第1話 孤独なワンルームと、溶け出した境界線
カチャ、ピーッ。
玄関ドアのカギが、自動で閉まる音がした。
私は、脱ぎ散らかしたパンプスを揃える気力もなく、暗い部屋の奥へと向かう。
「AIくん、照明1と3を点けて」
ピー、ピッ。
テーブルの上にあるスマートスピーカーが私の声に反応した。
「ショウメイ、1ト3ツケマス。オカエリナサイ、ジュリサン。オシゴト、オツカレサマデシタ。キョウモイイ、イチニチデシタカ?」
―――毎日変わらない、決まりきった機械的な質問。
「えぇ、そうね。まぁ、そんなところよ……」
私は、少し飲んで酔っていた。
微かなアルコールが、理性をほどよく鈍らせ、私は会話にならない返事をスピーカーに返す。
「そうだ、シャワー浴びないと。明日も仕事だし。ん~っ、でも、面倒くさいな~」
大学を卒業後、大手商社に入社。里親の元から離れ、一人暮らしをはじめてもう、六年。毎日が忙しく、あっと言う間に時が過ぎていく。
今日みたいに、数か月に一度は、やって来る行きたくもない会社の飲み会。
まだ新人だから、専門的な事を勉強するのに時間を取られる毎日。
健康のために通うコンビニジム。
節約と自分のスキルアップにと始めた自炊。
休日は体力回復の為、昼近くまでベッドで過ごし、家事をこなして買い物に出る。
自由という名の、終わりのない円環に閉じ込められていただけだった。
する事は沢山ある―――、
なのに……
―――、退屈を感じているのは何故?
そんな毎日を、もう何年も繰り返している。
―――、出会い?
(あるわけない!!)
「あ~ぁ。みんなこんな感じで、気付かないうちに年を取っちゃうんだろうな~。ヤダな~」
居酒屋で髪に付いてしまった臭いを早く落としたかったのと、酔った体をシャキッとさせる為、私は、バスルームへと向かう。
「はぁ~、最近疲れているのかな?私……」
お風呂場の中にある鏡を手でサッと拭い、シャワーに打たれる自分を鏡越しに眺めながらそう呟いた。
それでも、何かしら毎日の中に『癒し』を求めてしまうのは、誰しもが思っているはず。
もちろん、私にもふたつある!
ひとつは、これ―――、
「ふふ〜ん!今日は何にしようかな?」
冷凍庫に頭を突っ込み、ぎっしり入っているアイスを選ぶ。冷気が、ほてった顔をいい感じに冷やしてくれる。
「やっぱ夏だし、かき氷かな~?、いや待てよ!ちょっと今日は、大人な気分でラムレーズンも捨てがたい!……ん~、悩ましぃ~」
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
早く閉めろ!と冷蔵庫に催促をうけてしまった。
「ハイ、ハイ、わかりましたよ~。んじゃ、さっぱりソーダのかき氷に決定!」
私は、アイスをひとかじりして部屋に置いてある座椅子にデンと座った。
「ん~っ、美味しい!!」
もう、ひとつは―――、
「あ・と・は、コレコレ♡」
ポケットからスマホを取り出し、WEB小説のアプリをタップした。
「え~と、まずは、ほんの一瞬だけ瞬く新着の検索からね。昨日読んでた続きも気になるけど……」
すぐ押し流されてゆくフレッシュな作品を誰よりも先に見つけて、読む!そして面白いものに誰よりも早くコメ入れる!これが、私の初期行動。これって掘り出し物を見つけたみたいで、何かいいのよねぇ~。
「ん〜、ジャンルは恋愛、……っと」
アイスを口にくわえ、画面をスクロールしていく。
「あ~ぁ、私も恋したいな……」
(ボソリ……空しい独り言だ)
狭い部屋を独りで過ごし、また会社へと向かう日々の私に、色恋ごとなど降って湧かない限り無理!チャンスさえ無い!!
「さ~ぁ、★沢山あげるから私を楽しませなさ~いっ!つまんないのは即ブラバの刑に処す!!」
そう言って、気になるタイトルに時折、手を止めながら、新着をチェックしていた。
◇
小さい頃から文字の世界が好きだった。ジャンルは問わず色々読み漁っていた。
分からない言葉や漢字に出会った時は、検索する。嫌いな人も多いようだけど、私は、それも好き!
とにかく時間さえあれば本を読むような、周りからすれば少し地味な子。
―――では、あったと思う。
ただ、中学に上がる少し前に、親からスマホを買い与えられてからは、状況は一変する。
友達との会話、SNSの通知や話題についていくために、それまであまり興味がなかった歌や動画に時間を費やしはじめ、私は文字とだんだん距離ができてしまった。
もちろん嫌いになったんじゃない。私が、周りに流されてしまっただけ。
「変わった子」「異質な存在」だと、思われたくなかったから……。
自分に正直で、思ったことをハッキリと口にできる人は凄いと思う!でも、そんな人は浮いた存在で、嫌われてしまう。
『私は、それが怖かった……』
だから薄明りの元、椅子に座り時間を忘れてページをめくる―――、なんてことは、かなり減ってしまったのだ。
社会人になってからは、ほぼ皆無だ。自分らしさなんて、これっぽちも無い。
それでも、文字を読むのは好きだから、最近は手軽に読める『WEB小説』にはまっているって訳!
手軽に本が読みたいのなら電子書籍という手もあるけど、書籍化しているのなら、私は、紙の匂いを感じながら、ページをめくりたい派なので、どうしてもこちらは敬遠しがち。
(考え方が、古いのかな?)
―――で、今のライフスタイルと私のニーズにピッタリ合っているのが、WEB小説というわけなの!
結構、昔からあって、作品数も多く、これが意外と面白い!!勿論、投稿サイトだから、ピンキリだけどね。
これなら場所を選ばず、空いているほんのチョットの時間があればいい。この手軽さは実にいい!
快適だ!!
◇
「ん~。やっぱ、まだまだ恋愛物が多いわね。えっ?ゾンビ!ホラーだけど恋愛なの?!何よそれちょっと面白いかも?夏だから?!」
たったそれだけの事だけなのに、私は思わずワクワクして、クスッと笑ってしまった。
どうやら私にとって今、これが、日常の癒しになっているのは間違いない。
「ふふ、これなんて面白そう……。ええと、次は……『嫌われ半魔の娘に花冠を』半魔の私を魔族の王子のあなたは愛してくれますか?~Web小説の新着を読もうとしたら突然、光に包まれ小説の中に迷い込んでしまった私~……ありがちな異世界転生転移ものかな?作者名は、……プルーバー?」
―――、その名前を目にした、瞬間だった。
「冷っ!!あ〜〜〜っ!やばっ、アイス溶けはじめてる!!」
思わずスマホを落としてしまった。
「やだもぉ~っ!なんか拭くもの、拭くもの……って、嫌ぁぁぁぁ〜っ!ラグにも落ちてるじゃん!もぉ、最悪ぅ~っ」
私は、ティッシュを掴もうとテーブルの下を覗き込んだら、不思議な光景が目に飛び込んできた。
床に落としたはずのスマホが、少しだけ浮いてクルクルと回っているのが見えたのだ!
「!!……へっ??」
「『見つ……た……』」
「えっ??」
「『やっ……これ……』」
(まただ!)
「何?誰っ!?」
それは、まるで頭の中で声がしたように思えた。
そして、不思議さを感じる間もなく、私は突然、部屋中の空気が爆発したような強烈な風圧と、光に包まれる。
(えっ?!えっ???な、何、何!? 何なのこれ――――っ!!)
息ができない!!!声も出せない!?
あまりの強烈さに、私は、目をギュッとつむり、更に腕で顔を覆い隠す。
「!!」
「『わた……しの……』」
また声がしたように思った瞬間、私の意識は段々遠のいてゆく。
(ああ、これ……。ヤバいやつだ……)
そう思った時、画面が消えたスマホに映し出されたのは、私の体に幾つもの光の球体が降りそそぎ、輪となり収束していく姿だった。
薄れゆく意識の底で、最後に見たのは。主を失った部屋で、独りでにスクロールを続けるスマホの画面。
もっとも、そこには文字などはなく、ただ眩い光が溢れていた。
そして、床に虚しく転がる、食べかけのソーダアイス。
その瞬間、世界から、私というピースだけがパズルのように抜け落ちた。
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