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ラブコールは銀河から――僕が地球代表だそうです  作者:


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1/9

不思議な出来事

 天の川銀河連合の使節団と顔合わせをした翌日。

 山田は足取りも軽く会議室のドアを開けた。


 先に来ていた日野と小森は、祝い酒で二日酔い気味なのか、げっそりしている。

 山田の秘密を共有する、特殊サポートチームの五名も同様だ。

 一緒に飲んでいたはずの水野は化粧のりが良く、いつにも増して艶やかだ。ザルだという噂は本当らしい。

 頬がつやつやしている。


 立花は。

 さすがだ。いつも通りのすっきりした佇まい。爽やかな微笑みを浮かべ、山田に挨拶をしてくれた。

 

 大仕事が終わり、会議は力の抜けた感じで始まった。そこで山田は、以前から言おうと考えていたことを議題に上げた。


「ジェイを辞める!?」


 山田は小さく頷いた。


「誰かが覚醒したら、代表を交代してもらう約束でした。三人全員が覚醒した今、誰が替わってもいいはずです。交代したら僕はここを去ります」


 会議室にいる誰もが、ピクリとも動かない。

 じっと山田を見つめている。

 ガタッと椅子が音を立てた。

 立花が立ち上がり、山田に向かって腕を伸ばそうとした。

 山田と視線が合うと、腕をゆっくり戻した。


「本気なんですね」


「そうです。そしてこの先、宇宙局の先頭に立つべきは、立花さん、あなただと思います。今までだって、実際に物事を仕切って来たのは立花さんです。それがあるべき姿だと思います」


 皆の目が立花に移る。


「だが、ジェイが身を隠したとして、放っておいてもらえるとは思えません。きっと地球人も天の川銀河の人々も、君を探すと思いますよ」 


「それでも、僕に気付くとは思えません。実際の僕はとても目立ちませんから。それに僕の素性を知っているのは、ここに居る十名だけです」


 全員が考え込んだ。山田の変装は完璧で、変装を解いたら、目立たない平凡な山田に戻る。

 山田がジェイだと知っているのは、離脱研の所長と三名の研究員、そしてKカルテットの立花、小森、水野の三人と日野外務大臣、それに通信主任の高橋のみ。

 

 小森が珍しく深刻そうな表情を浮かべている。


「しかし、今までジェイとして君が交渉を重ねて来たんだ。それを急に交代して、トラブルにならないだろうか」


「連合への加盟交渉の、主な部分は終わりました。後は僕が調印を行い、その際に全身レベルでの生体認証を行うことになっています。それを終えれば、その後は僕でなくてもいいはずです」


 山田の言葉に、小森はまだ納得しかねる様子だが、反論もできないようだ。

 

「まあ、ファーストコンタクトを行った人物の役割は、加盟の決定と調印だ。その先への縛りは無いな」


 そう言って、椅子に背を預け力を抜いた。

 外務大臣の日野が腕を組んで唸った。


「君、最近はジェイとしての活動に慣れてきていただろ。私としても、ようやく安心したところだったのだが」 


「はい、確かにそうです。でもこれは最初からの約束です。誰かが覚醒したら交代すると」


 山田はそのまま口をつぐんだ。

 地球のお偉いさん達から、山田は既に学び始めていた。

 押すべき時と、引くべき時と、石のように動かず、相手の動きを待つ時があることを。


 立花が一番に動いた。


「私はそれで結構です」


「ありがとうございます」


 山田は礼を述べると、他の人の反応を確かめずに、さっさと椅子に座った。良い返事をもらったら逃さない。


(僕は変わったみたいだ。皆の言うことは本当だったのか)


 山田は自身の変化に気付き、驚いていた。

 以前の山田なら、おどおどと周囲の意見を待っただろう。

 今後、以前のようにただのサラリーマンに戻ったとして、地味で控えめな山田は、もうどこにもいないのかもしれない。



◇◇ 


 始まりの始まりは、三年前の九月のある夜。

 大学二年生だった山田太郎は、自宅で授業の予習をしていた。


 その日は授業とクラブとバイトがフルで重なり、既にくたくただった。

 だが明日の授業は、小テストに合格しないと履修登録すらできない、という鬼仕様だ。しかも必須科目。


 更に間の悪い事に、部屋のエアコンが故障していた。

 暑い。

 昼間の熱気がこもった部屋は、ひたすら暑い。 


 せめて風で涼を取ろうと、窓を全開にしたが、風は少しも吹いていない。

 うんざりしながら机に向かった山田は、いつの間にか、ぼーっと窓の外の暗がりを見つめていた。

 耳には虫の音だけが響いている。


 ある瞬間――

 突然に虫の音が桁違いに大きくなった。自身が音源かのような、体中に響く音だ。


「......え、何?」


 視界は真っ暗だ。

 

 驚いて周囲を見ると、そこは部屋の中ではなかった。

 山田は湿った土と草の根本を見ていた。茎には夜露らしき水滴が付いている。


 それから、おかしなことに気付いた。

 視点が妙に低い。

 地面からほんの数センチ上あたりから、真直ぐ周囲を見ているようだ。 

 きょろきょろと周囲を見回しても、暗がりと茎の根本と土しか見えない。

 ふと上を見上げると、そこには月が煌々と輝いていた。


 次の瞬間、また違う場所に山田はいた。


 どこなのかは全くわからない。

 真っ黒の中に、カラフルな光のリボンがある。

 白、紫、赤、黄色、茶色、青など。多数の色を網み込んだ光のリボンだ。

 息をのむほど綺麗でゴージャスだった。


 山田自身は、黒い空間の中に浮いている。ぐるっと首を回すと、光の帯のようにそれは流れて見える。


(もしかして、ここは宇宙空間なのか?)


 途端に、山田の体に歓喜があふれた。


(すごい、どこまでいける?)

 

 行ける所まで行ってみようと思った次の瞬間、そうしたら帰れないかもしれないと、怯えが出た。

 その途端に山田は戻っていた。


 そこはいつもの自分の部屋。立ち上がって周囲を見回す。

 さっきまで、自分の右側に見えていた、カラフルなリボンも何もない。

 虫の音が静かに聞こえている。


 その後、もう一度あの場所に行こうと、目を瞑ってみたり、椅子に座って虫の音に耳を傾けたりしてみたが、もう何も起こらなかった。



 山田がこの体験を思い出したのは、宇宙人の来訪という大ニュースが飛び込んできたせいだ。

 宇宙船は三日前に、突然東京の新宿上空に現れた。そして今に至る。


 襲来ではなく、来訪らしい。

 今も目の前のTVで、空に浮かぶ円盤型の宇宙船が中継されている。


 山田はそのニュースを、昼食の立ち食いそばを食べながら見ていた。


 あの体験から三年が経っていた。

 現在の山田は、サラリーマンをしている。


 安月給だが、ローンもないし、大体が地味堅実な質で贅沢はしない。ランチはコンビニのおにぎりや牛丼、今日のように立ち食いそばあたりですます。

 そういうささやかな暮らしに十分満足している。


 いつもは世の中の騒ぎに無関心な山田でも、このニュースはまめにチェックしていた。

 世界中のテレビもネットも、そのニュース一色だった。


「宇宙人は本当にいたのか」

 各国の言語で、その見出しが飛び交った。誰もが驚き慌て、大騒動になっている。




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