調印後のパーティーにて
「ジェイ、どうかしましたか?」
会場から出て来た山田に、立花が素早く寄りそった。
他の面々は、山田の様子には気づかず、興奮した様子で喋っている。
「生体情報で、この先どこに居ても僕の居場所がわかるそうです。いちかばちか、情報スキャンの間、離脱してみました。それがデータにどう作用するかはわからないけど、それしか出来る事が無かった」
まだ固い表情のままの山田を、立花が控室に誘導し椅子に座らせた。
この部屋はKカルテット専用室で、綾乃が一人でぼんやりと座っている。
「今、考えても仕方ないですね」
二人で顔を見合わせているとドアがノックされた。先ほどの技師が慌てた様子で入って来た。
「すみません。生体認証のチェックを行いましたが、うまくいかなかったのでもう一度試します。また失敗したら、もう一度取り直させていただくかもしれません」
非常に恐縮した様子で技師が説明する。
「わかりました。ここに座っていますので、再確認をお願いします」
技師が戻って行くのを見送り、山田は立花に笑いかけた。
「うまくいったようですね。では、僕はしばらくここを抜けます。後をよろしく」
山田は体を抜けその場を漂った。ふと、綾乃が眉を寄せてこちらを向いた。山田の精神エネルギーに反応したようだ。
だが、少し肩をすくめ、知らん顔をしてくれた。
マナがやって来て、ジェイにスピーチを頼むと言う。
それには立花が、少し休んでからと言って時間を稼いでくれた。
そこに先ほどの技師が再び駆け込んで来た。
「すみません、生体認証が通りました。お騒がせしました」
「いいえ、ありがとうございます。よかったです」
山田はすぐに体に戻り、にこやかに受け答えをした。
心配事がクリアできたせいで、山田は非常に気が大きくなっていた。それで、いつもだったら尻込みするスピーチも、気楽に行う事が出来た。
「皆さん、地球を仲間に加えてくださってありがとうございます。私たちの加盟がこの銀河連合のプラスになるよう、力を尽くします」
先程とは打って変わってにこやかに、力強く述べた。
盛大な歓声の中舞台を降りながら、山田はやり切ったという満足感でいっぱいだった。
(本当にこれで終われる。ジェイとしての仕事は終わった)
この日、いつもは寡黙で控えめなジェイが社交的にふるまい、その魅力を余すことなく周囲に振りまいた。
使節団のメンバーや護衛の三名に感謝のハグをし、その様子は調印の式典とセットで銀河中に配信された。
それと同時に、地球への帰国の報が大々的に発表された。
マナたち使節団は、大成功のうちに任務を果たしたと絶賛されている。
彼らはこのタイミングで一旦帰国し、今までの報告を銀河連合に対して行う。
「私は報告を終えたら地球に戻るわね。だから、ちょっとだけのお別れよ。帰りの護衛がいないのが心配だけど⋯⋯」
マナの歯切れが悪いのは、護衛が三名とも外れるためだ。
元々ここまでの契約なので、彼らのスケジュールは既にぎっしりと詰まっている。
サシムは王女の護衛に付く。律儀にジェイたちの護衛を務めると言ってくれたのを、丁重に断った。
王女に付き添ってあげたほうがいいと伝えると、また感謝された。
それはナイン星も同様だった。
今後地球の後見につくマナの星と共に、ナイン星も全面的に地球をバックアップすると表明したのだ。
誘拐事件は極秘のため、表向きの理由は、有力貴族のサシムを戦闘中に救ったとしている。
歴史の古い閉鎖的な面のある大国を、一番に味方につけたとして、それも銀河中の話題になっているようだ。
「帰りもサージが送ってくれるから、そこは安心だけどね。サージはホクホクよね。壊れた艦の代わりに、最新艦を貰ったんだもの。行きよりも安全かもしれない。それにアンドロメダ側は状況が把握できていないでしょうから」
マナが言いながら、一人で頷いている。
襲撃に関しては、アルファケンタウリ、銀河連合両方の軍が調査を開始しているが難航している。
推測上アンドロメダだと暗黙の了解が出来ているが、決めつけるだけの証拠は無い。
山田が徹底的に破壊するよう指示したため、何も残っていないからだ。
こういう場合は、盗賊団として処理されるのが通例だという。
ただし、銀河連合への報告会では、王女の件を抜いて全てが伝えられた。勿論トップシークレットだ。
それまでは、艦長でもない一般市民が代表になったことで、軽く見るような雰囲気があった軍部の見る目が、この報告で一気に変わったと、マナが教えてくれた。
「ジェイの戦闘力に関心が集まっているのよ。それ以上に彼らは驚いたみたいね。戦闘慣れしていないジェイが、戦艦一隻の殲滅を指示したこと、ジェイの指示に、あのフロンが従ったことよ」
地球使節団の帰国パーティーの最中、ケリーがジェイたちに向かって扇子を向けた。
「慎重に準備なさってね。帰りの航行中に襲われる可能性は、50%かしら。一番の問題は私が護衛に付けない事ですけれど」
「気持ち悪い。言葉遣いも声も全く違うじゃない。あんた何者?」
そう罵った綾乃をケリーは鼻で笑った。
「私はね、王女様なの。出るところに出れば、それなりに振る舞えるのよ」
品よく微笑むケリーを見て、綾乃は腕をさすっている。
「お付き合いを考え直すわ。じゃあね」
ケリーが慌てて綾乃の手を取った。
「いやあね、どっちも私よ。中身は一緒じゃない。そんなつれない態度ひどいわ」
パーティー用に盛装したケリーは、気品と迫力を漂わせ、一国の王女然としている。
「さすがだな。王族っていうのはここまで凄いんだ。感服します」
山田は見たことの無いケリーに、目を見張った。
「じゃあ私と結婚して、ジェイ」
「ハハハハハ」
横で立花も一緒に笑っている。
「全く、この二人は。どこまでも食えないわね。ジェイを落とそうと思ったら、まず立花を落とさないと駄目ね」
「そうね。立花を排除しないと駄目ね」
ウフフッとかわいらしく笑いながら、フロンが何か考えている。
立花がフロンに向き合って、「お手柔らかにお願いします」と言うと、フロンは鼻にしわを寄せた。急に十歳位年上に見える。
「胸に飛び込んでこられたら捻りつぶせないわ。立花、あなたって嫌な人ね」
山田は二人の間に交わされる無言の戦いを感じ取り、一歩引いた。
これは自分が太刀打ち出来るレベルではない。
「ちょっとお。無言でバチバチするの、止めて。感じ悪いわよ」
何も気にせず、どんな戦いの間にも切り込めるのが綾乃だ。凄い胆力だと、山田は感心した。
「全く、何を感心しているのよ、ジェイ。あなたって、時々ものすごく素直な子供みたいになるのよね。本当にもう」
ケリーはそう言って、ジェイに飛びつこうとしたフロンをガキッと止めた。知らない人が見たら、仲良し女友達のハグだ。
その腕から簡単に抜け出して、フロンがかわいらしく微笑んだ。
「冗談はさておき、帰りは気を付けないと。また襲ってくるかもしれないでしょう。私からジェイへの愛を込めて、プレゼントを贈るわね」
フロンはサージの艦に、武器を無償でうんと積んでくれている。
「ありがとう、フロン。もうたくさんいただいたから、それで充分だよ」
「私は後悔するのが嫌いなの。だから出来るだけの手は打っておくことにしているのよね。それが私達の世界で成功する秘訣よ」
そう言って、可憐に微笑んだ。
言葉だけ聞けばいい話だが、これ以上何が出来るのか、山田には想像がつかない。




