仕事の押し付け合い
そんな事を考えていると、ニムがまた話し始めた。
「次回はESPと体外離脱についてですね。新方式の航行技術の可能性がない事は、確定しました」
こうして、初回会議は無事に終了した。
その後の騒ぎは凄いどころではなかった。次回の会議のタイトルがこれだ。
『対外離脱での飛行の可能性を探る』
この見出しで驚かない人がいるだろうか。
道行く六歳くらいの子供が母親に、
「体外離脱って何?」と可愛く聞いている。
「身体から魂が抜けるのよ」
小学生くらいのお兄ちゃんが、
「それ、死んだって言わない?」と突っ込んだ。
「体外離脱は、生きて戻るのよ」
「復活? リセット?」
「……おまけ付きのお菓子、1個だけ買ってあげる」
母親は説明をあきらめたようだ。
巷ではそんな会話があちらこちらで交わされていた。
山田太郎の勤める会社でも、仕事そっちのけの大論争になっていた。
山田の上司、松岡主任が、滔々と持論を述べた。
「臨死体験。それに決まっている。きっと死にかけた人の魂が飛んだのさ」
いつもの論戦相手の浅田課長が反論をかます。
「それじゃ、何人も行っているだろう。今回が初めてだなんてありえないよ」
松岡主任が、じゃあ何だって言うんですか、と突っかかる。
浅田課長は少しもったいを付けてから、ぽつりと言う。
「幽霊だよ」
(はあ~、くっだらない)
山田は脱力した。
聞いていた他の者達も、しらけたような顔をして散って行った。
そして思い思いにまた集まり、好き勝手な事を言い合った。
ワイドショーでは、もっと多岐にわたる説が出ていた。
会社で一瞬で退けられた幽霊説もあれば、SF風の説もあったが、ことごとく専門家に論破されていた。
外国からは、『救世主』説や、『日本はガンダムを完成させていた』説まで出ていた。
「ガンダムは宇宙で戦うの?」
そう尋ねる子供に、お父さんが熱く語る姿も、良く見掛けるようになった。
それを見て溜息をつくのは日野と政府の関係者たちだ。
次の会合に合わせて人選をし、会議の骨子をまとめなければならない。
「幽体離脱だぞ! そんな会議に、誰を呼べばいいんだ」
現状、日野一人に全てが押し付けられていた。
「君がファーストコンタクトの責任者であり、第一人者だ。すでに君がリーダーなのだ」
説得力があるような、ないような言葉が周囲から日野を突き上げる。
何をどうしたらいいのか全くわからず、お手上げだった。
(休みたい)
しばらくしてパニックから立ち直った日野は決断を口にした。
「延期だ」
日野はすぐに、『宇宙船専用通信室』に行き、待機している課員に交信を頼んだ。
日本政府の便宜のため、お茶の水のJAXA内に宇宙船との交信室を設け、そこに宇宙船対策本部も移している。
交信のコールに宇宙船側が応答すると、日野はトレードマークのストライプネクタイに手をやり、位置を直した。
「あー、こちら交渉団代表の日野です。次回の会議を少し先に延ばさせていただきたい。対象者を絞るのに時間がかかりそうなのです」
交信を受けたマナが、すぐに画面に現れた。ほっとしているようだ。
画質は非常に良い。
そのため、政府専用の交信スペースは、パーティションで囲ったブースになっており、机には花を飾ってある。
「ちょうどよかったです。こちらも精神体を想定して、飛行データ解析を一から初めたところです。時間が足りません」
お互い様ってことかと思い、日野もほっとした。
「それから、連合の方から学者の集団を派遣する話が出ています。それには準備が三ヶ月かかります。どうでしょうか」
「承知しました。三ヶ月後へ変更しましょう」
これで三ヶ月の猶予が出来た。
宇宙船対策本部内の自室に戻り、日野は椅子にどっかりと座り、背もたれに思いっきり倒れ込んだ。
「俺は役目を終えた」
日野の独り言が、静かな部屋に響いた。
一連の交渉事は終わり、この先を考えるのは⋯⋯文部科学省の仕事だろう。
そう決定すると、一つ頷いた。
そして会議の延期について、即、全省に通達を回した。
日程と、調査を文部科学省に依頼する旨の内容だ。
間を置かず、文部科学省大臣の今井から電話が来た。
「何を勝手に決めている。何の根回しも無しに、一斉配信とは卑怯だぞ」
「おい、何の根回しもなく俺に押し付けて、全員でそっぽを向いたのは君たちだろう。それに科学はそちらの管轄だ」
これは正論だった。
文部科学省大臣たる今井は、何も言えないようだ。
「まあ、三か月もあるし、頑張ってくれたまえ。相談されても困るが状況は知りたい。連絡は密に頼むよ」
今頃、電話を切った今井は、そのへんの物を蹴飛ばして叫んでいるだろう。
何とか撤回して日野に押し戻したいだろうが、無理なのは目に見えている。
皆、この話に納得して、「まあ頑張って」と言うのが関の山だ。
日野はにんまりして大きく伸びをした。
それから十分も経たないうちに、今井から電話がかかって来た。
「事は日本国防衛に関わる。この有事において、中心に据えるべきは防衛省。そして軍事科学技術部門だ」
ゆえにーー
「防衛省を頭に据えて、文部科学省はその学術面をサポートする。それがあるべき姿だと私は思う。いかがかね」
確かに、と日野も納得し、再度一斉メールで送信した。
それが一番適切な配置だろう。
日野は今井の機転に感心し、うまい事逃げやがると舌を巻いた。
もちろんすぐに防衛省大臣が文句を言ってきた
「外務省には科学研究機関などありません。ご存じですよね」
日野がそう言うと、木山防衛大臣は黙った。
(こちとら口が武器の外務省だ。舐めてもらっちゃ困る)
日野は鼻歌を歌いながら、休暇届に手を伸ばした。
かくして交渉の先頭は外務省、体外離脱に関する検証のトップは防衛省の科学研究所とし、文部科学省がサポートすることになった。
それを国民に向けて公式に発表してから、日野は一週間の休暇を取った。 一年間、働き詰めだった位、疲れていた。
通達後、早速、『体外離脱と宇宙空間飛行』研究所が設立された。
軍事関連の技術を含むため、参加者の人選は綿密に行われる。
諸外国からの参入表明があったが、それは実現しなかった。
宇宙関連、超能力関連とも、トップシークレットなのだ。
情報開示の部分でつまずき、結局は各国で研究することになった。
その代わり、二か月後に国際会議を開いて、意見を交わすことに決まった。
それから、各国メディアの取材合戦が、同時にスタートを切った。
一番注目される内容、それはもちろん、『誰が』だ。
古典から、民話、伝承までの色々が紹介された。
その結果、日本は他国と比べ、体外離脱の逸話が多い事が明らかになった。
やはり、日本人の中にその人物がいる。
その確信は、日を追うごとに強くなっていった。
すると、自薦他薦で、その人物であると名乗る者が出始めた。
名乗り出た途端に、その人物は世界規模の有名人に祭りあげられる。
だが、誰が本物で、誰が偽物かは誰にも見分けられない。
そのため有り体に言うと、人気投票のような具合になっていった。




