音楽だって聞けるし、時計の代わりだって―――とにかく色んな事の出来る便利な道具じゃない!あなただって持っているでしょ?」
「いいえ。ん~その……す・ら・ほ?何でしたっけ?何だかよく分かりませんが、見てませんね。でも、それは、一級魔道具のように高価ですごいことができるみたいですね」
「なっ!!今、……」
アイラがスマホを知らないことより、その口から「魔道具」という言葉がさらりと出たことに、私の心臓が跳ね上がった。
「ちょっと待って!その一級魔道具って何?今、魔道具って、言ってたよね」
「え?魔道具ですか?ん~、何て言えばいいかな?魔道具は、効能や効果は様々ですが道具に魔法の術式が組み込まれていて、魔力を込めると発動する便利なもの??―――です!よく分かりませんが、……」
(その説明に色々ツッコミを入れたくはあるが、今はやめておこう)
「えっ、何?ここ……魔法があるの?」
「何を今さら、ありますよ普通に。私は、使えませんが魔族ならほとんどの方が使えますよ」
「『ままま、魔族もいるの?!マ、マジかぁ~っ!!!!』」
この世界には、魔法があり!魔族もいる!!
それって、私のいた世界と異なる別の世界。
つまり、異世界!!!
(そっか、そっか、うん、うん!と、言うことは、―――)
「ファンタジー、来たぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
私は、右拳を突き上げ人生最大級の喜びを表現した!
「ええっ!?何ですか突然。ビックリした!!」
「『魔法かぁ~……ク〜ヤバ!!私も使えちゃったりするのかな?グフッ、ダメだ興奮してきちゃった!』」
瑠璃色の瞳をらんらんと輝かせ、身を乗り出す私を見てアイラは、
「……シャロン様、目が、怖いです……」
「はぁ、はぁ、ば、馬鹿ね。魔法と聞いて、興奮しない方がどうかしているわよ!」
アイラさん、ドン引きのご様子。
「あぁ!もう、小さい子みたいに、はしゃいでいないで、さっさとベッドから降りて下さい」
「あっ……。はい、すみません」
腰に手を当て、右頬を膨らませたアイラに叱られ、私はすごすごとベッドを降りた。
そうだ!魔法と聞いて興奮してしまったけど、今は、こんなことをしている場合では無い!状況を確認し、この世界で生きていくための「生存戦略」を立てなければ。
―――それにしても、魔法があるなんて、驚きだ!
胸の奥が熱くなるのを、私は抑えられなかった。
―――準備を済ませ、アイラの案内で重厚な広間へと通される。
そこで私を待っていたのは一人の女性。
どうやらこの屋敷の主人で、シャロンの義父であるローランツの妻ハイメだった。
そして私は、この後、気品に満ちた彼女の口から語られる驚きの事実を知らされる。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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あわせて【ブックマーク】で、二人の行く末を最後まで見守っていただけると嬉しいです。
皆様のリアルな反応が、シャロンたちの物語を空高く押し上げてくれる【翼の羽】となります。
【予告:40話付近のサプライズ】
実は、第40話を超えたあたりで『大きな仕掛け』を用意しています。
この世界がより深く、切なく繋がる「特別な体験」をお届けできるはずです!
毎日【21:20】に1話ずつ、完結の100話まで一気に走り抜けます。
次回更新もお楽しみに!




