調印
「出来るだけのことはします」
「ええー。なんか頼りない。ジェイが餌食になる可能性があるわけね」
サシムが困ったような表情で、おたおたし始めるのを見て、サシムに親近感を感じている山田は助けに入った。
「僕は三人とも同じくらい有能だと思っているし、頼りにしているよ。ただ、急に抱きつこうとするのは止めてくれ」
「じゃあ、無防備に微笑むの止めて。理性が飛ぶから」
フロンが拗ねた表情をしている。
サシムは確か、いつでも駆け付けて手助けすると言っていたような、とふと疑問に思った。ちらっと見ると、サシムも同じことを考えていたようだ。
「そういう場合、助けたらいいのか野暮なのか、迷うと思うので、本気になりにくいっていうか。それに、この二人を相手にするなら、本気も本気の戦いですよ。本気で助けが要るなら、ジェイが指示してくださいね」
「なんだか、頼りないなあ」
凄く強いのに、あまりに情けない表情をするので、山田は笑ってしまった。
聞いていた王女がプハッと吹き出した。
明るい質の様だ。彼女は地味な服装でマナ特使の一行に混じって同行している。
「確かにジェイは自制したほうがいいかもしれないよ。僕は男色の気はないけど、たまにドキッとすることがある」
小森がおどけたように言う。
「ですよね。ジェイが悪いんだわ。調印が終わったら、護衛の任務は解かれてしまうし、最後にハグくらいさせて欲しいわ」
山田は、急に申し訳ない気分になった。それに感謝を表したいとも思っていた。
「そうだね。うん」
エッという声とともに、皆がジェイの方を振り向く。
「あの、私も」
言い出したのはニムだ。さすが代表団に選ばれるだけあって、押しが強い。山田はクスッと笑ってしまった。
「ちょっとニムったら⋯⋯それなら私も」
ジェイに断る様子が無いのを見たマナが、乗っかってくる。
日野がチラッと、敏腕マネージャー立花を伺ったのが見えた。
立花は軽く頷く。それから山田の方を見て、ニコッとした。
どうやら大丈夫なようだ。
「どうせなら、調印の後に皆の前で感謝を表すといいですよ。きっと皆喜んでくれる」
立花の言葉に水野が被せた。
「それにエスカレートしないですむものね」
流石だ。そこまでは考えていなかった。調印後ならば、使節団への感謝が周囲にアピールできるわけだ。
しかも順番とか、ハグの時間に差があるとか、そういった争いも回避できる。
立花に自分ができることなんて、あるのかと山田は考え込んでしまった。
「水野さんは、いいの? 私もって言いそうなのに」
フロンが突っつく。
「あら、私は包みこまれたことがあるので、ハグなんて今更!」
理由は違うけど、全員が再びギョッとした。
山田たちには水野の言葉が、精神体でリンクしたときの事だとわかっている。
でも水野たちが離脱に成功したのは、今のところ秘密だ。
「ジェイのジャケットにね。冗談もほどほどに」
立花のフォローが入り、水野は「アハハ、驚いた?」と言いながらケリーをつついた。
会場に着くと、そこも空港と同じような状態になっていた。こちらには先ほどの五倍はいる。人種の交じり具合はこっちのほうが多い。
叫び声が入り混じっていて、声の渦のようだ。
山田は声に乗って、精神を飛ばす術を覚えたが、色々な思いがぶつかり合う、この声のリズムと色は不快だった。
Kカルテットの三人も、嫌そうにしている。音の性質を強く感じるようになっているせいだ。
僕に出来ること、と山田はつぶやいた。
「この声、不快なので止めたいです」
山田はそう言って、マナから拡声器を借りた。
「地球代表のジェイです。今から会場に向かいますので、私たち一行を気持ちよく見送ってください。お願いします」
山田は素直な気持ちを、そのまま告げた。うまいことを言うのは、自分には無理だとあきらめている。それは他の三人の役割なのだ。
幸い、急激に声のトーンが落ち着いていった。
「皆さん、ありがとう」
ホッとして礼を言うと、ドヨッと声が上がったが、声を抑えているようで、うるさくない。
「宇宙人の皆さんは、人のお願いを真面目に聞いてくれるんですね。地球よりマナーができているのかな」
「いえ、それはジェイが言ったからですよ。さっきも言ったけど、一声で群衆を制することができるのは、ひとつまみの人間だけです」
立花が苦笑した。
「今の僕はジェイですからね。ジェイは凄い」
そしてジェイ一人が調印会場に案内された。他の者たちは外のホールでモニタ越しに見守ることになるそうだ。
会場内にいる人数は少なかった。連合の主な役職者五名と、事務方と見られる者たち、それと生体認識の準備をする医療関係者らしき者たち。
もちろん周囲のいたるところから撮影されているのだろう。人は少ないが、視線はすごくたくさん感じる。
セレモニーはとても単純だった。
事前に説明されていたが、加盟について尋ねられ、それについて返答し、調印を行う。
「地球の代表者、ジェイ。あなたは天の川銀河連合に加盟を望みますか」
「はい」
「では調印を行う」
係の者に促され、サークルのなかに立たされた。
「今から一分間ほど、ここに立っていてください。全身の生体情報を取り込みます」
これで終わる。この数か月のバタバタを思い、山田は胸が詰まった。
「これをしたら、銀河中どこにいても、あなたを探し出せますので、誘拐などに備えることができます。では、ランプで合図をしますので、それが消えるまでじっとしていてください」
山田の顔から血の気が引いた。
(なんだって。どこにいても!?)
逃げられなくなる。そう思った途端に頭が高速で回り出したようだ。全てがスローモーションになった。
そして、一つだけ可能性が見つかった。それに賭けるしかない。
立花と一緒に離脱したとき、医者が言ったこと。
『精神は体に影響を及ぼすのかもしれない』
離脱して計器に異常が生じたら、という不安もあったが、それならそれで、時間が稼げるかもしれない。
山田には、他の選択肢が無かった。
山田は真っすぐに立って、体幹に意識を集中した。それから全身に力を込め、サークルの手すりを強く握った。
立花と一緒にした修行のなかで、無の状態で立ち続けるものがある。それをとっさに行ったのだ。そしてランプが灯るのを見た瞬間に体から抜けた。
(一分間、保ってくれ!!)
それは非常に長い時間だった。
計器に異常は起っていないようだ。やはり、宇宙船でのことは、怒りが大きかったせいなのだろう。
山田は目の前に立つ自分をじっと見た。
今、目の前に立っているのは、ジェイだ。彼は、半眼に細めた目で、前をじっと見ている。
まるで像のようだった。意識が無いのだから、そう見えてもおかしくないけど、あまりにも泰然として見える。今、山田が感じている焦燥感になど全く無関心のようで、腹が立った。
こうやって全くの他人として見ると、彼が魅力的なことは認めるしかなかった。
今は特に立行禅の時の気を張り詰めた状態だ。緊張したピンと張り詰めたものを感じる。
それなのに、野生のシカと向かい合っているような、澄んだ印象も同時に感じる。それが不思議だった。
見ているうちに、ほんの少し、指が緩み始めた。
(まずい。もう戻らないと)
スッと体に戻ると同時に、ランプが消えた。
結果は――わからない。
「さあ、これで調印は終わりです。ようこそ天の川銀河連合へ。大歓迎です」
満面の笑顔で、連合の総長に手を差し伸べられ、山田はゆっくりとその手を握った。
苦々しい思いが胸にたまり、表情が取り繕えない。
せめてもと、無表情に徹した。




