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第19話  魔王への奏上【ノエルの想い……】




   【魔王執務室】


   コン、コン、コン


「陛下、ノエルでございます」

「うむ、入れ」


重厚な扉を開け、ノエルは奥の執務机へと歩み寄った。


「すまないノエル。もう少し待ってくれ」

「はっ」


「陛下、後は、ここと、―――ここになります」


次官が、指し示す書類を精査し、淀みなくペンを走らせている男をノエルは待った。


ノエルが、待っているこの男こそが、魔族の国『カルヴィナ王国』の頂点に君臨する


―――魔王オリオン、そのひとである。


「これでよいか?」

「はい、左様にございます。では、早速」


「2日で仕上げ、進捗の報告をするよう、伝えてくれ。頼んだぞ」

「かしこまりました」


事務次官は、書類を手にすると深々と頭を下げ、静かに部屋を出ていった。


「待たせたな、ノエル」

「いえ、陛下もお忙しい中、私めに時間を頂き、ありがたく存じます」


「堅苦しい挨拶はもうよい。どうせ今は我とお前のふたりだけ、気楽に話せ。あとはジルベルトとイリアか?」


「その件なのですが状況に(かんが)み、ふたりには参加を辞退させました。報告が遅れ申し訳ありません」


「そうだったか……。中々4人揃って話す機会も少なくなってきたから、実は楽しみでもあったのだが、それは、残念だ」


オリオンは、小さなため息をついて机の上の書類を片付け、横にある応接用のソファへと腰を下ろした。


「何か飲むか?」

「いえ、この後も公務がございますゆえ」


「相変わらずだな。で、用件は婚約のことだったな?」

「はっ、父上の許しを頂きたく参じました」


「許し……か」

オリオンは、静かに目を閉じた。


グラスに飲み物を注ぎ、それを口にしてからようやく話しだした。


「―――お前の事だ。考えあっての事なんだろうが、……。まぁ、婚約はいいとしても結婚となると、ホークの件もあるし、時期を考える必要があるな」

「父上!兄上の件に関して、私は、まだ諦めたわけではありません!近いうちにもう一度、現地に赴き必ずや―――」


「だが、消息を絶ってから既に、半年が過ぎるぞ」

「それでもです!あれだけ魔術に長けた兄上が、何の痕跡も残さず消えるなど、万に一つも、ありえません!我らが見つけ出せていない。あるいは見落としているだけではないかと私は、強く思います」


その強い口調にオリオンは、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「……」

「父上!!今、一度!この私めに捜索のご命令を!」


オリオンは、やれやれという感じで小さなため息をついた。


「落ち着け、ノエルよ、らしくないぞ、まったく。ホークの件になると、お前はいつもこうだ。それに話がすり替わっている。今は婚約の話ではなかったか?」

「!!……失礼いたしました!」 


ノエルは、オリオンの一言にハッとなり、感情を抑えつつ話を続けた。


「三日後、その婚約者を離宮に招き入れ、それから然るべき教育を施した上で結婚を……と、考えております」

「そうか、婚姻の準備に関してはそれで良いだろう。我も出来る許可はもう既に出してある」


「そうでしたか、ありがとうございます」

「しかし、ノエルよ。何故、このタイミングでの発表になった?まさか、『一目惚れでした』などという事はあるまいな?どうしてそうなったか、その経緯をちゃんと説明しろ?」


「はっ、実は、―――」


ノエルは、ベルンツで起きた出来事の詳細をオリオンに伝えた。



「なるほど……。その人族の娘が『真心』の加護持ちだったと……」

「私も驚きました。覚えておいででしょうか?昔、父上に連れられ、人族の洗礼式を見にいった時のことを、あの時の娘でございます」


「おぉ!洗礼式には何度も行っているが、あの時は特に異例だったゆえ、よく憶えておる」

「実は、あの日、彼女と私は、式典の後に会い、ある約束を交わしました」


「何だ、結婚の約束でもしたか?」

オリオンはにやりと笑って、飲み物を口にした。


「いえ、子供の他愛もない約束でしたが、今の今まで果たせずにおりました。……フッ、そんな約束も私は、とうに忘れておりましたが……」


ノエルは、目線を下に向け、何かを思い出しながら話を続けた。


「―――私は元より、裏表のない信頼に足る人族を妃に迎えるつもりで、以前より候補は探しておりました」

「そうだな、その話は何度か聞いておったな」


「ただ、欲や色目に(まみ)れた者ばかりで。……中々見つけることができずに苦慮しておりました」


ノエルは少々憮然(ぶぜん)な面持ちでうつむく。


「―――ところが昨日のベルンツで、先に話した『真心』の加護持ちの人族の娘に偶然再会でき、これほど信頼のおける人間はいないと思い、婚約を申し出た次第です」


「なるほど『真心』の加護持ちの娘か……。確か『嘘がつけない』加護……であったか?」

「はい、最初は断られましたが、最後には納得したうえで了承してくれました」


「フフ、しかし、王族とはいえ我らは魔族。よく承知したな」

「はい、彼女もどうやら思うところがあったようで。ただ、その『何か』とは、話の流れで聞かずじまいですが」


「我らに仇なすことはあるまいな?」

「私も幼少の頃から有象無象の悪意に(さら)されてきた身、その点については問題が無いと判断できました」


「そうか、まぁ、お前がそう言うのであれば信じてはやるが、くれぐれも油断するでないぞ」

「はい、肝に銘じます」


「で?事後報告となったのはなぜだ?」

「兄上の一件以来、我らに対する不穏な動きは、これといってありませんでした。ですが、ベルンツで私の従者が何者かの工作により、あわや大惨事を起こす寸前まで追い詰められたのです。しかし、婚約をしたその人族の娘が、それを未然に防いでくれ、大事には至らなかった次第です」


「ほう、人族の娘がか?」

「はい、それで、こちらにちょっかいをかけてきたのなら必ず様子見をしているはず。婚約という派手な動きは、奴らを炙り出すための『餌』に丁度よく、監視の網を広げるための一計でもありました」


「なるほど、婚約という餌に釣られ動きがあれば、尻尾をつかむところまでいけると?」

「左様にございます」


「で、何か掴んだか?」

「いえ、今のところは、まだ……。ですが、暗部らしき者、もしくはその手下との接触が疑われる事案が報告されております」


「暗部か、……。野良の線は無いのか?」

「はい。おそらくそちらは、皆無かいむかと、逆に大きな組織と考えております」


「そうか……」


オリオンは、立ち上がりゆっくり窓辺へと向かった。


「もしかすると最悪の事態を想定しないとなりません」


ノエルのその言葉にオリオンは察しがついたのか、小さな長いため息をつき、窓の外を眺めている。


(『……父上も、気づいておいでだ。この城の奥深くに、何かが巣食っていることに』)


「なぁ、ノエルよ、―――」

「はい、父上」


「お前は、もう覚悟ができている口ぶりだな!?」

「はい、できております。父上と兄上を脅かす存在は、たとえ誰であろうと必ず私が排除いたします。たとえ誰であろうと……」


即答したノエルだったが、その瞳の奥は(うれ)いを帯びていた。


オリオンもまた、ノエルの複雑な気持ちを感じ取り、無言のまま眉をひそめるのだった。








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