帰国
帰国前にメンバーは、宇宙船から降下する練習を行った。
マナたちがやった降下ショーを自分たちも披露しようということになったのだ。
体幹を鍛えている立花は、これをすぐに習得した。現在継続中で一緒に修行をしている山田も、少しの練習ですぐに出来るようになった。
帰国前に、練習に付き合ってくれたマナたちは、その呑み込みの早さに驚いて言う。
「私たちは四日間掛けて、やっとできるようになったのに」
「こんなの、簡単よ」
そう言って一発で成功させたのは、ケリーとフロンだった。もちろんサシムも軽々とクリアしている。
「私もやってみたいわ」
驚くことに、そう言い出したのは、助け出された王女ミーシャだ。サシムがおろおろしている。
ミーシャ王女は結構気が強いようで、サシムの制止を無視している。体調もよさそうだし、顔色も良くなっていて、敵艦に掴まっていた時とは全く別人のようだ。
二か月にも及ぶ監禁生活から解放され、気晴らしがしたいのだろうと山田は思った。
「サシムが補助に入って一緒にやってみたらどうでしょう? 面白いですよ、これ」
ジェイがそう声を掛けると、ミーシャ王女は嬉しそうに微笑んだ。
それで仕方なくという様子でサシムが付き添って、降下練習を行った。
初めはぐらついていたが、何回か繰り返すうちに真直ぐに降りる事が出来るようになった。
「ジェイ、ありがとう。助けていただいたこと、それに今日のこれも。気持ちが晴れ晴れしました。それを考えて声を掛けてくれたのでしょう?」
「楽しんでいただけたのなら、良かったです」
それだけ言ってその場を後にした。綾乃と小森はまだうまく体勢を保てずにいたので、そのサポートに入った。綾乃の肩と腰に手を当てゆっくりと降りる。
「セクハラじゃないですからね」
山田が念を押したら、「無粋な人ね」となぜか怒られた。
小森は斜めに傾いでいたが、次第にうまく出来るようになっていき、「修行時代を思い出すよ」と嬉しそうにしている。
一日の練習で、四人共格好良く降りる事が出来るようになり、マナたちをくやしがらせることになった。
帰国は通常のルートを取ることに決まった。行きの行程での襲撃で、自粛ムードが広がったようだ。ジェイを追いかけてくる者はぐっと減っている。
さらに銀河連合の艦隊が途中まで護衛につく。
サージは何でもどんとこいと胸を叩いた。艦は攻守ともにフル装備だそうだ。
特別室のモニタで地上の大騒ぎ、というかお見送りのセレモニーを眺めている時、小森がぽつりと言った。
「たった二週間程度の旅なのに、長かったね」
山田はしみじみとした口調に驚いた。高僧なのに、高僧だからこそか? とてもノリが軽くて、あまり深刻にならない人間だ。違和感があった。
「……そうですね?」
誰も答えないので、山田が答えておいた。
「山田君しか答えてくれないんだ。やっぱり君は性格がいいよ。はあー、他は駄目だね」
綾乃はふんと鼻を鳴らして横を向いた。
立花は苦笑して、「どうかされたのですか?」と尋ねた。
「あの大騒ぎを見て、何か思わないのかね? ジェイを称えているよ」
確かに大騒ぎをして盛り上がっている。だけどそれがどうしたと言うのだろう。
アルファケンタウリ滞在中、大騒ぎでない事は一つもなかった。
囲まれ握手攻めにあい、インタビューされ、カメラクルーに追い掛け回され、周囲は常に人だかりだった。
この船に乗り込み、やっと一息ついた所だ。
山田がキョトンとしていると、小森が「嫌だねえ」という。
「あのさ、アンドロメダの最新艦を木っ端みじんにして、特殊部隊一隊を葬ったんだよ。ジェイを害そうとしたナイン星を救って、それを秘密にした。そしてナイン星を完全に地球の友好星にした。ジェイのやったことは凄い」
「はあ」
そう言わればそうだが、もう終わったことだし、今更改めて言われても、どう返したらいいかわからない。
山田の返しに、小森はがっくりと肩を落とした。
「これでジェイが消えたら、どうなるか考えたことはあるかい?」
「驚くだろうとは思います」
「全く。話にならないね。この場に日野大臣がいないのがきつい。彼ならすぐに意をくんでくれるだろうに」
日野は事務官五人と部屋にこもり、報告書の作成に励んでいる。合間に高橋に頼み、マナと交信しているそうだ。
今もこの場には顔を出していない。
綾乃と立花は、小森の話を承知していて、無視しているようだ。
彼ら二人の顔をじっと見た後、小森はふっと溜息をついた。
「まあ、仕方ないか」
帰りの旅の途中、一度だけ艦内に非常警報が鳴った。
一回目のワープを出た所に三隻の艦がいた。等間隔でピシッと整列して待ち伏せしている。
サージはすぐに警報を出し、ジェイたち一行は再びメインデッキに集められた。
「交信あり。駆逐艦三隻、艦のID、艦名受信、所属フロン傭兵ギルド。交信を求めています」
高橋が叫んだ。
「交信」
サージが許可を出した。相手はフロンの所の傭兵だった。
「総帥の命令により、ワープポイント周辺を巡回していました。この周辺には不審な船はいません。安全に航行できます」
きちんとした手順を踏んで、きちんとした報告をうけ、サージは拍子抜けしていた。
「では、この先も安全な航行を。次のワープポイントにも、ギルドの艦が待機しています」
それが低速でこちらの艦に向かってくる。白い光が二回点滅した。挨拶代わりのフラッシュだ。それから高速で去って行った。
「フロンって、総帥なのね。統率力凄そうな感じ。あの見た目で年齢いくつなのかしら。負けたわ」
サージが頭を振りながら言う。少し落ち込んでいるようだ。
綾乃が腕に掴まって、「あれは化け物よ。別枠」と言っている。
色気が売りの綾乃だが、体育会系のノリと相性が良いようで、護衛候補の男女と仲が良かった。
サージとも仲良くなって、気軽に話している。
「立花さん、先日フロンと静かな戦いしていたでしょ。結構怖いもの知らずよね」
綾乃に言われて、立花は苦笑いだ。
「彼女は本音と冗談が紙一重だし、いつそれがくるっと変わるかわからない。やろうと思ったことは何でも出来そうだしね。ケリーがまめに止めてくれたから助かった。じゃないとジェイが襲われていたかも」
「さすがケリー。腐ってもお姫様ね」
小森が吹き出した。
「それはひどいだろう、綾乃君。彼女はさすが王女様だけあって、常識のラインがはっきりあったよ。フロンは自由自在って感じだから、ケリーでないと押さえられなかったかも。いい組み合わせだよ。運が良かったね、ジェイ」
山田は、そう言われて詰まった。フロンの悪ふざけを、特に気にしていなかったからだ。
小森がやれやれと首を振った。
「この図太さがフロンに気に入られたのかもな。フロンを危険物と認識しない人物は少ないだろうから」
「俺、引き抜きに合いましたよ。フロンから」
高橋が通信コンソールから顔を上げた。彼はこの船のクルーに溶け込み、殆どクルーの一員として働いている。
行きに乗り込むなり大歓迎され、好奇心のままにあちこち見せてもらい、その内に当たり前のような顔をして、クルーに混ざって働き始めた。
「この艦は働きやすいね。居心地がいいし、動きやすい。サージ船長、良い艦ですね」
「ありがとう、高橋。最初に声を掛けたのは、うちだからね。覚えておいてよ」
小森がくぎを刺した。
「駄目だよ、高橋君。宇宙局勤務なのを忘れずに」
高橋はどこでも働けそうな様子で、ここでもひたすら楽しそうにしている。新しい技術に触れるのが心底楽しいようだ。
そのうち地球からこうやって外に出て行く人間が、たくさん出てくるのだろう。
技術が遅れているとはいえ、先進技術を受け入れる素地は十分に育っている。きっとそう時間をかけずに、それらを吸収してしまうのだろう。
山田は将来が楽しみになって来た。




