宇宙船との交信
日本政府は取りあえず、宇宙船を東京から移動してもらうことにした。
いつまでも新宿に居座られたら目障りで仕方ないし、航空スケジュールにも差し障る。
それで富士の中腹辺りに移動してもらい、代表団同士で直接話し合うことを提案した。
メディアは大騒ぎだ。
「宇宙人と対面での会議決定!」
各国の言語でその見出しが飛び交った。誰もが驚き慌て大騒動になっている。
この数日地球中に飛び交った、「宇宙人は本当にいた!!」を上回る衝撃だ。
いるのが分かったのと、実物が目の前に姿を現すのでは、インパクトが桁違いだ。
詳細が決まるのも待たず、地球中のテレビ局が、一斉に日本に向かって追加の特派員を送り込んだ。
東京は既に宇宙船を見ようとやって来た人でパンクしそうになっていたが、それが富士の辺りに移動することになったのだ。
交渉会場は富士の自衛隊駐屯地。
その周りを米軍が演習と称して取り囲むことになっている。他国は自国内で臨戦態勢を取る。
そんな事をしても、銀河を横断できる相手からしたら、猫パンチ程度でしかないだろう。
それでも黙って見ていられるものではない。
そんな中、日本国民はと言えば、地下シェルターにこもる者や、海外に逃げる者もいるが、なんとなく成り行きを見守る者が主流だった。
「さすが、クールジャパン」
諸外国からそう評された。
この会議に、宇宙人側は三名でやってくると言う。
日本政府からは外務大臣と官僚三名、学者三名が出席する。
それに米軍のオブザーバーとして、軍人三名と、宇宙開発局のお偉いさん二名が出席することに決まっている。
日本代表が外務大臣でいいのかと論争が起こったが、外交ではあるのだ。
それに何かあった場合に備え、最高指揮官たる首相は距離を置くべきということになった。
その代わり、首相は東京からWEB参加することになっている。
当初、オンラインでの会議を想定していたが、宇宙人側は一人一人がシールドを張っているので、双方に影響は出ないと保証した。そして対面での会談を希望したのだ。
それで、思いがけないことに直接会う形に落ち着いた。
そしてやって来たその当日、富士周辺は大混乱に陥った。
富士から避難しようとする人々と、富士に向かおうとする人々で、新幹線も東名高速道路も大混雑している。
国際便は全便欠航で、日本への渡航は禁止になっているのに、それでも日本に向かおうとする人々で、各国の空港や港ではトラブルが起きていた。
そうした大混乱の中、両代表団の会議は行われた。
会議の数分前、取材陣が固唾を飲んで見守る中、基地上空に停泊中の宇宙船下腹から、淡いオレンジの光が地上に伸びた。
その中を宇宙人三名がゆっくり舞い降りて来る。
まるで映画で見たような一場面だった。
彼らが地上に降り立つとオレンジの光が消え、そこにはごく普通の人間にしか見えない男女が立っていた。
ジープが迎えに走り、三人を乗せ、すぐに建物の入り口に付ける。
隊員は一応簡易防護服を着ているが、宇宙人側は一般的なスーツ姿だ。
これではどっちが宇宙人なのか分からない。
会場には既に地球側の代表団が集まっていた。
その片隅で、外務大臣の日野は考えこんでいた。
この会議は、『天の川銀河連合富士山麓会議』と記録されるのだろうか。 暴走族の集会名のようだ。
そんな馬鹿な事でも考えていないと、心臓が家出しそうな気分だった。
日野は人類初の、宇宙人との交渉役となった。
国連レベルどころでは無い。
しかも相手は地球のずっと先を行くテクノロジーの持ち主なのだ。
丁度宇宙人たちがオレンジの光の中を降りて来る様子が、モニターに映されている。周囲から、「おお」と感嘆の声が上がる。
「神々しい!」
これは荷が重いなんてものじゃないと、日野がこめかみと胃の辺りを揉んでいると、米軍の大佐が声をかけて来た。
「顔色が良くないが大丈夫か? 体調が悪いなら代わってあげよう」
親切面の後ろに、功名心やら何やらが透けている。
おかげで日野はすっかり開き直ることが出来た。
(余計なお世話だ、俺はすでにまな板の鯉だ)
「お心遣い誠に感謝いたします。大丈夫ですよ。少し緊張しているだけですから」
そこに米軍宇宙開発局の局長が加わった。
「素人にはさぞ荷が重いことでしょう。私がイニシアティブをとりましょう」
「誠にありがたい申し出です。だが私がこの交渉団の団長だと、向こうは承知しているのです。今更変更しては、地球側の不利になるかもしれません」
なんとか一番前に出ようとする奴らと、攻防をしているうちに、宇宙人たちが案内されてきた。
一気に会場がざわつく。
そこにはスーツ姿の四十代位の男と女、二十代位の女の三人が立っていた。
日野はぎくしゃくと議長席に向かい、その椅子に座った。
三人は日野の方に歩いてくると、スーツのポケットから名刺入れを取り出し、サッと名刺を差し出してきた。
かなり堂に入っている。
先頭の四十代女性が交渉団の特使のマナと名乗り、男が副官のビーンと名乗り、一番若い女がサポート役のニムと名乗った。
全員地球人とかなり似た姿をしていて、髪がオレンジ色なのが物珍しいだけだ。
しばし呆然とした後、名刺入れを取り出し、名刺を渡して日野は着席した。
「名刺交換から始まるファーストコンタクト?」
ぼそっと呟いた。
思いもよらない展開に頭が混乱している。
映画などで刻み込まれた、宇宙人との出会いのシーンが頭をよぎる。
(何というか……違わないか?)
現場の中継を見ている地球人たちは、盛大な違和感に襲われていた。
◇山田の視点
もちろん山田太郎も、モニターを見つめて首を捻っていた。
「こんな、だったかな?」
そう呟いてから、考えこんだ。
別に、ファーストコンタクトに決まりの作法があるわけでは無い。
名刺交換がおかしいわけでは……いや、おかしい。
それが銀河の共通文化だとは思えない。しかも出合い頭にピシッと交換するなんて、完全に日本方式だ。
「おい、山田。これどう思う?」
声を掛けてきたのは山田の上司、松岡主任だ。職場にいる社員は、ほとんどがパソコンで生中継の画面を見ている。
電話も鳴らない所をみると、どこも同じように中継画面に張り付いているのだろう。
山田は周囲を見回してから、松岡主任に目を向けた。松岡主任は困ったような表情で頭を掻いている。
「なんか、変ですね」
「変だよな。お前もそう思うよな」
松岡主任の声はでかい。
その声に反応してフロア中の人がこっちを見る。そして寄ってきて、口々に文句を言い始めた。なぜか山田に。
山田は焦って、皆に声を掛けた。
「会議は今からですよ。静かに見ましょう」




