水野の覚醒
二日後、水野の実験日には、普段は忙しいといって見に来ない小森が来ていた。
「水野さん。出来るかもしれませんよ。この私が出来たのですから」
小森は元気よく言う。
いらぬプレッシャーを与えるな、と山田は睨んだ。他の者も同じような表情を浮かべている。
だが、気の強い水野には、これが効いたようだった。
いつもなら、ブーブー文句を言いながらやる運動を、歯を食いしばって行い、しっかり汗をかいている。
水野は実験室に、イタコとして霊を降ろすときの衣装を着て入った。
彼女は紫色の鉢巻を額に結んでいる。
この鉢巻を、生き物かのようにさすり、ほおずりして乱れる。
山田には目の毒な光景だ。そしてやはり引きずられるのか、少し体が浮くような感覚が襲ってきている。
紫の布が白い頬を擦るうち、うねうねした動きが、ふと止まった。
喘ぎ声も止まっている。
全員がブンッと脳波計の方を向いた。
「同じです。小森さんの時と似た波形が出ています」
水野は、無表情のままだ。
体の動きも止まり、中途半端な姿勢のまま止まっている水野は、よくできた人形のように見える。
「⋯⋯長いな」
誰かが言った。
小森の時は一分ほどで戻ったのに比べ、水野は5分経っても、その状態が続いている。
「おい、放っておいて大丈夫なのか?」
彼女を見つめたまま、そう呟く声に、答えられるものはいない。
もう一分ほど経ったとき、微動だにしなかった体が揺れ、紫の布を握った手がパタッとマットに落ちる。
次にゆっくり゙床に転がり、胸をあえがせ始めた。
坂田が実験室に飛び込んだ。
「大丈夫ですか。体調に変化は?」
水野は坂田の腕に手をかけ、顔を上げた。誇らしげだ。
「離脱したわ。今までより、ずっと明瞭だった。私は離脱してお山に戻っていたみたい」
「少し休憩してください。消耗しているようです。どうぞこちらへ」
坂田が彼女を立ち上がらせると、水野のサポート役をいつもしている松井が駆け寄ってきて、彼女の体を支えた。
椅子に座らせ、ペットボトルのお茶を前に置くと、それを一気にグッと飲み、テーブルに突っ伏した。
「なんだか疲れたわ。ねえ、肩揉んでくれない」
松井が、すぐさま肩を揉み始めた。腕や背中もと言われ、必死で全身を揉んでいる。
「落ち着きましたか?」
「そうね。ようやく楽になってきたわ」
「では、お伺いしますね。水野さんは約六分間、ピクリともずにいました。その間の事を覚えていますか?」
水野は、チラッと小森に目だけを向け、ニンマリとした。
「ええ、ちゃんと覚えています」
あからさまな挑発だ。小森はむっつりした。
「私だって、次はできるさ」
「別室でゆっくり伺いましょうか」
坂田が気を利かして、二人を引き離してくれた。この二人は口が立つので、けんかを始めると長引くし、うるさいのだ。
負けたまま終わった感じになった小森は、むっつりしたまま山田に話しかけた。
「山田くん。彼女、どう思う? そりゃあ離脱はできたけど、人間性には問題あるよね。そう思わないか」
「離脱と人間性は関係ないですよ」
山田こそ、そう思っている。これはただの体質の問題で、何か偉いわけでもなんでもない。
「まあ、君は謙虚でいいと思うよ。彼女と比べたら、君のほうがずうっと納得できる」
この先生は偉い割に、いつもどこかズレているのが不思議だ。
離脱には謙虚さも、その他の何も関係ない。言ってしまえば、離脱できたからって、何かいいことがあるわけでもない。
今回に関しては、銀河連盟に加入できた。だが、それはいいことだろうか?
「君、相変わらず、あんまり意見を言わないね。自己主張は大切だよ」
「はあ」
小森は不服そうにしていたが、仕事が溜まっていると言いながら、せかせかと帰っていった。
坂田が呼びに来て、水野からの聞き取りに立ち会って欲しいという。
山田は彼の後について、応接室に向かった。
応接室では水野が紅茶とお菓子を前に足を組んで座っていた。
イタコの衣装から普段着に着替えている。
水色のパンツスーツだけど、いつも通り、ブラウスの胸元は思いっきり開いている。
そこに金の細いチェーンがきらめいていて、どうしても目が吸い寄せられてしまう。
水野は男たちの視線を全く気にせず、ご機嫌で紅茶を飲んでいた。
「水野さん、今回の実験中の事を話していただけますか?」
「いいわよ。まずね、いつもの口寄せをしていたら、突然体から魂が抜けたのよ。今回は、気付いたら修行していたお山にいたみたい。知っている風景だった」
「それはどのくらいの時間がかかったのでしょう。飛んでいる間の記憶とかはありますか」
「いいえ、抜けたみたいって思った後、突然その場にいたわ」
「そこで何か見ました?」
「ええ、女性がいたわね。キノコ狩りかな? 話し掛けても気付かないみたいだったわ。何回か話掛けてみたけど、駄目だったわよ」
水野の話を確認すると、抜けてすぐに修行していた山にいて、そこをゆっくり漂っていたそうだ。
「ところで、精神エネルギーの状態だと、相手のそれが見えるみたいよ。意識が飛ぶ前に一瞬見えたの。山田さんのは巨大だった。山田さんも少し抜けかけていたみたいね」
その後再チャレンジして離脱実験に成功した小森も同じだった。
「まさか山田君がねえ。精神エネルギーで言えば、僕なんか足元にも及ばないよ」
その後、二人の山田に対する態度が、少し丁寧になった。
二人の離脱実験がうまくいったので、立花の実験にも非常に期待が高まっていた。
彼は、護摩行だろう。
実験室内で火を炊くのは危険だったし、そういう仕様になっていないので、実験は修行に使っていた山中で行うことになった。
バンに機材を積んで向かい、車を停車させた所からは、機材を背負って上がる。
これだけでも、すでに苦行だ。
立花は慣れていて、重い荷を軽々と背負い、更に両手に二個の荷を持って先を行く。もしかしたら、山田たち普通の人間が考える苦行と、立花の苦行はレベルが違うのかもしれない。そのせいで、離脱実験が成功しなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、山田はぜいぜいと後を追った。
「山田さん。身体作りをしましょう。それと姿勢や顔の表情で、全体の雰囲気を変える練習も必要です」
立花にそう言われ、最近一緒に訓練をしている。だから、研究員の皆と比べれば、山田はだいぶ体力がある方だ。とは言え、これはきつい。
先に修行場所に着いた立花が、もう山を下って来た。
「後ろの人たちを手伝うので、山田さんは荷を開けていてください」
さっと下っていく後ろ姿が、とても頼もしい。
山田は、交代するなら立花であって欲しいと考え、ふと皮肉っぽく口元を歪めた。
先日、小森の言葉に、人格と離脱は別だと呆れたくせに、今山田自身が同じことを考えている。
でも、本心、そう思ってしまうのだ。
立花はこの場所で離脱経験をしている。その時に意識があればいいのだ。
山田は自分が手伝えることがないか、考え始めた。
しばらくして、思いついた。立花が離脱した時に、自分も離脱していれば、何か手伝う事が出来るかもしれない。




