出発準備
「まあ、見た目と中身は違うとは言うけどね」
「そうね。違いすぎるわよね。どう接したらいいか、戸惑うわ」
そう言っていた割に、皆すぐに三人の護衛と仲良くなっていった。
フロンは組織を率いる立場のせいか、教団運営にかかわる小森、国政に関わる日野と話が合う。
ケリーと綾乃は自分に正直な性格がよく似ていて、気が合うようだ。
一人、サシムだけは、少し線を引いて付き合うようなところがあった。でも、いつしかそれにも慣れていった。
三人は交代制で、ジェイの身辺警護を行う。
ジェイは正体を隠しているので、警護はジェイとして現れた時だけというのが元々の条件だった。そのため三人には結構な自由時間があった。
三人共、最初はジェイの正体を探ろうとして後を付けてきたが、コアメンバーフロアには入れないため、捲くのは簡単だった。
それに、山田とばったりと出くわすことがあっても、全く気づかず通り過ぎていく。それほど素の山田は目立たない。
山田に戻った途端に、雰囲気がまるで変わるのだ。日野はその変化に相変わらず衝撃を受ける。
二人はその内、諦めたようだが、サシムは一向に諦めない。日を追うごとに焦りすら見せ始めた。
「彼は少し様子がおかしいですね。注意してください」
立花が彼を警戒し始めたようで、皆にそう注意を与えたのは、護衛が始まって二週間ほどしたころだった。
「ねえ、ジェイっていつも何しているの? 護衛の私達には教えてくれない?」
アハハ、とジェイは笑ってごまかしているが、追及の手を緩めないのがケリーだ。
「ねえ、教えてよー。いいじゃない」
「しつこいわね、ケリー。王女様ってもっとかわいいものじゃないの?」
王女様相手に、綾乃は全く遠慮する気配もない。
猛獣がうじゃうじゃいる星で、王族は一番強いからこそ王族、という価値観の星の王女だ。
ケリーがそういう感じなのはうなずけるが、綾乃はなんなのだろうと、日野は呆れながら眺めている。
「どこの世界にかわいい王女様なんかいるのさ」
「あら、私はかわいい王女様を一人、知っているわよ」
フロンがにっこりとして言う。
「フロン、つまり希少だってことだろ。やめてくれ、お姫様に対する幻想が壊れる」
小森が耳を塞いだ。
したたかな大人そのものの、小森のかわいらしい言葉に、ジェイと立花が下を向いて笑いをかみ殺している。
結局、護衛たちは結構暇なのだった。
ジェイに反発する団体はあるが、表立って攻撃してくる大きな勢力はない。銀河連合という現実が立ちはだかっているため、たわごとがまかり通る余地はないからだろう。
そうやって、特に大きなトラブルもないまま、アルファケンタウリへ旅立つ日が迫って来た。
随行メンバーは思い切り絞り、人数を抑えている。
宇宙局の体制作りは、調印後に本格化するので、現段階での交流や会議は一切無しだ。それに関しては、調印を急がせた連合側も承知している。
◇ 山田視点
今、山田は勤怠システムの出向申請をパソコンで打っている。宇宙局側から会社に話を通しているので、やっているのは事務処理のみだ。
これから約一か月、山田はジェイとしての仕事に縛られる。しばらく、会社に来ることはない。
山田の勤務表の出向申請に承認を押し、松岡主任は感慨深げに言う。
「山田、一か月間の出向か。お前も忙しいな。でも、役に立つから頼まれるわけだし、頑張っているんだな。最近しっかりしてきたし、やっぱり人間って、成長するものだな」
思いがけない誉め言葉に、山田は面映ゆくなった。
しっかりしてきたのは、ジェイとしての仕事のおかげが大きいだろう。
「宇宙局への出向は、勘違いで始まったことだけど、今はよかったと思います。自分でも、僕は少し変わってきた気がします」
松岡主任がパソコンから目を離し、こちらを向いた。
「お、言うね。でもさ、先々の事も考えた方が、いいかもしれないな。今は宇宙局の掛け持ちのせいで、サブでしか仕事に関われないだろ。どこかで片方に絞らないとな」
今日の松岡主任はいつもと違い、良い上司という雰囲気だ。
「気にかけていただいて、ありがとうございます。調印が終わったら、宇宙局を辞めようと思っています」
松岡主任が意外そうな表情をする。
「そんなにすぐ、辞めるのか? 宇宙局の仕事は面白そうだけどな。いいの?」
「はい。僕には向かないです。この会社でちゃんとキャリアを積んで、一人前になりたいと思っています」
「へえ。やっぱり、しっかりしてきたな」
事務処理が終わって、二人でランチをしに出掛けた。
今日のランチは、前から目を付けていた新しいラーメン店の豚骨ラーメン。
準備に追われ、そして取材陣にも追われ、二日後の出発まで外食は出来そうにない。
山田は目の前に置かれたラーメンをじっと見て、「ラーメンよ、一か月のお別れだ」と心の中で別れを告げた。
地球と比べ宇宙の食事は今一つだと聞いている。
食べてみないとわからないが、とにかく宇宙にラーメンはないだろう。
それに、護衛候補たちが、特にラーメンにはまって食べ歩きをしている。
食べ歩きはラーメンに限ったことではないが、ラーメン人気が一番高い。地球から離れたくない、と言い出すものまで出てきたそうだ。
「山田、早く食えよ。伸びるぞ。俺は麺類を伸ばして食う奴は嫌いだ」
隣で勢いよく麺を啜っている松岡主任を見て、山田は苦笑した。
その山田に、松岡主任は嬉しそうに言う。
「この店、当たりだぞ。うまい」
確かにうまいラーメンだ。
調印を無事終えて、帰ってきたら、次はしょうゆ味を食べる。山田は決意を新たにした。
◇ 日野視点
Kカルテットの四人は、護衛の三名と共に転送エリアに立った。
彼らが消えると、次は日野たち宇宙局のメンバーの番だ。日野と随行員六人がその場に立った。今回、高橋と宇宙局の事務官五名を連れて来ている。
突然スッと変な感覚が体を襲い、次の瞬間、日野は見知らぬ場所に立っていた。
目の前には、十名くらいの人が立っている。
先頭に立つ一人が、熱いまなざしで、先に転送されたジェイを見ている。
オレンジ色の長い髪を後ろで一つに結んだ三十代位に見える女性だ。
「ようこそ我が船へ。ようやくお会いできました。私はこの艦の船長、サージと申します。アルファケンタウリまで、あなた方を安全にお送りいたします」
それから各自の部屋へ案内された。ベッドがカプセル状になっているだけで、他は普通の個室という雰囲気だった。ジェイの両隣と、前の部屋は護衛三名の部屋になっている。
一時間後に日野たち一行は会議室に集められ、そこでアルファケンタウリへの旅程を、マナが説明してくれた。
出発は明日、それから四日の旅になる。
現地到着は、調印式の前日。
「結構、ギリギリですね」
日野は驚いて頭を上げた。
「ワープ経路を追跡されないように、大回りする予定です。到着時間も、公式発表より数時間ずらします」
「そんなことをして、マナさんは大丈夫なのですか」
日野はマナが責任を問われないかと心配したが、マナはキリッと眉を上げて言い放った。
「囲まれたらお終いです。まず味方から騙します。ただ今回、ある意味、味方はいないと思ってください」
キョトンとする人々のなかで、立花だけが静かに頷いている。
「つまりスーパースターに一目でも会いたいファンたちが、あの手、この手を使って近付こうとする。その数が半端ではないので、撒かないと到着することすらおぼつかない、とお考えなのですね」
マナが机に両手をついて身を乗り出した。
「そうです。通常ルートなら二日でいけますが、ワープを出たところで大渋滞に巻き込まれます。使えっこない。だから普通は使わないルートを組みました。そして護衛候補たちを乗せてきた艦をおとりにします」
囮の艦は、調印の四日前に地球をたち、二日前に到着する通常ルートで向かう。
護衛のケリーが、手を上げた。
「ワープを連続して最短ルートで行くのはどう?」
「彼らは宇宙船に初めて乗るのよ。ワープ酔いで、ふらふらになるわ」
マナが反対した。
「あ、そうか。やめたほうがいいわね。後が大変」
ケリーは何かを思い出したようで、顔をしかめている。
大人しそうに見えるフロンが質問した。
「ジェイに群がる者たちを排斥するのに、どの程度の武力行使が適当ですか」
「しつこい艦は動力破壊してもいいよね」
ケリーが嬉しそうに言う。
「駄目。この艦の戦闘力は中程度よ。それに攻撃より守備特化型なの。そうよね、船長」
「そうですね」
そう言いながら、なんとなく視線をそらす。マナの目が疑うように船長のサージの目を追う。
「嘘だあ。色々搭載されているよね。どれだけ積んでいるのかは知らないけど」
「それは私も受け合います。なにせ我が商会からたくさんご購入いただいていますからね」
これにはマナが本気で驚いたようだ。
「なんで武器を買い込んだりしたの? 何のために?」
サージはコホンと咳払いをしてから、ゆっくり話した。
「奇抜な技術を持つ種族なのだから、用心に越したことはないと思いまして」
「そんな話は聞いていないわよ。一体いつどこで、そんな話をしたっていうの?」
マナが日野に同意を求めてきたが、日野は今の話に納得していた。
「マナ特使。危険があれば、備えるものです。それは星が違っても共通ですね」
ジェイはぼんやりと話を聞いている。
わかっているのか、いないのか、後で聞いてみようと考えていたら、目が合った。
ジェイはふっと柔らかく微笑んだ。
これが実情を知らない者には、ものに動じない腹の据わった男に見えるのだ。
日野もたまに、そんなふうに感じてしまうことがある。
山田はジェイに近付き始めているのかもしれない。
仮の姿のジェイを演じる内に、その役割に慣れ、考え方もジェイに近くなってきたのだろうか。
しかし、あの山田だ、と日野は思い直す。
「そりゃあ軍の正式ルートでの命令よね。軍人の理論よ。しかも予算もたっぷり付いたのよね」
ケリーは豪快に、フロンは可憐に笑っている。そしてフロンがかわいい声で聞く。
「じゃあ、攻撃できるわね。やってもいい? 小型戦闘機もたくさんあるはず。好みのを一台貸してもらえれば、出るわよ」
「駄目! 絶対やりすぎるに決まってるわ」
ぼんやりしているうちに、マナが劣勢になってきた。助け舟を出そうとしたら立花が先に声を上げていた。
「火力より、ジェイのほうが強いです。彼に離れろと言ってもらえば、きっと言う事を聞きますよ。問題はファンじゃない相手ですね。その場合はどうなりますか」
途端にサージが表情を引き締めた。使節団としてのリーダーはマナだが、艦のリーダーはサージだ。
「その場合は応戦します。充分な火力を積んでいるし、シールドも最新式に変えてきています」
「攻撃力増強の費用は軍から、防御力増強の費用は外務省からもらっているわけね。得したわね、船長」
フロンの言葉に、サージは満足そうに、にんまりとした。
さすが武器商人で傭兵の王と言われるフロン。多分その指摘は正しいのだろう。




