山田の変身
「それなら、こうしないか? チームで活動するのはどうだろう。山田君をリーダーとして、今後離脱の可能性のある三人を加えた、覚醒者チームを結成し、チームで地球代表を務める。グループ名は、Kカルテットなんてどうかな」
立花が山田を見つめた。
「逃げ……るのは、無理ですね」
山田が、フッとため息をつく。
「条件は正体を隠すこと、それと他の覚醒者が現れたら、交代すること。僕を元の生活に戻してください」
「正体を隠すのは我々も同意だ。先程言ったように、銀河中から注目されることになる。しかも狙われる可能性も高い。そこは入念に準備を行う」
山田は頷いた。
「もう一つ。会社員としての僕の生活を残して欲しいです。急に辞めたら、逆に疑われるかもしれません。今の出向をそのまま続けたい。もう一つの身分を残したほうが、隠れ蓑になるはずです」
「わかった。では決まりだ。これからKカルテット立ち上げの準備期間を、最低でも二週間ほど設ける。正体を隠しておけば、誰かと入れ替わることもできるさ。山田君がファーストコンタクトの人物だと知っているのは、ここにいるメンバーだけだ。この六人をサポートチームとし、機密保持の誓約書に署名してもらう。たとえ家族でも、首相でも一言も漏洩禁止だ」
研究所長、研究員の坂田、佐伯、松井の四名が呆然と日野を見つめた。
高橋は頭を掻いている。立花はニコッとした。
「小森さんと水野さんには山田君のことは秘密にしたいが、どうだろう。隠すのは無理かもな。まあ試してみてから考えるか」
四人でグループを組めば役割分担が出来るし、すべてが山田に伸しかかることは無くなるだろう。
日野はチームを組むことのメリットを説明し始めた。
「負担やプレッシャーの分散以外に、教え合えることも多い。山田君は彼らの覚醒をサポートし、代わりに彼らは山田君に得意分野をレクチャーする。小森さんからは、話術と、論理的思考、水野さんからは、読心術と共感力、立花さんからは色々とありそうだな。立花さん、何を担当しますか?」
「私は、ビジュアル強化と、彼のイメージプロジュースを任せていただきたいです」
意外な内容に、日野は一瞬口ごもり、続く言葉を探しあぐねた。
「立花さんは……体力増強とか、精神の鍛錬とか、そういう方向かと思っていました」
「私は、以前、芸能プロダクションのマネージャーをしていました。そちらの能力を生かしたいと思っています」
思いがけない職業に、周囲はぽかんとした。だが芸能関係の職に就いていたと言われれば納得できるほど、こなれた雰囲気を立花は持っている。
気を取り直した日野は、急いで決めなけいけないことを口にした。
「まずは、山田君の変装を考えないといけないな。仮面でも被るか?」
「それより、変身ではどうでしょうか」
立花が自信ありげに提案する。
「変身ってなんですか? ライダーじゃあるまいし、僕にそんな事はできませんよ」
「僕に任せてください」
立花は爽やかに言う。まあ、立花がそう言うなら、と皆が納得し、その変身とやらに山田は付き合うことになった。
次の日、同じ会議室に同じメンバーが集まった。
立花は、まず山田の髪と眉を整えた。
髪をダークブラウンに染め、ほんの少しカットした。
少し違うだけなのに、全然違う。
眉の形をシャープに整えると別人のように垢抜けた。
鏡に映る自分を見て、山田が目を丸くしている。
「これ、似ているのに別人! これは、僕ですね? ……離脱以外の何かができてしまいそう」
顔に軽くメイクをし、おしゃれなスーツを着せた後、立花は山田の体を触りながら、何カ所か姿勢を矯正した。
それから皆の前に、山田を立たせた。
そこにはアイドルのような若い男が立っていた。
耳に付けた、金の小さなピアスが洒落ている。
皆、言葉が出ないようで、まじまじと山田を見ているが、無言だ。
立花がカラコンを山田に渡した。その黄緑のカラコンを付けると、山田には国籍不明の不思議な魅力が加わった。
山田は鏡を見てうろたえ、「誰だ、こいつ」とつぶやいた。
「どうです、変身したでしょう。これなら山田さんと気付く人はいませんよ」
全員が口を開けたまま頷く。
ところが、山田は納得できなかったようだ。
「変身したのは確かだけど、結局今の山田太郎の生活は、続けられないじゃないですか」
すると立花が近付いて来た。
「失礼」と言って、山田のセットした髪に手を入れ、グシャッと崩し、薄く色の入った分厚い黒縁のメガネを掛けさせた。
「どうでしょうか」
おおっと声が上がる。
そこにはいつもの山田がいた。
「眉を隠し、髪をボサっとさせると今までの山田さんにしか見えないでしょ。カラコンは外さなくても眼鏡で隠れてしまう。簡単に変身できる素材なのですよ、山田さんは」
そう言いながらメガネを外し、髪を整え直した。
「おお、戻った」
見ている人々が、口々に驚きの声を上げる。
これで変身案に決定したのだ。
立花は、かなりの敏腕マネージャーだったのだろう。
これまでも山田の可能性が見えていて、もどかしく思っていたらしい。
「全力でサポートします」
立花は、すっかり芸能プロダクション時代の顔に戻っていた。
こうして離脱チームがデビューするための体裁が整っていった。
その際、山田だけは本名を隠し、『ジェイ』と名乗ることになった。
初めは山田の頭文字で、『ワイ』にしようとしたのだが、関西人の松井が、ワイは自分の事を差す河内弁と紛らわしいと言い出した。
それならと、Aから順に検討し、紛らわしくなくて名前っぽく聞こえる、『ジェイ』に決まったのだ。
変身した山田を小森と水野に会わせた所、二人共全く気付かなかった。
「おお、あなたが! お会いできて光栄です」
小森は感激しているし、水野も薄っすら頬を染めていた。
変身は大成功だ。
ただし喋ったらすぐにばれた。
それで、立花は山田にボイストレーニングをすることになった。声の出し方、喋り方を変えるのだと言う。
そして、結局二人も秘密メンバーに加わることになった。山田は正体を隠す必要がなくなって楽になったが、日野の不安は増したらしい。
絶対に情報漏洩は駄目だぞと必死に言いつのった。だが、この二人は言動の派手さに反して、堅固な倫理観を持っているようだった。
「いやあね、そんな事死んでも口にしないわよ。もし漏れたら、それは小森先生の御口からでしょうね」
水野が赤いくちびるを皮肉っぽくゆがめて言う。
「高僧の、この私に何か言ったかね。この口はね、言っていい事と悪い事をわきまえているんだ」
「日野大臣、このお二人はおっしゃる通り、信頼できる方々だと思います。僕には以前からそう見えていました」
立花に言われ、日野は少し落ち着いたようだ。二人は褒められて盛大に照れている。
「そうか。きっとそうだな。じゃあ、この八人と私で、山田君の秘密を守り切ろう」
それでやっと、その場が落ち着いた。
こうして山田はジェイとして存在を始め、Kカルテットが始動した。
日野は並行して、地球の代表組織の体制を整えて行った。
日本政府は、山田が特定された二日後に、ファーストコンタクトの人物が見つかったことを公表した。
そして交渉を始めるために、地球単位の組織を早急に立ち上げると宣言。
即、全世界から文句が出た。
「国連の一組織とすべき。日本にばかり優先権があるのはおかしい。もうファーストコンタクトの人物が特定されたんだ。この先は日本には交渉権はない」
日野にとって想定内の事だ。
「ジェイの登場で、これまで交渉を担って来た日本は他国と横並びの立場に戻ります。だが日本人のジェイのバックアップをする必要がある。新しい組織ではそのポジションの用意をお願いする」
うまく捌ききったと日野は安心したが、事はそうスムーズには運ばない。
国連に宇宙局を新設する話は、イニシアティブの取り合いで収拾が付かず、再び国連と大国が揉めに揉めた。
結局、暫定的に日本の宇宙船対策本部がそれに宛てられることになった。




