帰国後
その後、次のワープポイントを抜けた時も、一回目と同様に艦隊が待機していた。
「総督からメッセージを預かっています。極秘通信でお送りします。解析コードを送ります」
「了解」
通信データを解析コードで組みなおし、確認した高橋がウッと詰まった。
「あ、しまった、と言いたいけど、言ったら殺されるよな」
「それは……お勧めしませんね。内容は知りませんが、絶対に」
傭兵隊の通信士が、小声で返してきた。
「了解」
高橋が、ジェイに通信文を渡した。
ジェイは通信文を読んで笑い出した。
「フロンは相変わらずだな。冗談がきついよ」
通信文の内容は、「私と結婚してくれなかったら、ありったけの火力でもって、地球を攻撃するわよ。 私の配下には戦艦200と、天の川銀河最新鋭の武器が売るほどもあるんだからね」という物騒なものだった。
「フロンにメッセージをお願いする。帰星を見守ってくれてありがとう。凄く、嬉しいよ。これからもよろしく。追伸、冗談はほどほどに」
高橋は、そのメッセージを送った。
「メッセージを送信します。極秘通信で送りますね。解析コードは二段階にしました。時間がかかったほうがよさそうなんで。うちの大将に、これを冗談だと笑える肝の太さがあってよかった」
しみじみ言うと、向こうの通信士が、「そういう人が総帥についてくれると、安心なんですが」と返して来た。
「♡ムリカモ♡」と記録に残らない通信コードで遊んでから、通信を切った。
「高橋君、どんなメッセージだったんだい?」
小森が高橋に聞く。
「極秘なので、私の口からは言えません」
水野が、小森に向かって指を突き付けた。
「多分、聞かないほうがいいと思うわよ。碌な事を言ってこないでしょうからね。高橋さん。ジェイの返事におまけを付けてくれたかしら?」
「まあ、一言だけ、当たり障りのないお世辞を」
「高橋さんがいれば、争いは回避できるわね。引き抜き厳禁よ、サージ」
最大の危機を難なくクリアし、船は無事に地球にたどり着いた。
地球での歓迎は出発時より更に規模を増している。
もう見慣れている宇宙船が、宇宙局の上空に現れると、大歓声が上がった。
帰国の時間は通信済みだったので、待ち構えている状態だ。
「じゃあ、行きますよ。僕から降りますね」
そう言って、山田が一番に降下用の光線の中に飛び込んだ。
その少し後に、立花が続き、その後に水野、小森と続いた。
ジェイたち四名が、オレンジの光の中をゆっくりと地上に舞い降りた。
練習の成果を披露できて、四人とも大満足だった。
その絵柄はよく宗教画で用いられる構図だったので、伏し拝んでいる者さえいる。
四人が地上に降り立ち、光が消えると、宇宙局の職員たちが駆け寄った。
そしてマイクをジェイに渡した。
「皆さん、無事に調印を済ませてきました。これから我々は天の川銀河連合の一員です」
一番にジェイがそうスピーチすると、大歓声が上がった。
その後、他の三人が一言ずつ簡単にスピーチをした。
日野たちは、その隙に転送で地上に降り、すぐに館内に駆け込んだ。
ジェイたちもすぐに建物内に引っ込んだが、群衆は二時間経ってもその場を動こうとしなかった。
調印に向かうだけの旅に、襲撃が加わり、一段とドラマティックなものになったせいで、地球の興奮は留まるところを知らない。
地球の銀河連合内での地位も、大国から全面的にバックアップされたことで、文明レベルが低い新参者から一段格上げされたようなものだ。
地球は彼らの帰国前から既に大いに盛り上がっていたのだ。
その興奮が、ある程度まで冷めるのに一週間ほどかかった。
山田たちはしばらく、宇宙局から外に出ることが出来なかった。小森も水野も、仕事に戻りたいと言ったが、今は無理だと言う周囲の言葉に頷いた。
仕方なしに、宇宙船の帰国準備を手伝った。お土産に積んで行ったチョコレート菓子が大評判になり、大量に積んで帰ることになったので、それの積み込みを手伝ったりしていた。今回はホワイトチョコ味と、抹茶味を追加注文している。
日野は報告書と会議とで目が回りそうだと愚痴った。宇宙局への報告、会議に、日本政府へのそれが被る。
勿論ジェイたちも会議に出席することがある。だが使節団の公式文書をまとめるのは日野の役目だ。
高橋はしばらく研修と称して、宇宙船に乗り込んだままだ。
水野が、「帰ってこないとフロンとケリーを差し向けるわよ」と脅している。最強は水野かもしれないと山田は思う。
◇
「お、山田。久しぶりだな。宇宙局の仕事はひと段落着いたのか? しばらくあっちの仕事に掛かり切りだっただろ」
「はい、おかげさまで、ようやく手離れしそうです」
「なんだ、凄く嬉しそうじゃないか。なんかいい事でもあったか?」
山田はにんまりと微笑んだ。
「宇宙局の仕事が、この先減るんです。こちらに週三回来れます」
松岡主任は、「えっ」と言って顔を前に突き出した。
「それが、いい事か? お前、よっぽど、他にいい事が無いんだな。向こうで恋人が出来たりとか、何かなかったのか? 規模が大きくなって、人も増えたんだろ?」
これには山田も少しへこんだ。
そういう意味でのいい事は無い。今回の色々な事件は全て上手く片付き、いい事づくめだと思っていたので、改めて愕然とした。
「……あの、女性には縁が無くて。でもその代わり、立花さんの付き人の仕事を少しするかもしれないです。これは、凄くいい事ですよ」
目を輝かせる山田を励ますように、松岡主任は言う。
「ナイン星の王女が地球を訪問するかもって話を聞いたけどな。そうしたら美人の王女様を直に見られるかもしれないぞ。良かったな、山田」
「そうなんですか? まあ、王女が来られたとしても、僕は会う機会が無いと思います。外交は別の担当者が付きますから」
面識のある人物と顔を合わせる機会は、極力避ける約束になっている。そう言った場に出ることは無いはずだ。
松岡主任は山田を何とも言えない目で見つめた。
「……山田、飲みに行こうか。おごるぞ」
松岡主任がおごってくれるなんて、とても珍しい事だ。山田は驚いた。
「いいんですか?」
「たまにはな。焼き鳥でも行くか」
定時後すぐに会社を出て、焼き鳥屋に向かった。
街を行く人々はせわしくも楽しそうだ。銀河連合に加盟したことで、一気に新しい技術や情報が入って来ていた。
先に延びていく未来が見えていることで、世間の雰囲気が全く変わり始めたのだ。
「なんだか、みんな生き生きしてますね」
「そうだなあ。もう地球内だけが世界じゃないもんな。日本の着物が銀河から注目されているって報道があったな。思いがけないものが、これから流行るのかもしれない」
焼き鳥屋に着くと、松岡主任がビールを頼んだ。
泡のたったビールのジョッキを傾け、ぎゅっと眉を寄せた。
「はー、うまいっ」
そこにネギマと、肝とシイタケが焼き上がって来た。
炭と焦げた醤油の匂いが鼻をくすぐる。
まず肝を食べた。あら塩が柔らかい肝とマッチしている。しみじみうまい。うまいものはうまい。
宇宙にいる間、あまり舌の肥えていない山田でさえ、食べ物の味には辟易した。
ここの焼き鳥の味を、ケリーとフロンに教えてあげたいと、ふと思った。
どれだけ感激するだろう。マナだってそうだ。
大人しげなナイン星の王女に、この焼き鳥を届けてあげたい。いやいや、焼き立てでないと美味しくないよな、と思い直す。
王女と忠実な家臣のサシムが、このカウンターで焼き鳥を食べる様子を想像して、笑いが漏れる。なんとなくコミカルな図だ。
きっと凄く喜ぶだろう。辛い目に合ったのだから、楽しい事をしてもらいたい。
一度お忍びで、あの時の皆と集まることは出来るだろうか。マナ達三人とサージも。
調印の打ち上げだ。
山田はもうすぐ行われる、ジェイの引退宣言について思いをはせた。準備は着々と進んでいる。
アンドロメダ銀河の動きは沈静化している。経緯不明のまま、エース級の部隊が消されたのだ。動きだすには、もう少し時間がかかるだろう。天の川銀河の諜報網がその隙に先んじて、あちらに食い込んでいる。
地球の宇宙局は、調印を経て二週間たった今、既に内部の再編が進み始め、大国が前に出てきている。
ジェイを親善大使にしたいという話が出たが、それは蹴った。
「立花さんに不利になるようなことは絶対に認めない」
そう小さく口にする。
ジェイの役目を変わってもらうのだから、なるべくやりやすく、仕事に見合った地位を確保する。それが自分の最後の仕事だ。
日本はジェイの引退と同時に、三人の離脱を公にする予定だ。調印の使者を務め、しかも離脱者である三人を、宇宙局には軽く扱うことが出来ないだろう。
そして、ついこの間、地球を後見するマナのレナ星とナイン星が、地球に大使館を置くことに決まった。場所は日本、そして東京の近郊だ。他国の勧誘には見向きもしなかった。
どちらも、日野とKカルテットを地球の代表として扱っているので、この先しばらく、日本の立場は大丈夫。
それらが整うまで、あと二か月程度だろうか。
その前に、一度だけ、そういうパーティーをしてもいいんじゃないだろうか。最後のパーティー。
それは炭火焼の焼き鳥屋で。




