全てを終えて。
その後、目論見とは少し変わって、ラヴィナは最終的に『釈放』された。
国王陛下から、『ラヴィナ嬢の犯罪は濡れ衣であった』という発表が行われ、無罪放免となったのである。
ーーーまさか、こんな結末になるだなんて。
ラヴィナの代わりに事件の犯人として公表されたのは、宰相派と聖教会だった。
聖女殺害については『玉座を巡る政争により王女殿下派の何者かが聖女を殺害した』とされた。
そして王女暗殺未遂については『聖教会側による聖女殺害の報復』とされた。
当然、濡れ衣を着せられた両勢力が黙っていることはないと思われたが……別の問題が持ち上がり、両勢力はそれどころではなくなったのだ。
まず、犯人の公表と同じタイミングで、インフィー王女殿下が本当は双子であったことと、その双子は国王陛下の子ではないことが明かされた。
そのすぐ後に、王妃殿下は離縁、インフィー殿下は王位継承権を剥奪された。
が、王妃の父親であり双子の祖父でもある北部辺境伯の嘆願で処刑は免れ、罪状は『北部辺境伯領への追放』という温情ある措置となった。
インフィー殿下を戴いていた宰相閣下は、この件を受けて国王陛下に、後継者への引き継ぎと辞任を申し出た。
しかし宰相令息であるウェンデ様は、インフィー元・王女殿下との婚約を解消せず、本人の希望で共に北部辺境伯領へ共に赴くことになったという。
対する聖教会側は、聖女の件で抗議しようとした矢先に、教皇猊下がフェリクス王国に来訪なさった。
理由は、聖女と同じように尊いとされる存在……聖騎士出現の報を秘密裏に受けたから。
手紙を出したのは、国王陛下。
聖剣の主人として選ばれていたのは、なんとルフトの従者であったドゥア・ギョフ伯爵令息である。
これまでその事実を隠していた彼は、『聖教会と王国の間に生まれた溝を埋めるのに自分が必要だろう』と、ルフトに立場を明かしたのだ。
教皇猊下に面会したドゥアは、『犯人は分からないが、聖女殺害のそもそもの原因は、大司祭がフライヤに無理強いをして利用しようとしていたこと』と伝え、これに猊下が激怒。
聖女をみすみす殺された件も合わせて、大司祭含む首脳部は更迭され、聖教会内部の人事が刷新された。
その後、正式に聖騎士と認められたドゥアがその事実を発表。
ルフトが女性であることと、その秘密を知っていたドゥアと婚約することも、合わせて公になった。
さらに、空席となる予定の宰相位には、貴族学校卒業後にダーレストが就任することが内定し……ラヴィナは、その婚約者に収まったのである。
全てを見届けた後、今回の件に最初から協力してくれていた義父……国王陛下の友人であり、子どものいないファーユ侯爵は、『自宅内で起こった事件の責任を取って、領地と爵位を王家に返上する』と申し出たが。
裏向きの事情を考慮して、国王陛下は女王擁立と同時に議論されていた『女性の爵位継承』を早急に可決し、爵位継承を持って失態を許す旨を伝えた。
つまりラヴィナは、フェリクス王国初の女侯として封じられることが決まったのである。
数年間はファーユ侯爵を後見人として領地運営を学び、その後爵位が譲られる予定となっていた。
ラヴィナは、とても嬉しかった。
愛するばかりと思っていた人々から、ここまでして貰えるくらい、自分が本当に愛されていると知って。
ーーーこれだから。
「……これだから、人間は面白いのです」
貴族学校の食堂で、ラヴィナはポツリと呟いた。
人の想いが行動に変わると、予想外のことばかりが起こる。
観察していても飽きないし、関わっていても飽きないし、気まぐれに助けても、飽きない。
今回はちょっと手が込んだことが出来そうだったから、皆が満足するように助けてみたのだけれど。
予想外に感謝され、多くの人間がラヴィナ自身を愛してくれた。
そうして愛されることは、思った以上に心地良いものだった。
「……本当に、良い気分ですわ……」
「何か言ったか?」
「ふふ、何でもありません」
独り言が耳に届いたのか、昼食をテーブルに運んできたダーレストが首を傾げるのに、小さく首を横に振った。
彼もまた、ラヴィナを愛してくれる者の一人……と考えてから、ふとよぎった疑問を問いかけてみる。
「……いえ、一つ聞いてみたいことがありましたわね」
「何だ?」
フォークを手に取った彼に、ラヴィナはこう問いかけた。
「大した話ではないのですけれど……貴方って一体何者ですの?」
勿論、経歴は知っている。
辺境伯の孫で。
双子の王女殿下の従兄弟で。
頭脳、魔術、剣技、その全てにおいて人の上を行く……性格以外は完璧と言われる青年、だ。
ーーーけれどこの方、関われば関わるほど、わたくしと同じ匂いがぷんぷんしますのよね。
そして、投獄されたラヴィナを訪ねた時の、あの嬉しそうな顔。
あれは、同類を見つけた喜びのように、見えた。
すると、ダーレストは問いかけの意味に気づいたのか、ニィ、と犬歯を剥く笑みを浮かべる。
「何者だと思う? 是非とも〝魔性〟ラヴィナ嬢の見解と、ついでに貴女こそ何者なのかを聞かせていただきたい」
その問い返しに、そうですわねぇ、とラヴィナは頬に人差し指を添えて、軽く天井を見上げた。
「やめておきますわ」
「その意図は?」
「あら。それは勿論……そちらの方が、面白そうだからですわ。そうでしょう? 〝怪物〟ダーレスト・オーガス様♪」
何でもかんでも、簡単に解決してしまってはつまらない。
悩み、探り合い、答えを得る。
その過程を、楽しむのだ。
「その謎については、末長く楽しみましょう? 死が二人を分つまで連れ添うのですから」
「仰せのままに、我が花嫁」
そうしてラヴィナは、肉食獣の目をしたダーレストと、テーブル越しに笑みを交わし合った。
※※※
ーーー時は遡り、ラヴィナとの面会直後。
「双子の妹……? 何の話だい、ダーレスト」
ダーレストは、『面会後に会おう』と招いてくれたルフト殿下を訪ねていた。
そうして、ラヴィナ嬢の真実に関して『殿下の双子の妹君のことだが』と、ふと口にしてみると……そこで、ルフト殿下が妙な顔をしたのだ。
彼女は、横に立つ従者……金髪碧眼の伯爵令息で、ダーレストのもう一人の友人であるドゥア・ギョフに問いかける。
「僕って、妹がいたの?」
「記憶にないが」
そんなやり取りに、ダーレストは思わず眉根を寄せる。
「ラヴィナ嬢は、ルフト殿下の妹君では?」
「ラヴィナ? ……ああ、そういうことになってるけど、ラヴィナはラヴィナだよ。ね、ドゥア」
「そうだな。幼い頃から一緒にいるが、侍女でもないし、貴族でもないし、勿論ルフトの妹でもない」
「あ、でも、ラヴィナを助ける為に『そういうこと』にするのかな?」
二人のやり取りに、ダーレストはざらりとした違和感を覚えた。
ーーーどういうことだ?
本当に、ルフト殿下の双子の妹ではなさそうな反応である。
貴族牢では、自分の『真の姿』だと、黒髪黒目から銀髪紫瞳に変わっていた。
ーーーまさか、それすらも偽りの姿だと?
あり得ない、と思いながら、ダーレストは質問を重ねる。
「答えて欲しい。ラヴィナ嬢の本来の髪と瞳の色は、銀髪紫瞳か?」
すると二人は、また顔を見合わせて、全く同じタイミングでぷるぷると首を横に振った。
「多分、違うと思うよ?」
「ああ、昔から黒髪黒目だね」
「殿下の妹ではないのなら、ラヴィナ嬢はどこの誰なのだ?」
するとそこで、本当に奇妙な返答を、ダーレストはルフト殿下の口から聞いた。
「僕と一緒にお母様から生まれたらしいよ」
ルフト殿下は、当然のようにそう口にした。
明らかに異質な返答を受けて……ダーレストは、ふと思い出す。
ーーーー『剣が折れた日に生まれた黒髪の子は、魔性である』。
まさか、だ。
「は……はは……っ!」
妄言だとばかり思っていた、『伝承』の中身が、真実を指し示していることがあり得る、そんな可能性に行き当たり……ダーレストは、思わず笑みを溢す。
ーーーラヴィナ嬢、貴女という人は……いや、貴女は。
「……ドゥア。ダーレストが珍しく楽しそうだよ?」
「それ自体は良いことだと思うが、あいつ、あんな風に笑ってるとめっちゃ怖いな」
「同感」
そんな二人のやり取りも、気にならなかった。
ーーーラヴィナ嬢。貴女は本当に、一体何なのだ?
彼女に対する周りの認識すら、歪んでいる。
言いしれぬ不自然さを自然に受け入れている、そのことにすら、ルフト殿下らは気づいていない。
籍もなく、人々の認識の上においてすら、『何者でもない』彼女。
ラヴィナ嬢は確かにそこにいるのに、その存在を証明するものがどこにもないことに……自分がたどり着いた『真相』すら偽りであることに、ダーレストだけが気づいてしまった。
ーーー不在……。
侯爵令嬢の不在証明は、突き崩した。
侯爵令嬢の不在も、証明した。
だがあの〝魔性〟の正体に、ダーレストは未だ行き着いていないのだ。
彼女は確実にそこに居る筈なのに、誰も本当の意味では、ラヴィナ嬢のことを認識していなかった。
ーーー不在の、証明……。
ラヴィナ嬢が『この世不在モノ』であるのなら、その正体を、暴く。
知リタイ。
ダーレストは好奇心で、どうしようもなく胸が疼いた。
高揚のままに、右手で胸元を握り締め、ラヴィナ嬢の顔を思い浮かべる。
暴キタイ。
〝魔性〟ラヴィナの、正体を。
誰の意識の上にも不在のまま、ただそこにいる〝魔性〟を。
ダーレスト自身も、与えてしまった。
あの〝魔性〟に『貴女はラヴィナ嬢である』という、意識上の強固な証明を。
彼女の目論見を、暴くことによって。
もしかしたら、最初からそれが彼女の狙いだったのではないか、と、錯覚する程に。
ーーーー面白い……!
ダーレストは、自分が『負けた』ことを認めた。
その上で、彼女が、本当は何なのか。
一体、どんな存在であるのか。
それを解き明かしたいと、そう思った。
もし、彼女の正体を暴き出せれば……それは『辺境伯の孫』とだけ認識されている自分自身……〝怪物〟の正体を暴くことにも、繋がるだろうから。
どれだけ考えても辿り着けなかった『自分の正体』への糸口を、ダーレストはこの日、ついに見つけたのだった。




